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2巻
2-1
しおりを挟む第一部 いよいよ対抗戦がはじまる
ゴツゴツした岩肌を指先でタップしながら、暗がりの中を軽やかに歩いていく。
ダンジョンの奥底に潜っているというのに、心が弾んでしょうがない。
目の前を行くカイルの背中を見つめていると、彼が振り向いた。紫がかった柘榴色の瞳が俺を真っ直ぐに捉える。
「イツキ、階段を見つけた」
「ん? ああ、やっとか」
今何階層まで降りたんだっけと一瞬迷って、ここを降りたら四十八階層になると遅れて理解する。まずいな、気合入れねえと。
頬を叩くと顔の横で兎耳が揺れる。カイルがわずかに眉根を寄せた。
「具合が悪いのか? いつもと様子が違う」
「なんでもねえよ、ちょっとぼーっとしてただけだ」
灰銀色の髪に赤紫の瞳を持つカイルを見上げると、彼の頭から生えている立派な山羊角が目に飛び込んできた。魔力で山羊の耳を生やして獣人に見せかけている彼の正体は、獣人から恐れられる悪魔だ。SEの仕事を辞めて実家に帰ろうとしていた俺は、気がついた時にはこの異世界に落ちていた。その上ラブリーキュートな兎の垂れ耳と、ふわっふわのモカブラウン色の尻尾、青い瞳を持つ兎獣人になっていた。
獣人王国ダーシュカのマーシャルという都市に辿りついたが、生きていくためには金が必要だ。そこで俺はダンジョンに潜ると決め、奴隷を買うことにした。
そして買ったのが、このカイルだ。彼を奴隷として買い上げてからずっと、真の相棒になれるよう努力をしてきた。
その甲斐あって信頼できる護衛兼相棒にまで仲を深めたっていうのに、つい三日前、相棒を通り越して恋人になっちまっただなんて、今でも信じられない。
(そう……こんな理想すぎる顔の、かっこよすぎる相手が俺の恋人だなんてな)
思うだけで頬がにやけそうになり、両手でグッと頬を押してごまかす。野性味を帯びた美麗な顔が迫ってきて、俺は顔から手を離してのけぞった。
「な、なんだよ」
「無理する必要はない。豹野郎の勝敗などどうでもいい、お前の体調のほうが大切だ」
今はクインシーのことを考えていたわけじゃなかったんだが、カイルは俺がダンジョンに潜る理由を、彼を助けるためだと誤解してるらしい。
違うっての、そりゃちょっとはあいつの進退も気にしてるけどさ。
「本当に大丈夫だって、考え事をしてただけだ」
「ほう、悩みがあるなら聞いてやる」
いや、考えてたのはどっちかというと楽しいことというか、煩悩というか……我ながら浮かれすぎだ。
言い淀んだせいか、それとも頬の熱がバレちまったせいなのか。カイルは意味深に口の端を吊り上げて俺の顎を捉えた。
「それとも、宿に戻った後で体に聞いたほうがいいのか?」
「……っ、そういうことは、ダンジョン内では言わない約束だろ」
「イツキが先に考えていたんだろう」
考えただけで言ってねえよ! くっそ、カイルにはお見通しだったらしい。
俺はカイルの、着痩せして見えるがしっかり筋肉のついた背を押した。
「ほら、さっさと下の階に潜ろうぜ。対抗戦の予選まで、もう日がねえんだから」
フッと笑ったカイルは再び前を向き、階段を下りはじめた。まったく、こんなところで口説かれちゃ心臓がいくつあっても足りないぜ。
俺たちはマーシャル辺境伯の息子である豹獣人のクインシーに一時的に雇われて、王都で開催される領地対抗戦に出場することになっている。
今年の対抗戦のテーマはダンジョン攻略。もともとマーシャルのダンジョンに潜って荒稼ぎしていた俺たちを、クインシーがスカウトした。
俺とカイル、クインシー、テオ、レジオットのチームメンバー五人で対抗戦に出場すべく、王都ケルスのダンジョンまでやってきた。
報酬がよかったから引き受けたんだが、優勝すればさらに一ハン……円換算で一千万円くらいを、追加で謝礼として奮発してくれるらしい。
マーシャルで市民権を得てスローライフを送りたい俺にとっては、大金が得られるチャンスは魅力的だ。
そういうわけで、対抗戦に備えて地理把握をするためにダンジョンに潜り、ついでにモンスターも倒して金稼ぎをしている。
