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新たな婚約者
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俺は婚約者に逃げられたらしい。俺と同じ豹獣人であるリリーシュカとは、互いの領地に利となる政略的な婚約をしていた。
性格もあわないし、服の趣味にまでケチをつけてくる彼女のことを、それでも俺は婚約者として尊重していたつもりだけれど。
彼女には他に好きな人ができたらしいんだ。だからといって、駆け落ちしなくてもいいと思うんだけどね。
まあ、それだけなら別によかった。豹獣人の血を欲しがる結婚相手候補は他にもいるから、すぐに新しい子が見つかると思っていたからさ。
王の勅命で新しい婚約者を指名された時、俺は驚愕した。だって、相手はまさかの男だったから。
動揺して、崩れそうになった体勢をなんとか持ち直し、俺はひざまづく姿勢をとり続けた。
眼前の王座に座って、肘掛けに両手を置いた我らが百獣の王、ライオネル・ド・ダーシュカ陛下に再び問いかける。
「陛下、申し訳ありませんが、もう一度おっしゃっていただいてもよろしいですか?」
「うむ。貴殿をこの、ヴァレリオ・バルトフォスの婚約者として任命する」
王の隣に立つ騎士が目礼する。
黒髪の狼獣人だった。豹獣人特有のスラリとしたシルエットの俺とは違い、がっしりとした体格をしている。
緑色の瞳と目があった。穏やかな色のはずなのに、釣り上がった目つきには凄みがある。
なんだか知らないけど、俺のことものすごく熱心に見てくるよねこの人。ちょーっと怖いんだけど?
俺って普段は田舎にこもってて、社交シーズンの時しか王都に出てこないから、君のことはよく知らないんだよね。
ヴァレリオ・バルトフォスは、王の覚えもめでたい凄腕の騎士だという。うん、見るからに強そうだ。
王のお気に入りの騎士をひとしきり眺めてから、視線をもう一度陛下に戻す。
「尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ、申してみよ」
「はい。貴族には血統保持の義務が課せられていたと存じますが、そこを敢えて狼獣人であり、子孫を残せない彼を指名する理由を、教えていただきたいのです」
「そうさな。理由は多々あるが、現在の情勢とヴァレリオの意向を鑑みた結果だ」
陛下、俺その説明じゃよくわからないってば。男同士で婚約なんて、よっぽど政治的に旨味があるんだろうなって思うけどさ。
「では、伝えたからな。後は両家で話しあって、婚約誓約日など細々としたことを決めるがよい。ヴァレリオ、マーシャル卿を送ることを許可する」
「はっ! 陛下の仰せのままに」
陛下は無情にも俺に退出を促した。ええー、ちょっと、いきなりこの人と一緒にされても困るんだけど?
ヴァレリオが目の前までやってきた。騎士服をまとった姿は、堂々としていて威厳がある。並ぶと長身の俺より、更に背が高かった。
「行きましょう、マーシャル卿」
「……はい」
ヴァレリオはまるで淑女に対する扱いで俺の手を取り、謁見の間から退出を促す。うわ、やめてよねそういうの。俺を女扱いしないでくれる?
さりげなく手を抜きとり歩きだすと、ヴァレリオは無言でついてきた。
謁見の間を出ても振り返らず、俺は歩き続けた。動揺が大きかったからか、手袋の中で手汗をかいていて気持ち悪い。
「マーシャル卿、この度は婚約を受けいれてくださり、ありがとうございます」
ヴァレリオが空気を読まずに、バリトンボイスでにこやかに話しかけてくる。
俺は彼を睨みつけたくなるところを寸前で堪えて、アルカイックスマイルを顔に貼りつけた。
「陛下のご意向ですからね、なにか深い事情があるのでしょう。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願い致します。婚約者になることですし、ファーストネームでお呼びしてもよろしいですか?」
「どうぞ、ご随意に」
「ありがとうございます、クインシー。俺のこともぜひ、ヴァレリオと呼び捨ててください」
嬉しそうに微笑むヴァレリオは、この婚約に賛成しているようだ。
……さっき本人の意向がどうとか陛下が仰っていたし、まさかこいつのせいで俺は男と結婚する羽目になったのでは?
「ではヴァレリオ、一つ聞きたいことがございます。なぜ陛下が俺に勅命を下されたのか、貴方はご存じですか?」
「それは恐らく、俺が貴方と結婚できないのであれば、近衛兵をやめて地方へ行くと公言したせいでしょうね」
は? え、マジでこいつのワガママのせいで、俺は男と結婚させられるのか?
かわいい兎獣人の男の子は大好きだけど、君のようなごつい狼男なんて、心からご遠慮したいんだけど?
