病弱王子は古の宰相を振り向かせたい

兎騎かなで

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体調不良の正体は

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 結局、サシェの送り主はわからず仕舞いだった。サリーは管理不足を謝り、サシェを捨てておきますと提案した。

 けれどこれはきっと、クラウスの体調不良を知った誰かが、善意で差し入れてくれたものなのだろう。

 捨てる気にはなれなくて、お守り代わりに持ち歩いている。

 柔らかな花の香りを嗅ぐと、ささくれた心は凪のように静まった。

 ラウルとの入れ替わり生活はその後も続いた。あれから一月経ち、リドモンドとも何度かラウルの姿で会うことができた。

「ラウル、食事中か」
「宰相様! お疲れ様です」

 親しげに微笑まれて、自然と笑顔がこぼれ落ちる。心臓の鼓動がとくとくと早まって、指先にポッと熱が灯った。

「食が細いようだが、いつもこの程度の食事量なのか?」
「はい、でも大丈夫ですよ。お腹も空きませんし」
「そうか。この前よりは顔色がいいな」

 顔をじっくりと見られて、変装が見破られないかとヒヤヒヤするのと同時に、きゅんと胸が疼く。

 紫紺の瞳の奥底までうかがえそうな距離感に、じわりとお腹の底から熱いものが湧きあがった。

「元気にしているならいい。ではまた」

 彼は忙しいらしく、食堂でほんのわずかな時間話をした後は去っていってしまう。

 けれど、短時間話せるだけでもクラウスは天にも昇る心地がして、その日一日を幸せに満ちた気分で過ごした。

 夜になると気持ちが沈んで、彼の好きな人の話を思い出し胸の内側が軋んだけれど、それでも会えるだけましだと自分に言い聞かせた。

 夏の初めのある朝、秘密の通路を通ってやってきたラウルは、調子が悪そうだった。顔色が蝋のように白い。

「どうした、拾い食いでもして腹を壊したか」
「そんなことしませんって、子どもじゃあるまいし。なんででしょうね、最近どうも頭がクラクラしちゃって……暑さのせいでしょうかねえ」
「暑いのは苦手なのか?」

 季節柄、周囲の人間が日に焼け始めている中で、ラウルの白さは妙に目立った。もっともクラウスも肌の白さでは負けていないので、人のことは言えないが。

 ラウルは腕を組んで首を捻る。

「暑さには強いつもりでいたんですが……吐き気もするし、フラフラって倒れちゃったら困るんで、しばらく休暇申請を出して実家でゆっくりしたいんですよね。お休みの許可をくれませんか?」
「もちろんだ、お前はよくやってくれている。しばらく休んでくれ」

 体調不良の症状にどこか引っかかるものを感じたが、思いがけない知らせに衝撃を受け、上手く言葉にならなかった。

 ラウルにはもちろん休んでもらいたいが、そうするとリドモンドと長い間会えなくなってしまう。

 なんとかラウルの休暇中でもリドに会えないかと、思いついた案を口に出す。

「休んでいる間、お前の代わりに働いてやってもいいぞ」
「えっ、ほんとですか!? ……いや、流石に殿下のフリをする人間がいないと、不在がバレますって」
「それもそうか。しかしまいったな、お前の姿でないと、リドに避けられてしまって、ろくに会話ができないしな」
「困りましたねえ…… でも僕が無理して殿下になり変わって、その間に倒れたら入れ替わりがバレそうですし」

