病弱王子は古の宰相を振り向かせたい

兎騎かなで

文字の大きさ
24 / 31

竜のご機嫌

しおりを挟む
 山の奥深くに入っていく。もうここがどこだかわからない。リドモンドと離れてしまえば遭難してしまうだろう。

 幸い、彼はクラウスが慣れない足場に戸惑うたびに手を貸してくれて、歩調を合わせてくれた。

「確かこの辺りだったはずだ。そろそろ洞窟が見えてくる」

 リドモンドの言うとおり、木々が開けた場所に山肌が立ちはだかり、その足元にはぽっかりと大穴が口を開いていた。

「……クラウスはここで待っていてほしい、まずは私が様子を見てこよう」
「待ってくれ、俺も行くよ。二人とも呪いを解いてもらえるようにお願いするんだから、二人で一緒に行った方がいい」
「だが危険だ……私が訪ねてきたことに怒った竜が、貴方に危害を加えるかもしれない。貴方に何かあれば私は……」

 苦悩に顔を歪めるリドモンドの手をとって、クラウスは宣言した。

「それは俺だって同じだ。リドモンドに何かあったら、どうして一緒に行かなかったんだろうって、この先の人生ずっと後悔しながら過ごすことになる。お願いだ、俺も連れていってくれ」
「クラウス……わかった。絶対に私の背中から離れないで」

 二人で洞窟の中に足を踏み入れた。

 内部は暗く、なんの光源もないにもかかわらず、竜の視界を得たクラウスたちは、問題なく辺りを見渡すことができた。

 奥に進むにつれて温度が下がっていく。奈落の底か死の国にでも、迷い込んだような気分になったが、前を進む青銀の髪を頼りになんとかついていった。

 やがて広い空間に出た。風が規則的に吹き、それが竜の鼻息だとわかる頃には、目の前にその巨体があった。

「これが……」

 洞窟の奥に居たのは銀竜だった。青みを帯びた銀の鱗がびっしりと身体中を覆い、森で見た小屋よりも大きな体をしている。

 口は大きく牙は鋭く、噛みつかれたらひとたまりもないだろう。

 目を閉じて体を丸めていた竜は、クラウスたちが立ち止まると同時に瞳を開く。

 底が見えない海のような深い目の色をした銀竜は、ひたりとリドモンドを見つめた。

「おや、また来たのか。なんだい坊や、詫びでも入れに来たのかい」

 老婆のようなしわがれた声が洞窟内に反響する。リドモンドはクラウスを庇うように後方に寄せながら、竜と相対した。

「銀竜、任務を成し遂げるために花畑を荒らしてしまい、申し訳なかった。深くお詫びを申し上げる」
「ああ、もう気にしていないよ。他にもっといい物を見つけたからね」

 竜はグルルと喉を鳴らした。大きな音にグッと警戒心が増すが、どうやら機嫌がいい時に出す音らしい。

 ゆるりと尾をくねらせて、今度はクラウスに視線を向ける。

「こっちの坊やは、ほう。やっとお前に押しつけた力を、弱めてくれる子が現れたのかい」
「初めまして、クラウスと申します」

 胸の前に手を当てながら敬礼すると、銀竜はフンと鼻を鳴らした。

「人の名前などどうでもいいよ。よかったね、銀色の。人の身で長く生きるのは、さぞいい薬になっただろう。もう十分反省したようだし、これからはその人間を番として、残りの寿命をまっとうするといい」
「それは……どういう意味だろうか」