「それは……それだけの理由で、陛下はご決断をされたのですか?」
「貴方の婚約者が逃げだしたのならちょうどいい、ヴァレリオほど頼れる騎士は他にいないのだ、そなたの願いを実現してやろうと、陛下はそう仰いました」
ええ……なにそれ、陛下は身内びいきが激しすぎるよ。俺の意向も聞いておいてほしかったんだけど。
なんでもない風に歩きながら、抑えきれない怒りでギュッと拳を握りこむと、ヴァレリオはそれに気づいて俺の手をとった。
「申し訳ありません、陛下が先走ってしまい……貴方にとっては納得のいかない事態ですよね」
「いえ、そんなことは」
めっちゃある。全然納得いかなすぎる。俺には好きな人だっているのに、その恋だって、いまだに諦めきれていないのに。
脳裏に思い浮かぶのは、屈託なく笑う君の顔と揺れる垂れ耳。平民の兎獣人相手だから、半ば結ばれるのは諦めていた。
ただ、俺が一方的に好きなだけ。権力に笠を着て手篭めにするなんてことは、するつもりがなかった。
彼が俺のことを好きになってくれたらな、一時の夢を見れたらいいなと、ちょっかいをかけるだけの仲だ。結婚したら一途に妻に尽くそうと決めていた。
豹獣人の子孫を残すために豹獣人の女性と結婚しようと、恋心は封印して貴族の義務を果たすんだと、そう決心していたんだ。
兄様には古臭い慣習だって笑われたけれど。俺はこの考え方を、貴族に産まれた者の義務であり、誇りであると信じて、今まで努力してきたんだ。
なのに、前の婚約者に逃げられたと思ったら、新しい婚約者は男。これじゃ貴族の義務を果たすことができないじゃないか。
こんなに納得のいかないことって他にあるかな? 俺はこんなにも憤りを感じたの、初めてだよ。
隠しきれない感情が震えとなって、拳が痙攣する。ヴァレリオはそんな俺の様子を見て、辛そうに眉頭の皺を寄せた。
「貴方をそこまで苦しめているのは、何が原因ですか。陛下の独断? 俺が気に入らない? それとも、元婚約者にまだ心が残っていますか」
俺は首を横に振った。いけない、貴族相手にこんな態度をとっていては、足元を掬われる。息を一つ吐いて無理矢理微笑んだ。
「いいえ、確かに驚きましたが、貴方を嫌ってなどいませんよ」
彼は歩き続ける俺の腕を捕らえて、廊下の柱に手をついて歩みを止めさせた。いきなりなにをするんだ。
性格もあわないし、服の趣味にまでケチをつけてくる彼女のことを、それでも俺は婚約者として尊重していたつもりだけれど。
彼女には他に好きな人ができたらしいんだ。だからといって、駆け落ちしなくてもいいと思うんだけどね。
まあ、それだけなら別によかった。豹獣人の血を欲しがる結婚相手候補は他にもいるから、すぐに新しい子が見つかると思っていたからさ。
王の勅命で新しい婚約者を指名された時、俺は驚愕した。だって、相手はまさかの男だったから。
動揺して、崩れそうになった体勢をなんとか持ち直し、俺はひざまづく姿勢をとり続けた。
眼前の王座に座って、肘掛けに両手を置いた我らが百獣の王、ライオネル・ド・ダーシュカ陛下に再び問いかける。
「陛下、申し訳ありませんが、もう一度おっしゃっていただいてもよろしいですか?」
「うむ。貴殿をこの、ヴァレリオ・バルトフォスの婚約者として任命する」
王の隣に立つ騎士が目礼する。
黒髪の狼獣人だった。豹獣人特有のスラリとしたシルエットの俺とは違い、がっしりとした体格をしている。
緑色の瞳と目があった。穏やかな色のはずなのに、釣り上がった目つきには凄みがある。
なんだか知らないけど、俺のことものすごく熱心に見てくるよねこの人。ちょーっと怖いんだけど?
俺って普段は田舎にこもってて、社交シーズンの時しか王都に出てこないから、君のことはよく知らないんだよね。
ヴァレリオ・バルトフォスは、王の覚えもめでたい凄腕の騎士だという。うん、見るからに強そうだ。
王のお気に入りの騎士をひとしきり眺めてから、視線をもう一度陛下に戻す。
「尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ、申してみよ」
「はい。貴族には血統保持の義務が課せられていたと存じますが、そこを敢えて狼獣人であり、子孫を残せない彼を指名する理由を、教えていただきたいのです」
「そうさな。理由は多々あるが、現在の情勢とヴァレリオの意向を鑑みた結果だ」
陛下、俺その説明じゃよくわからないってば。男同士で婚約なんて、よっぽど政治的に旨味があるんだろうなって思うけどさ。
「では、伝えたからな。後は両家で話しあって、婚約誓約日など細々としたことを決めるがよい。ヴァレリオ、マーシャル卿を送ることを許可する」
「はっ! 陛下の仰せのままに」
陛下は無情にも俺に退出を促した。ええー、ちょっと、いきなりこの人と一緒にされても困るんだけど?