 ラウルの言うとおり、これ以上無茶はさせられない。かといって、このまま長期間リドモンドと交流できなくなるのも辛い。

 クラウスは考え込んでから、折衷案を出した。

「……今日半日だけ入れ替わってもらって、リドに休暇をとる旨を伝えてもいいか」
「ええ、そのくらいなら。部屋でじっとしてる分には、問題ないと思います」

 ようやく『ラウルに扮したクラウス』が、リドモンドと知り合い程度には仲良くなってきたところだったが、背に腹は変えられない。

 リドモンドにしばらく会えないと思うと、身を切るように辛いが、ラウルの体調のほうが大事だ。

 クラウスの方は最近体の調子がよかったから、余計に心配だ。

 必ず半日で戻ってくると告げると、彼は雪のような顔色でにこりと微笑んだ。

「すみませんね、よろしくお願いします」
「では頼んだ」
「わかりました、行ってらっしゃい」

 午前の仕事を片づけて、食堂に向かいリドモンドの姿を探す。

 どうか来てほしい。しばらく会えないのであれば、麗しい姿を目に焼きつけておきたいし、心配させないためにも会えなくなることを伝えておきたい。

 クラウスの願いが天に通じたのか、彼は食堂に顔を見せた。入り口で姿を見かけるなり駆け寄っていく。

「おや、ラウル。食事の途中なのでは?」
「宰相様、話したいことがあるんです」
「話したいこと?」
「はい」

 クラウスとリドモンドの会話は、基本的に聞き耳を立てられている。

 雲の上の宰相様と一介の文官が何を話すのかと、注目されているのだ。食堂から帰ると同時に、同僚に揶揄われたこともあった。

 できれば落ち着いて話したいと中庭に誘うと、リドモンドは意外そうにしながらもついてきてくれた。

 初めて話をした時と同じベンチに座る。薔薇の見頃は過ぎており、夏の刺すような日差しが葉を照らしていた。

「それで、話というのは?」
「実はですね、僕は最近体の調子がよくなくて、しばらく休暇をもらってゆっくり療養しようと思っているんです」

 リドモンドは気遣わしげに、クラウスの全身にサッと視線を走らせた。

「どこの調子が悪いんだ?」
「えっと、頭がくらくらして、吐き気もあって、ふらつくこともあります」

 ラウルが伝えた症状を口に出して、初めて思い当たったが、クラウスの抱えている体調不良とそっくりだ。

 違和感を明確にする前に、リドモンドが声を低くして問いかけてきた。

「……その症状はいつから?」

 彼は紫紺の瞳をきらめかせて、真剣な表情になる。クラウスは気後れしながらも記憶を辿った。

(ええと、ラウルが調子悪そうにしはじめたのは……)

 思い返してみると、半月前くらいから調子が悪そうだったと感じた。

「最近ですよ。春の終わり頃でしょうか」
「君は食堂以外では、どこで食事を摂っているんだ」
「それは、寮で食べたりとか?」

 ラウルは寮暮らしだと聞いている。首を捻りながらなんとか記憶をかき集めていると、リドモンドの表情はますます張り詰めていく。

「他の場所では食べていない? ひょっとして、テミュレ草の混じったお茶などを、飲んではいないだろうね?」
「テミュレ草というと……」

 薬草の一種で、軟膏として体に塗り込むと、深い眠りを誘うと本で読んだ覚えがあった。しかしそれを読んだのは、王族専用の図書室内でのことだ。

 ラウルが知っているような一般的な知識かどうかわからず、答えあぐねていると、リドモンドは深刻な表情になる。

「主に北皇山に生息している多年草で、塗ると薬になるが、食べると病を引き起こす。数回の摂取では問題にならない微毒だが、少量を持続的に取り込むと、めまいやふらつき、頭痛や吐き気を引き起こす毒草だ。かつてテミュレ草が紅茶に混入する事件が以前あったんだ。君の症状はそれとよく似ている」
「え……」

 毒だって? いや、クラウスがめまいで倒れるのは、この一年近くずっとだ。

 やっと体が丈夫になってきて、ようやく大人の王族として活躍できると意気込んでいた時に、リドモンドの襲撃事件があって、それ以来また体調が悪化してきて……

(つまりこの一年間、誰かに毒を盛られていた?) 

 顔を青くして黙り込むと、リドモンドはハッと息を呑んで、思わずといった様子で独り言を呟いた。

「まさか、クラウスにも……?」

 弾かれたように顔を上げた。もしかして今、聞き間違いでないのなら、クラウスの名を呼んだのか?
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