まあ、だからってこんなダンジョンの奥底にまで潜る必要も、ないかもしれないが……事前説明を聞く限り、予選は四十階層までの地理を把握していれば充分な気がしている。
ただ、ダンジョンの底にはなにがあるんだろうなって好奇心もあるから、行けるとこまでは降りるつもりだ。
予選がはじまったら、ダンジョンは一般の出入りが制限されるそうだから、今日辺りが自由に潜れる最後のチャンスだろう。
「どうだカイル、道はちゃんと繋がってるか?」
「土埃でろくに見えないが、今のところ途切れてはいない」
王都の土属性ダンジョンも四十階層を過ぎると、進むだけでも難しい地形に当たることが多い。
断崖絶壁に張りつくようにして進む細道や、上から鍾乳石が降ってくるトラップ、それに針山のような岩の間をかいくぐってここまで来た。
カイルの背後から風魔法を前方に飛ばすと、一メートル程度は視界が確保される。どうやら落とし穴なんかはなさそうだ。
「気をつけろよカイル、ある程度の怪我なら俺の魔法ですぐに治してやれるが、致命傷だとそうはいかねえからな」
「言われるまでもなくわかっている。イツキを置いて死ぬつもりはない」
ああもう、だから恥ずかしくなるようなこと言うなって……! 恋人同士になってからというもの、カイルはより一層俺に甘くなった気がする。
もごもごと口を開け閉めして、結局なにも言えずにカイルの背中にぴったりついていくと、土埃の向こう側からシクシクという泣き声が聞こえてきた。
「誰かいるのか……?」
子どもでもいるのか? だとしたらホラーじゃねえかと一瞬ビビったが、声を聞く限り成人男性のようだ。いや、それはそれでシュールだが。
「慎重に行こう」
カイルと頷き合い、ゆっくりと歩を進める。視界を遮る土埃を風魔法で吹き飛ばしつつ進んでいると、なにか大きな影がうずくまっているのが見えた。
「あれは……冒険者か?」
その人影は、うずくまっていても大柄だろうと予想できる体躯をしていた。足に傷を負った熊獣人が、うつむきながら泣き言を呟いている。
「ああ、痛い、痛いよ……僕はとうとう死ぬのか」
「おい、大丈夫か」
声をかけると、彼はバッと顔を上げた。図体に反して人のよさそうな顔が、半分くらい髭でもじゃもじゃに覆われている。
彼は俺たち二人を見比べ、困惑を示した。
「兎獣人と山羊獣人……? こんな深層に? 幻覚でも見てるのかな」
「幻覚じゃない。俺たちは実力でここまで降りてきたんだ」
「そうなの? 本当だとしたらすごいや。ところで君たち、ポーション持ってない? 足を怪我して動けないんだ」
「持ってるぜ、かけてやるよ」
「ありがとう……!」
とぽとぽと中級ポーションを傷口にかけてやると、熊獣人は緩慢な動作で立ち上がる。
思った通り、でかい図体をしていた。そこらの大型獣人より頭一つ分は背が高い。俺の頭のてっぺんが、彼の胸下にくるくらいだ。
丸太のように太い腕に目を見張っていると、彼は屈んで俺の顔を覗き込む。ニコリと笑う顔は迫力のある容姿と裏腹に、人懐っこい様相だ。
「命拾いをしたよ、本当にありがとう。僕はエイダンというんだけど、君たちの名前は?」
「俺はイツキで、こっちはカイルだ」
「イツキくんと、カイルくんだね。ところで、今日は何日なのか聞いてもいい? このところずっとダンジョンの深層に潜っていたから、わからなくなっちゃったんだ」
そんなことってあるのか。俺たちは深い階層に降りて深夜になったとしても帰還用の魔法陣で帰れるから、いまだにダンジョン内野宿は未経験だが……
何日も日の当たらない場所で寝起きしていたら、時間感覚もなくなるかもな。
すでに年が明けて冬中月になっていると教えてやると、エイダンはガーン、とショックを露わにした。
「そ、そんなに経ってたなんて……! 道理で最近眠いわけだ。すぐに地上に帰らなくっちゃ」
「いつからダンジョンに潜ってたんだ?」
「秋の終わり頃だったかな? 五十七階層まで降りたんだけど、剣山みたいな地形でろくに進めなくて、粘っても無理で泣く泣く引き返してきたんだ」
そりゃまたすごいな、一カ月以上ダンジョン暮らしをしていたのか。道理でむさ苦しい見た目になるわけだ。
というか、五十七階層だって? そりゃ獣人のダンジョン最深到達部なんじゃないか?
