新婚約者は苦手な狼獣人!? 〜婚約破棄をがんばりたいのに、溺愛してきて絆されそうです

兎騎かなで

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新たな婚約者

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 我がマーシャル家のシティーハウスは、城から魔車で十分もかからない場所にある。

 振動の少ない、最新開発された魔車に一人で揺られながら、先程会った人物について思い浮かべた。

 ヴァレリオ・バルトフォス……確かバルトフォス公爵家の三男だった。貴族名簿で見た覚えがある。

 バルトフォス家にはライオネル陛下の妹君が降嫁されているから、ヴァレリオは王の甥というわけか。

 家柄にも剣の腕にも恵まれていて、羨ましい限りだけど、一体どこで俺を見初めたのやら。

 俺の方は初対面だが、ヴァレリオの方は俺のことを知っていた。あまつさえ愛しているとまで……

 低く艶のある声が、脳裏に蘇る。

『貴方のことを愛している。お願いだ、クインシー』

「……はあ、なーにが愛してる、だよ。直接話したことすらないのに、俺の外ヅラだけを見てわかった気になって。まったくもって滑稽だな」

 ちょっとドキッとした、なんて。口が裂けてもそんな事は言わないぞ。あれはそう、ただの不正脈だ。最近忙しくてあまり寝ていなかったからね。

「だいたい、バルトフォス家は毎年の領地対抗戦でも上位陣に名を連ねている、強豪領地じゃないか。もともと得意なことで勝とうなんて、卑怯だ」

 ヴァレリオ自身を領地対抗戦で見かけたことはないが、どうせ領地にはいい人材がたんまりと育っていることだろう。

 最初から俺に勝たせる気はないってことなんだ。みてろ、絶対に優勝して、吠え面をかかせてやるから。

「それに狼獣人には、個人的に嫌な思い出があるんだよね」

 幼い時のことだから詳細は忘れているけれど、今でも狼獣人をみかけると、胸がモヤモヤすることがあるんだ。

 黒髪で黒い毛並みの狼獣人は特に苦手だ。なぜだかわからないけれど、通りすがりの他人を見ただけでも、胸がひきつれるように痛むことがある。

 誰も聞いていないのをいいことに、散々ヴァレリオを罵った。ちょっとだけ気が晴れたような気がする。

 けれどその気分も家に戻って、ドロセロナ侯爵と話をするまでの、短い間しか保たなかった。

「クインシー君、本当にすまないね。リリーがこんなに思い切ったことをするなんて……今は一体どこへ……ああ、リリー! パパの元に帰っておいで!」
「侯爵、気を確かに持ってください。貴方が焦っていては、リリーシュカ嬢が困っていた場合に、手を貸してあげられなくなる。一緒に探しますから」
「ありがとう……ズビッ、ああ、リリー……クインシー君はこんなに素敵な子なのに、お前はどうして庭師を愛してしまったんだ……」

 ……なんで俺は、婚約者に逃げられた側なのに、その親を慰めているんだろうね。

 ダンディな髭をしとどに濡らして号泣する、ドロセロナ侯爵の肩を叩いて鼓舞する。しばらく泣いていた侯爵は、やっと気を持ち直して帰っていった。

「はあ……」
「お疲れ様っス、ボス。ちょっと休憩します?」

 茶色いくせ毛をひょこひょこ揺らしながら、馴染みの顔の犬獣人が、ドアの陰から姿を表す。

「テオ……そうだね、流石に疲れた。お茶を一杯頼めるかな」
「もちろん。どうぞ、座って待っててくださいよ」

 俺直属の部下であるテオは、香りのいいお茶を淹れて、ソファーで項垂れる俺のところに持ってきてくれた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。ああ、癒されるなあ……イツキに淹れてもらえたら、もっと癒されたんだろうなあ……」
「またそんなこと言って。イツキの旦那は……その、内緒なんであまり大きな声では言えないっスけど、ボスが茶々を入れると邪魔者になっちゃうんで、やめておいた方がいいですよ」

 大きな声では言えないと言いながら、ハッキリ言ってるじゃないか。テオは相変わらず、率直に意見を言うよね。

 俺の思い人である兎獣人のイツキは、現在一つ屋根の下に滞在している。今は外に出かけているようだ。

 一つ屋根の下にいるなら口説くチャンスはいくらでもあると、そう思われるかもしれないが。彼には忠実な番犬、いや、悪魔がついているからね。

 手を出すような隙なんてないし、口説くことさえ難しい。俺の知らない秘密を共有しているらしき二人は、片時も離れず側にいることがほとんどだ。

「ねえ、テオ」
「なんですか? ボス」
「人生って、ままならないものだねえ……」

 テオは犬耳をピンと伸ばして、目を丸くした。

「だ、大丈夫っスか? どうしたんっスか、王宮でなにかありました?」
「聞いてくれる? 陛下ってば酷いんだよ」

 俺が王宮であった一連の出来事を、壁ドンと愛の告白をされたことを除外して話すと、テオは同情的な視線を俺に向けた。

「そうなんっスね……ボスも大変ですね」
「本当に。どうにか婚約を破棄してもらわないと」
「ボスがそうしたいっていうなら、俺は協力しますよ!」
「ありがとう、テオ」

 やっぱり持つべきものは頼れる部下だね。テオと、もう一人の部下であるレジオット、それからダンジョン探索者であるイツキと、悪魔のカイル君。

 この四人と俺で、対抗戦に出場することになるんだ。レジオットはもともと真面目な子だから、俺にしっかり協力してくれるだろう。

 イツキについても、報酬をしっかり用意しているから力になってくれるはずだ。カイル君は……イツキを守ることを、問答無用で優先しそうだなあ。

 こればっかりはしょうがない。恋のライバルだからね。お互いに協力する気になれないのは、仕方がないことさ。

 カイル君は山羊獣人に擬態しているけれど、実のところは獣人社会で忌避される悪魔だ。

 そのことをバラせば、蹴落とせるのかもしれないけど……

 悪魔だって秘密を漏らさないよう、イツキにお願いされて、書面契約まで交わしてしまったことだし。その手は使えない。

 今そんなことをすれば、対抗戦で戦力になれるメンバーが、いなくなってしまうし。

 彼らほどの強さを持つ人は、そうそう見つけられないから、個人の感情で追いだしてる場合じゃない。

 代わりに、ここでちょっとだけ愚痴らせてもらっちゃおう。

「問題はカイル君だよ……ちゃんと対抗戦で勝とうとしてくれるかなあ」
「イツキの旦那がやってほしいってお願いすれば、やってくれるんじゃないっスか?」
「うーん……ま、彼も強いらしいし、仕事はしっかりやるタイプみたいだし、なんとかなるかな」

 無愛想で怖いヤツだけど、俺の邪魔を積極的にしてやろうっていう悪意は、感じないんだよね。

 大丈夫、俺ならチームを上手く指揮できると、自分を鼓舞する。お茶をぐいっと飲み干して、気持ちを切り替えた。

「さあ、休憩は終わり。仕事をはじめるよ」
「えっ、ボスが書類仕事を嫌がらないって、珍しいですね」
「俺だって本当はやりたくないんだよ。だけどやるべきことを早めにこなして、対抗戦に備えないと、先に待っているのは人生の墓場だからね」
「結婚のことをそんな風に言ったら、夢も希望もないですよ」
「いやあ、実際ないよね。ほら、無駄口叩いてる暇があったら書類持ってきて」
「はいはい、わかりましたよ」

 今日は早めに寝れるといいんだけど。いや、無理かな……とっぷり暮れた窓の外の景色を見て、盛大なため息をついた。
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