ヴァレリオが目の前までやってきた。騎士服をまとった姿は、堂々としていて威厳がある。並ぶと長身の俺より、更に背が高かった。
「行きましょう、マーシャル卿」
「……はい」
ヴァレリオはまるで淑女に対する扱いで俺の手を取り、謁見の間から退出を促す。うわ、やめてよねそういうの。俺を女扱いしないでくれる?
さりげなく手を抜きとり歩きだすと、ヴァレリオは無言でついてきた。
謁見の間を出ても振り返らず、俺は歩き続けた。動揺が大きかったからか、手袋の中で手汗をかいていて気持ち悪い。
「マーシャル卿、この度は婚約を受けいれてくださり、ありがとうございます」
ヴァレリオが空気を読まずに、バリトンボイスでにこやかに話しかけてくる。
俺は彼を睨みつけたくなるところを寸前で堪えて、アルカイックスマイルを顔に貼りつけた。
「陛下のご意向ですからね、なにか深い事情があるのでしょう。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願い致します。婚約者になることですし、ファーストネームでお呼びしてもよろしいですか?」
「どうぞ、ご随意に」
「ありがとうございます、クインシー。俺のこともぜひ、ヴァレリオと呼び捨ててください」
嬉しそうに微笑むヴァレリオは、この婚約に賛成しているようだ。
……さっき本人の意向がどうとか陛下が仰っていたし、まさかこいつのせいで俺は男と結婚する羽目になったのでは?
「ではヴァレリオ、一つ聞きたいことがございます。なぜ陛下が俺に勅命を下されたのか、貴方はご存じですか?」
「それは恐らく、俺が貴方と結婚できないのであれば、近衛兵をやめて地方へ行くと公言したせいでしょうね」
は? え、マジでこいつのワガママのせいで、俺は男と結婚させられるのか?
かわいい兎獣人の男の子は大好きだけど、君のようなごつい狼男なんて、心からご遠慮したいんだけど?
「それは……それだけの理由で、陛下はご決断をされたのですか?」
「貴方の婚約者が逃げだしたのならちょうどいい、ヴァレリオほど頼れる騎士は他にいないのだ、そなたの願いを実現してやろうと、陛下はそう仰いました」
ええ……なにそれ、陛下は身内びいきが激しすぎるよ。俺の意向も聞いておいてほしかったんだけど。
なんでもない風に歩きながら、抑えきれない怒りでギュッと拳を握りこむと、ヴァレリオはそれに気づいて俺の手をとった。
「申し訳ありません、陛下が先走ってしまい……貴方にとっては納得のいかない事態ですよね」
「いえ、そんなことは」
めっちゃある。全然納得いかなすぎる。俺には好きな人だっているのに、その恋だって、いまだに諦めきれていないのに。
脳裏に思い浮かぶのは、屈託なく笑う君の顔と揺れる垂れ耳。平民の兎獣人相手だから、半ば結ばれるのは諦めていた。
ただ、俺が一方的に好きなだけ。権力に笠を着て手篭めにするなんてことは、するつもりがなかった。
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豹獣人の子孫を残すために豹獣人の女性と結婚しようと、恋心は封印して貴族の義務を果たすんだと、そう決心していたんだ。
兄様には古臭い慣習だって笑われたけれど。俺はこの考え方を、貴族に産まれた者の義務であり、誇りであると信じて、今まで努力してきたんだ。
なのに、前の婚約者に逃げられたと思ったら、新しい婚約者は男。これじゃ貴族の義務を果たすことができないじゃないか。
こんなに納得のいかないことって他にあるかな? 俺はこんなにも憤りを感じたの、初めてだよ。
隠しきれない感情が震えとなって、拳が痙攣する。ヴァレリオはそんな俺の様子を見て、辛そうに眉頭の皺を寄せた。
「貴方をそこまで苦しめているのは、何が原因ですか。陛下の独断? 俺が気に入らない? それとも、元婚約者にまだ心が残っていますか」
俺は首を横に振った。いけない、貴族相手にこんな態度をとっていては、足元を掬われる。息を一つ吐いて無理矢理微笑んだ。
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