(そうか、こいつが伝説の探索者、エイダン様か)
以前、マーシャルのギルドで冒険者たちの噂を聞いた覚えがある。
引き返しはじめた彼の足取りはふらついている。俺はカイルに目配せをして、引き上げの合図をした。
カイルは眉間に皺を寄せたものの、反論せずに大人しく先導しはじめる。俺は大荷物を抱えて危なっかしいエイダンの隣に、さりげなく並んだ。
「五十七階層か、そんなところまで行けるなんてすごいな」
「あはは、僕は体格と魔力と、それにスキルにも恵まれているみたいで。ダンジョン最深部を目指して、もう何年も挑戦しているんだよ」
エイダンの魔力がいかほどなのか視てみると、俺の八分の一程度はあった。獣人でこの魔力量なら破格だな。うちの対抗戦パーティの魔法使い、狐獣人のレジオットよりも魔力量が多い。
「ダンジョンの最深部か、たしかに気になるよな」
俺が同意を示すと、エイダンは嬉しそうに目を細めた。
「気になるよね、とても気になるんだ僕も。最奥に辿りつくことができたら、僕の知りたいことがわかる気がするんだ」
「知りたいことって、なんなんだ?」
エイダンは俺の目を、焦げ茶色の素朴な目で見つめた。カイルのこともチラリと確認してから、彼は一つ頷く。
「君たちになら、話してもいいかな……実はね、僕は獣人と魔人の間に生まれた子どもなんだよ」
「……へえ、そうなのか」
魔人というのは、悪魔の正式な呼び名だ。というか、悪魔が魔人の蔑称なわけだが。
しかし、なかなか驚きの事実を暴露してきた。なんでそんなことを初対面のやつに話してんだ、こいつは。
(もしかしてエイダン、カイルが魔人だって気づいたんじゃないだろうな?)
内心動揺しながらも顔に出さないようにしていると、エイダンは特に俺たちを追及することなく話を続けた。
「僕は母親の顔を知らないんだ。父の仕事を継いで木こりをしていたんだけど、母はどんな魔人だったんだろうってずっと気になっていた」
エイダンの背には、ガタイに見合う大きな斧が担がれている。
木こり時代から愛用しているのだろうか。見たところ、かなり年季の入ったシロモノだ。
危うい足取りで進むエイダンは、身の内に宿る信念で無理矢理体を動かしているように見えた。
「半分獣人じゃない僕がどう生きていけばいいのか、木こりのまま一生を終えていいのか悩んでいた時、偶然王都のダンジョンに入る機会があって。それで、天啓のように閃いたんだ」
「なにをだ?」
「ダンジョンの最深部には、なにかがある。その秘密はきっと、僕が生きる道を示してくれると。そう感じたんだ」
エイダンは熱に浮かされたように虚空を見つめている。
俺もダンジョンの奥になにがあるのか気になっているが、それは、あくまで好奇心だ。
彼からは、ちょっと危ういくらいの熱量を感じるな……熊獣人はふらりと今にも倒れそうになりながら、歩を進める。
しかし前方に大きなワームがいるのに気づくと、すぐさま巨大な岩を洞窟の天井に出現させた。
巨大岩はワームが逃げる隙を与えず、敵を目がけて真っ直ぐ落ちる。
無惨にも潰されたワームがジタバタとあがく。エイダンはさっきまでの足運びが嘘のように、鬼気迫る勢いで敵との距離を詰めた。
丸太のような腕が斧を振るうと、ワームの首は真っ二つに分かたれた。砂のように崩れながら、ワームの体が消えていく。
ドロップした土の極大魔石が、コロコロと岩の隙間から転がってくる。エイダンはそれを拾い上げて、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「僕は必ずこのダンジョンを踏破する。短い冬眠を終えたら、必ずダンジョンに戻ってくるよ」
凄みのある笑みだった。カイルはエイダンを油断なく見つめている。
一連の出来事に驚き、立ち尽くしている俺の目の前で、エイダンはよろけて尻もちをついた。
「あっ、あいたたた……」
「大丈夫か……?」
パンパンと尻をはたきながら立ち上がるエイダンは、やはりグラグラしているように見える。