 そこまで話すと竜は大きなあくびをして、再び瞼を閉じてしまった。

「もう十分話しただろう、私は眠いんだ。邪魔をしないでおくれ」
「待ってください銀竜、こちらを差し上げますので、どうか教えてくれませんか」

 クラウスがテミュレ草を掲げてみせると、竜は片目をチロリと開いてふんふんと鼻を動かした。

「ふうん、悪くない匂いだね」
「お気に召しましたか」

 もっと近くで見てもらおうと前に一歩進むと、リドモンドに止められる。

「クラウス、前に出るな」
「大丈夫だ」

 竜の尖った爪がゆっくりと近づいてきて、身を竦めながらも手を上に伸ばす。竜は攻撃の意思を見せず、クラウスの手から花を受け取った。

「もらってやろう。で、何が聞きたいって?」
「残りの寿命とはどういう意味ですか。リドの竜の力はどうなったんです」
「言葉通りの意味さ。銀色の体にはまだ竜の力の残滓が残っているが、そっちの金色に力が一部吸い取られたから、不死ではなくなり普通に歳を取る」

 ということは、これから先リドモンドは、寂しい思いをしながら親しい人を見送らずに済むのだろう。

「残った竜の力は好きに振るうといい。金色に移った竜の力は一時的なものだから、数日もすれば元に戻るだろう」

 竜は花を抱きしめるようにして、再び地面に体を伏せた。

「達者で暮らせ。そろそろ出ていかないと、無理矢理追い出すぞ」
「クラウス、行こう」

 リドモンドに促されて竜の穴蔵から外に出る。緊張感から開放されて、どっと額から汗が噴き出した。

「はあ、緊張した……」
「そうだね、銀竜の機嫌がよくて助かった」

 リドモンドは首周りに手を這わして、感慨深そうにため息をついた。

「私はどうやら不死ではなくなったようだね、まだ実感は湧かないが」
「よかった、これでリドが取り残されて、悲しい思いをしなくて済む」

 笑いながら彼の麗しい顔を見上げると、温かな笑みが返ってきた。

「クラウスのおかげだ。貴方がいなければ、再び竜の巣に向かうことはなかっただろう」
「お礼を言いたいのは俺の方だ。リドがいなければ、とっくにあの世に召されていたかもしれない」
「礼なんて言う必要はない。クラウスのことが大切だから、守りたかったんだ」
「リド……」

 リドは片腕を胸に当てるとその場に跪き、クラウスを真摯な瞳で見上げた。

「改めて伝えさせてくれ。クラウス、貴方が好きだ。愛している。どうか私の伴侶になってほしい」

 木々の合間から差し込む光が、リドモンドをスポットライトのように照らし、神々しささえ感じる美しさだ。

 突然のことにクラウスは言葉につまりながらも、待ち望んでいた言葉を贈られて胸が歓喜に打ち震えた。

「リド……! ずっと一緒にいよう……っ!」

 リドモンドはクラウスの言葉を受けて満面の笑みになる。

 彼が立ち上がると、どちらともなく顔が近づいていき、触れあうだけのキスをした。ゆっくりと顔を離すと妖艶に微笑まれる。

「早く君を抱きたい……帰ろう、王城に」

 熱っぽく囁かれて、恥ずかしくて顔を伏せた。リドモンドとのめくるめくあれそれを想像しそうになって、慌てて思考を切り替える。

「うん……でも城には、セルジオ兄様がいる」
「彼のことはカルロスに任せてある。上手くやってくれているはずだ、彼の次期王としての才覚は確かだからね」

 甘い微笑みが降ってくるのにドギマギしながらも、今は帰らなければならないと無理矢理桃色の妄想を頭から追い出した。

「そうだな、カルロス兄様を信じて城に戻ろう」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】みにくい勇者の子

バナナ男さん
BL
ある田舎町で農夫をしている平凡なおっさんである< ムギ >は、嫁なし!金なし!の寂しい生活を送っていた。 そんなある日、【 光の勇者様 】と呼ばれる英雄が、村の領主様に突然就任する事が決まり、村人達は総出で歓迎の準備をする事に。 初めて会うはずの光の勇者様。 しかし、何故かムギと目が合った瞬間、突然の暴挙に……?     光の勇者様 ✕ 農夫おっさんのムギです。  攻めはヤンデレ、暴走ロケット、意味不明。 受けは不憫受け(?)だと思いますので、ご注意下さい。ノリよくサクッと終わりますm(__)m 頭空っぽにして読んで頂けると嬉しいです。

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

処理中です...