病弱王子は古の宰相を振り向かせたい

兎騎かなで

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竜のご機嫌

 山の奥深くに入っていく。もうここがどこだかわからない。リドモンドと離れてしまえば遭難してしまうだろう。

 幸い、彼はクラウスが慣れない足場に戸惑うたびに手を貸してくれて、歩調を合わせてくれた。

「確かこの辺りだったはずだ。そろそろ洞窟が見えてくる」

 リドモンドの言うとおり、木々が開けた場所に山肌が立ちはだかり、その足元にはぽっかりと大穴が口を開いていた。

「……クラウスはここで待っていてほしい、まずは私が様子を見てこよう」
「待ってくれ、俺も行くよ。二人とも呪いを解いてもらえるようにお願いするんだから、二人で一緒に行った方がいい」
「だが危険だ……私が訪ねてきたことに怒った竜が、貴方に危害を加えるかもしれない。貴方に何かあれば私は……」

 苦悩に顔を歪めるリドモンドの手をとって、クラウスは宣言した。

「それは俺だって同じだ。リドモンドに何かあったら、どうして一緒に行かなかったんだろうって、この先の人生ずっと後悔しながら過ごすことになる。お願いだ、俺も連れていってくれ」
「クラウス……わかった。絶対に私の背中から離れないで」

 二人で洞窟の中に足を踏み入れた。

 内部は暗く、なんの光源もないにもかかわらず、竜の視界を得たクラウスたちは、問題なく辺りを見渡すことができた。

 奥に進むにつれて温度が下がっていく。奈落の底か死の国にでも、迷い込んだような気分になったが、前を進む青銀の髪を頼りになんとかついていった。

 やがて広い空間に出た。風が規則的に吹き、それが竜の鼻息だとわかる頃には、目の前にその巨体があった。

「これが……」

 洞窟の奥に居たのは銀竜だった。青みを帯びた銀の鱗がびっしりと身体中を覆い、森で見た小屋よりも大きな体をしている。

 口は大きく牙は鋭く、噛みつかれたらひとたまりもないだろう。

 目を閉じて体を丸めていた竜は、クラウスたちが立ち止まると同時に瞳を開く。

 底が見えない海のような深い目の色をした銀竜は、ひたりとリドモンドを見つめた。

「おや、また来たのか。なんだい坊や、詫びでも入れに来たのかい」

 老婆のようなしわがれた声が洞窟内に反響する。リドモンドはクラウスを庇うように後方に寄せながら、竜と相対した。

「銀竜、任務を成し遂げるために花畑を荒らしてしまい、申し訳なかった。深くお詫びを申し上げる」
「ああ、もう気にしていないよ。他にもっといい物を見つけたからね」

 竜はグルルと喉を鳴らした。大きな音にグッと警戒心が増すが、どうやら機嫌がいい時に出す音らしい。

 ゆるりと尾をくねらせて、今度はクラウスに視線を向ける。

「こっちの坊やは、ほう。やっとお前に押しつけた力を、弱めてくれる子が現れたのかい」
「初めまして、クラウスと申します」

 胸の前に手を当てながら敬礼すると、銀竜はフンと鼻を鳴らした。

「人の名前などどうでもいいよ。よかったね、銀色の。人の身で長く生きるのは、さぞいい薬になっただろう。もう十分反省したようだし、これからはその人間を番として、残りの寿命をまっとうするといい」
「それは……どういう意味だろうか」

 そこまで話すと竜は大きなあくびをして、再び瞼を閉じてしまった。

「もう十分話しただろう、私は眠いんだ。邪魔をしないでおくれ」
「待ってください銀竜、こちらを差し上げますので、どうか教えてくれませんか」

 クラウスがテミュレ草を掲げてみせると、竜は片目をチロリと開いてふんふんと鼻を動かした。

「ふうん、悪くない匂いだね」
「お気に召しましたか」

 もっと近くで見てもらおうと前に一歩進むと、リドモンドに止められる。

「クラウス、前に出るな」
「大丈夫だ」

 竜の尖った爪がゆっくりと近づいてきて、身を竦めながらも手を上に伸ばす。竜は攻撃の意思を見せず、クラウスの手から花を受け取った。

「もらってやろう。で、何が聞きたいって?」
「残りの寿命とはどういう意味ですか。リドの竜の力はどうなったんです」
「言葉通りの意味さ。銀色の体にはまだ竜の力の残滓が残っているが、そっちの金色に力が一部吸い取られたから、不死ではなくなり普通に歳を取る」

 ということは、これから先リドモンドは、寂しい思いをしながら親しい人を見送らずに済むのだろう。

「残った竜の力は好きに振るうといい。金色に移った竜の力は一時的なものだから、数日もすれば元に戻るだろう」

 竜は花を抱きしめるようにして、再び地面に体を伏せた。

「達者で暮らせ。そろそろ出ていかないと、無理矢理追い出すぞ」
「クラウス、行こう」

 リドモンドに促されて竜の穴蔵から外に出る。緊張感から開放されて、どっと額から汗が噴き出した。

「はあ、緊張した……」
「そうだね、銀竜の機嫌がよくて助かった」

 リドモンドは首周りに手を這わして、感慨深そうにため息をついた。

「私はどうやら不死ではなくなったようだね、まだ実感は湧かないが」
「よかった、これでリドが取り残されて、悲しい思いをしなくて済む」

 笑いながら彼の麗しい顔を見上げると、温かな笑みが返ってきた。

「クラウスのおかげだ。貴方がいなければ、再び竜の巣に向かうことはなかっただろう」
「お礼を言いたいのは俺の方だ。リドがいなければ、とっくにあの世に召されていたかもしれない」
「礼なんて言う必要はない。クラウスのことが大切だから、守りたかったんだ」
「リド……」

 リドは片腕を胸に当てるとその場に跪き、クラウスを真摯な瞳で見上げた。

「改めて伝えさせてくれ。クラウス、貴方が好きだ。愛している。どうか私の伴侶になってほしい」

 木々の合間から差し込む光が、リドモンドをスポットライトのように照らし、神々しささえ感じる美しさだ。

 突然のことにクラウスは言葉につまりながらも、待ち望んでいた言葉を贈られて胸が歓喜に打ち震えた。

「リド……! ずっと一緒にいよう……っ!」

 リドモンドはクラウスの言葉を受けて満面の笑みになる。

 彼が立ち上がると、どちらともなく顔が近づいていき、触れあうだけのキスをした。ゆっくりと顔を離すと妖艶に微笑まれる。

「早く君を抱きたい……帰ろう、王城に」

 熱っぽく囁かれて、恥ずかしくて顔を伏せた。リドモンドとのめくるめくあれそれを想像しそうになって、慌てて思考を切り替える。

「うん……でも城には、セルジオ兄様がいる」
「彼のことはカルロスに任せてある。上手くやってくれているはずだ、彼の次期王としての才覚は確かだからね」

 甘い微笑みが降ってくるのにドギマギしながらも、今は帰らなければならないと無理矢理桃色の妄想を頭から追い出した。

「そうだな、カルロス兄様を信じて城に戻ろう」
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