「うん、問題なさそう。眠くってさ、集中力が続かないみたい。君たちも帰るところなのかな、このまま一緒に行ってもいい?」
「それはまあ、もとからそのつもりだったから構わないさ。アンタさっきから、見てて危なっかしいからな」
普通の熊獣人なら、とっくに冬眠している時期なのだろう。王都に来てから熊獣人を見かけたのは、最初の二、三日程度しかない。
「あは、ごめんね。僕は半分魔人だからかな、普通の熊獣人と違って、冬眠はいつも一カ月ほどの期間を取れば充分なんだ。まだ先だと思って油断してたや」
「まったく、毎年のことなんだろ? 用心しておけよ」
かく言う俺は、まったく発情期の対処なんてできていないが。
だってどの本を読んでみても、発情期の情熱的な過ごし方とか、発情期前に意中の人と近づく方法とか、そんなんばっか書いてあるんだよ。
(兎獣人の発情期は春らしいから、それまでになんとか対処法を考えておかなくちゃな)
思考がよそに飛んだが、ぐらつきながらも歩きはじめたエイダンに、遅れないようについていく。
三十八階層まで引き返した辺りで、俺の腹が空腹を訴えた。もうとっくに夕飯の時間だ。
「お腹空いたんだね。ご飯をたくさん持ってきてるから、分けてあげようか?」
「そうだな、せっかくだからもらうよ」
俺のインベントリには山ほど美味しい料理が収納されているが、ほかほかの串焼きやスープをエイダンに振る舞うわけにもいかない。
『魔力の支配』ギフト持ちの俺はともかく、普通の獣人はインベントリが使えないはずだからな。現に魔法が得意そうなエイダンも、大荷物を抱えていることだし。
食事休憩にすることにして、通路の端に転がる岩に腰を下ろした。
担いでいた大荷物をズドンと音を立てて下ろしたエイダンは、木の実をいくつか分けてくれた。それからビスケットも。
「ありがとう、助かるわ」
「ううん、貴重なポーションを使わせちゃったし、気にしないで」
エイダンは人懐っこい笑みを浮かべながら、俺の手のひらに木の実を落とした。兎獣人や山羊獣人がダンジョン探索者なんてと馬鹿にするやつらもいるが、彼にはそういった偏見がないらしい。
もらった木の実はちょっと食べただけで満足感があった。栄養価が高くて軽いから、ダンジョン内で持ち歩くのによさそうだ。
水はどう補給しているのかエイダンに聞いてみると、四十九階層の奥深くに湧き水があるから、そこから汲んで持ち歩いている、とのことだった。
「へえ、ダンジョンに湧き水なんて湧くのか」
「うん。偶然見つけたんだけど、飲むと元気が湧いてくる水なんだ」
そりゃいいことを聞いた。不思議成分でも含まれているかもしれないし、深層に降りるついでに寄ってみたい。エイダンから詳しい場所を聞いておいた。
カイルもエイダンに木の実をもらって、口に放り込んでいた。一つ味見をした後は、赤紫色の目を光らせて立ったまま辺りを警戒している。
エイダンはもそもそとビスケットを食べながら、俺たちのリュックをまじまじと見つめた。
「深層まで来るのに、荷物はそれだけなんだ?」
「ああ……だいたいダンジョンに潜るのは、日帰りとか一泊程度なんだよ」
さすがに深層まで来たら帰還陣なしで日帰りは難しいかと思い、怪しまれないように一泊程度とつけ足す。
「日帰り? それはすごい……君たちも相当な実力者なんだね。なんのギフトを持ってるのか聞いてもいい? 僕はね、『土魔法の支配』だよ」
(『土魔法の支配』か……! 初めて支配のギフトを持つお仲間に出会えたな)
カイルをうかがうと、彼も目を見開き驚いていた。
この世界の獣人や魔人には、時々ギフトという能力に目覚める者がいる。ギフトがあると、常人とは比べ物にならないくらい能力が高くなる。
ギフトは心得、才能、達人、支配の順に強くなり、支配ギフト持ちは相当にレアらしい。
「俺は『土魔法の達人』だ」
ということに、対外的にはしてある。まさか『魔力の支配』ギフト持ちだなんて、言いふらすわけにはいかないからな。
身寄りのない異世界人、そして平民である俺なんて、あっという間に貴族や王国から利用し尽くされちまうだろう。
カイルは俺の返答を聞いて、渋々といった様子で続けた。
「……『剣術の達人』ギフトがある」
エイダンはぱあっと表情を明るくする。
「二人とも達人ギフト持ちなんだ! しかもイツキくんは土魔法を使う仲間なんだね。土魔法って、使い勝手がよくて重宝するよね」
「防御にも攻撃にも使えるしな」
「そうそう。それに土属性の攻撃自体は土属性の敵に使えなくても、足止めや目眩しができるから、その隙に斧で叩き切れるし便利だよ」
なるほど、その戦い方は参考になる。対抗戦で土属性が効かないモンスターがいたら、足止めや目眩し役として頑張るか。
「そのやり方なら、ソロでの攻略もなんとかできそうだな」
「そうだね。多少危うい場面もあったけど、なんとかなってるよ。俺は運もいいみたいなんだ。今日も君たちと会えたしね……ふわぁ」
エイダンは大きな欠伸をして、目の端を擦った。本当に眠そうだ。
食べている間もエイダンはあっちへ傾き、こっちへ傾きしているので、見かねた俺は野営を提案した。
「そんなふらつくほど眠いなら、今晩しっかり寝てから明日戻ったほうがいい。俺たちが見張りをしておいてやるから、エイダンは寝ておけよ」
野営はあまりしたくないが、このままエイダンを見捨てるのは寝覚めが悪い。帰還陣はダンジョンの入り口に設置してあるが、その存在をバラしたくない今は、野営一択だ。
幸い、もしもの時の野宿セットはインベントリに入っている。リュックから取り出すフリをしながら野営セットを出していくと、エイダンも休む気になってきたらしい。
「そう? ありがたいけど、起きられるか心配だなあ」
「ちゃんと起こしてやるから。寝てろって」
根気強く説得すると、エイダンは納得してくれて、厚手の毛布を取りだした。魔物避けになるという香を焚くと、彼は毛布にくるまり横になる。
「イツキくん、カイルくん、世話をかけるね。このお礼は必ずするから」
「いいって、困った時はお互い様だから。今度俺たちがなんか困った時に力を貸してくれりゃ、それでいい」
「うん、本当に……たすか、る……」
エイダンは驚くほど早く眠りに落ちた。相当に眠くてたまらなかったらしい。魔物避けの香に加えて、結界も張っておいた。これで朝まで安心して眠れるだろう。
「イツキ、お前も寝るといい」
そう告げたカイルはインベントリから毛布を三枚取り出し、一枚は床に、一枚は俺にかけて、もう一枚は自分が羽織った。
さらに床に敷いた毛布の下には、クッションを追加で敷いてくれている。そして毛布に包まれた俺を、背後から抱き込み……ついこの前、同じことをされた覚えがある。
(そうだ、この体勢のまま……相棒じゃなくて、そばにいて守ってやりたいって言われて)
どうやらお前のことが好きらしい、なんて言われたことまで思い出し、たまらなくなって腕の中から抜け出そうとした。だが、ぐいっと引き戻される。
「待て、どこに行く」
「あ、ちょっと、この体勢はやめないか? 不用心だろ、ダンジョン内なのに」
「結界を張ってあるから問題ないだろう」
いや、ある。俺の心臓がバクバクしまくって眠れなくなるという問題が。くっそ、体温まで上がってきたじゃねえか。
せめて背中の密着を解こうとするが、ますます強く抱かれて身動きが取れなくなってしまう。カイルの手のひらが俺の胸元を撫でた。
「イツキ……鼓動が速い、俺を意識しているんだな?」
わかりきったことを聞くんじゃねえよ……! 首筋に鼻先を埋められ息を吹きかけられて、ぞわりと背筋から腰にかけて、快感とも寒気ともつかない感覚が駆け巡っていく。
「待てって、すぐそばに人がいるのに!」
小声で注意すると、彼は首筋に舌を這わせた。思わず息が詰まる。
「……っ」
「熊男は当分起きないだろう……粉っぽいな」
「やっ、やめろって」
土埃で汚れてるし、人もいるし、そもそもここはダンジョンなんだって!
「こんなとこでするなよっ」
「嫌か?」
俺が返事をする前に、カイルはカプリと俺の首の付け根を甘噛みした。同時に魔力を吸われて、背がのけぞる。ぞくぞくと電流が背筋を駆け上がっていく感覚がした。
「いぁっ……っ!」
「では、今日は魔力を吸うだけにしておいてやる」
(それはそれで気持ちいいから困るんだっ!)
カイルは何度も首筋に吸いつき、そのたびに俺は身をよじった。
「あ、もっ、やめろよっ」
「あまり尻を擦りつけるな、したくなるだろう」
「んなことしてねえ……っ、ぁっ!」
せめて指先から吸ってくれと思うのに、彼は執拗に首筋を舐めて魔力を喰らう。そのたびに俺の腰はずくずくと重くなってきて、前まで窮屈になってきやがった。
「うっ、もう……終われって!」
「あと少し……」
ちゅ、ちゅぱっと水音を立てながら、カイルはやっと俺の首筋から唇を離した。ベトベトになったそこを布で拭ってもらう間、俺は三角座りのままではあはあと息を整える。
絶対に気づかれてなるものかと足を閉じて隠していたのに、カイルは俺の腹と足の隙間に手を回り込ませ、股の間を確かめた。
「んっ!」
「反応している……一度抜いておくか?」
「やめろって! こういうことはその、落ち着いたところでだな……」
ゴニョゴニョ言いながら悪戯な手をどけると、カイルは俺の兎耳の縁をそっと撫でた。
「では、宿に戻ってから存分に愛でるとしよう」
ああっ、耳も性感帯だってわかってるだろうが……! ピクピクと震えながら、俺は何度も頷く。これ以上触られたら、自分でもなにを言い出すかわからない。
ハッとエイダンのほうを見ると、彼は身じろぎ一つせず寝入っていた。ふう、命拾いした。
まだ弾んでいる心臓に手を当てて、深呼吸して宥めていると、エイダンのほうをじっと見たカイルは声のトーンを落として話しはじめた。
「一つ、願いを聞いてくれないか」
「ん?」
振り向くと、彼は存外真剣な瞳で俺を見据える。ダンジョン内のわずかな明かりに反射して、赤紫色の瞳が煌めいた。
「俺はお前を、なにがあっても守ると誓った」
「お、おう」
そうだな、たしか王都に来る時に鳥車の中で、そんな話をしたように思う。
彼は俺の両肩を掴んで告げた。
「だからイツキ、お前も俺から離れようとしないでくれ」
「どうした、急に弱気だな?」
カイルは迷うように目を伏せ、視線を逸らした。
「少し思うところがあった、それだけだ」
カイルは後ろからギュッと俺の体を抱き込む。俺はしばらく、カイルの言葉の意味を考えていた。
(前にもカイルが弱気になった時があったよな……たしか滅びた獣人の村を見た時だ。あの時のことを今も気にしてるのなら、村がああなった原因は、やはり魔人にあるってことか?)
マーシャルから王都ケルスへ向かう途中で、魔物のスタンピードによって滅びた村を見た。
その時に怪しげな闇魔法の装置を拾ったが、危ないからとカイルに没収されてしまい、結局なんに使うものなのか解明できていない。
カイルはそれ以上なにも言わない。言いたくないらしい。
なんだかんだ優しいカイルのことだから、他の魔人のように積極的に獣人を攻撃することはなさそうだが、なにかやらかしてしまったことがあるのだろうか。
詳しいことはわからない。けれど背中から伝わる熱は温かい。それに、俺の体に巻きつく腕は何度も命を救ってくれた。
俺はカイルを信じている。
(もしかして、俺に嫌われたり幻滅されたりするのを恐れているのか? んなことするわけないのに)
つまりカイルは、俺を手放しがたいと思うくらい惚れてくれてるってことだなと、前向きに解釈して強気に微笑んだ。
「離れないでくれなんて、ずいぶんと熱烈だな……いいぜ。俺はアンタを見捨てない。たとえ地獄の底だろうと、一緒についていってやるよ」
カイルが息をのむ気配がした。ますます強く抱きしめられるが、なんとか隙間を見つけて体を捻り、彼の後ろ頭をぽんぽんと軽く叩く。
「俺たちはずっと一緒だ」
「ああ、イツキ……」
カイルは俺を絶対に離さないとでも言いたげに、腕の中に閉じ込め抱きしめながら眠った。巻きついたままの腕を撫でる。
(俺から離れたくないって……ははっ、本当にかわいいやつだな。たとえアンタが魔人の国では大悪党だったとしても、見捨てる気なんてさらさらないぜ)
奴隷だったアンタを相棒にしようと決めた時からすでに、一蓮托生って思ってたんだからさ。
カイルも同じように、なにがあっても俺と一緒にいたいのだろう。そのことが嬉しくて誇らしくて、ギュッと彼の腕を抱きしめた。
翌朝。いや、朝なのかどうかもよくわからない。薄暗がりの中、一瞬ここがどこなのかわからなかった。
警戒心が芽生えたその時、カイルの腕が体に巻きついているのに気づいて、一気に安堵の息を吐く。俺の身じろぎから起きた気配を感じたのか、カイルが小さな声で語りかけてきた。
「起きたのか」
「ああ、おはよう」
「まだ寝ていてもいい、熊男はいまだに夢の中だ」
エイダンは、大きな体に見合わない、すぴぴぴぴ……というかわいらしい鼻息を立てながら寝ていた。起きる気配は微塵も感じられない。
俺はうーんと伸びをして、カイルの腕の中から抜けだした。
「起きるよ。結構寝られたみたいで、全然眠くねえんだ。カイルは寝られたのか?」
「……こんな場所で熟睡してしまったようだ」
カイルはきまり悪そうに腕を組んだ。ぐっすり眠れたならいいじゃねえか。
正確な時間はわからないが、魔物避けの線香みたいなやつは、そろそろ燃え尽きて効果が切れそうだ。早いところダンジョンを出てしまいたい。
「エイダンを起こすか?」
「そうだな、飯の匂いでも嗅げば起きるんじゃないか」
昨日は食事を恵んでもらったし、今度は俺たちが提供しよう。エイダンにあげても違和感のない食事なんてインベントリにあっただろうかと考えながら中を探る。
無事に保存食のドライフルーツを見つけたので、それを提供することにした。あとはパンも見つけたのでそれも出す。
「おーいエイダン、朝だぞー! 美味い飯があるんだが、食べるか?」
パンを鼻先に近づけると、エイダンはくんくんと鼻を動かし、ゆっくり目蓋を開いた。
「ん、あれ……? パンだ! 久しぶりのパン!」
エイダンはガバッと起き上がり、俺とカイルの姿を見つけて相好を崩した。
「あ、おはようイツキくん、カイルくん。このパン、もしかして食べていいの?」
「おはようエイダン、これはアンタにやるよ」
「わあ、ありがとう!」
エイダンはもっしゃもっしゃと、素晴らしい食べっぷりを見せた。ドライフルーツも吸い込むように次々と口の中に入れている。
そうだよな、一カ月以上木の実とビスケットだけの質素な生活をしていたなら、パンがより美味しく感じるのは当然だ。
俺とカイルも食事をした。カイルはドライフルーツを少しだけつまんでいたが、なぜか時々俺のことを見つめてくる。気になって振り向くと、フッと微笑まれた。優しげでかっこよくて、頬が熱くなるような自然な微笑だった。
(なんだよその表情……! 愛しくてたまらないって目で俺を見るんじゃねえ、エイダンもそばにいるんだぞ!?)
胸元を握りしめながら好みの顔を凝視していると、彼の笑みはますます深くなる。
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転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
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