23 / 41
第三章 初デート
3
しおりを挟む
*郁巳視点*
「寂しいんですか?」
巽の問いかけを受けて、僕は勢いよく振り向いた。突然の問いに驚きを隠せない。
夏葉のことを思い出すと、今でも胸が痛んで寂寥感に苛まれることがある。寂しいかと言われたら、そうに違いなかった。
けれどその気持ちを巽の前で出すとなると、弱みを見せるみたいで気が進まない。
それに、そう。僕には和泉がいる。寂しいなんて弱音を吐いて、和泉を不安がらせたくないんだ。
「……寂しくなんて、ない」
言い切ったその声が、か細く震えたような気がして、こほんと誤魔化すように咳払いをした。スッと背筋を伸ばして虚勢を張る。
「そうですか? ですが……」
「寂しくないってば!」
思いの外大声が出た。ハッと口を覆って巽の方を見ると、彼も驚いたように眉尻を上げている。居た堪れなくなり逃げるように早足になるが、巽は長い足を活かしてついてきた。
「待ってください、郁巳さん。貴方を傷つける意図はなかったんです」
「僕は別に、傷ついてなんて……とにかくもう、帰るから」
無言で歩き続ける僕の隣を、巽は心配そうについてくる。
少し歩くと気分も落ち着いてきて、怒鳴って申し訳なかったなという気持ちが湧いてきた。
謝った方がいいよな……? チラリと巽の表情をうかがうと、彼の端正な横顔が目に入る。
見れば見るほど美しい男だ。目尻の皺も男前っぷりに深みを添えるだけで、彼の魅力を少しも損ねてはいない。
エリートだしイケメンだし、立派な家に住んでいて、隣にいるのが場違いだと思ってしまう。
それなのに巽は僕に熱い視線を向けてくる。自分の慌て具合が嫌になってきて、ふうとため息を吐き出した。
「ごめん、過剰に反応した」
「いえ、こちらこそデリカシーがなくてすみません」
「いや、それは別に……そうは思わないけど」
デリカシーとかは関係なく、余裕がなくて戸惑っているだけだ。けれど心の余裕がなくなっているのは確実に巽のせいであり、彼に調子を乱されるのが居心地悪かった。
やっぱり、距離をおこう。こんなのはおかしい。巽といるとどんどん僕はおかしくなってしまう。夏葉だけを好きでいたいのに、彼女だけを愛し続けていたいのに、それができなくなりそうで苦しいんだ。
ちょうど駅についたようだ。巽の方を決意をもって振り向く。彼は僕の表情から何か感じたのか、静かな瞳で相対した。
「巽さん、貴方のことは嫌いじゃない。だけど会うと胸が苦しくなるんだ」
「郁巳さん……」
何か言いつのろうとする彼の言葉を遮り、視線を背けた。
「だから、もう僕に関わってこないでくれ。さよなら」
「待ってください、郁巳!」
振り向きもせずに改札に逃げこんだ。人混みをぬってホームへと走っていく。巽が連絡を寄越したのか、スマホが震えるが無視して電車の中へと駆け込んだ。
扉が閉まった音を聞いて背後を振り返るが、彼は追ってきていなかった。ついてきたのは僕の影だけだった。
乱れた息を苦い後悔と共に吐き出す。こんなことになるなら、デートの誘いになんて乗るんじゃなかった。
もう夏も近いというのに、心の奥が冷えてしょうがない。体ばかり高められて、心が置いてけぼりになっているからだろうか。巽の誘いを受け入れていれば今頃……
「……忘れよう」
僕は軽く首を横に振って、思考を振り払った。車窓から外を眺める。雲に光が乱反射して美しく輝く夕空は、僕の気持ちとはまるで正反対で、虚しい笑いが込み上げてきた。
*****
それからしばらくの間、僕の生活は平穏そのものだった。時々感じる身体の疼きはないものとして扱っておけば、それ以上考えずに済んだ。
巽からの電話やメッセージには決して出ないように細心の注意を払った。着信拒否まではする気になれず、未読のメッセージが溜まっていく。和泉経由で入ってくる森栄家の話もひたすら流すようにした。
そのうちに和泉は僕が惚気話に興味がないと思ったのか、彼氏の話題を口にすることも少なくなった。申し訳ないなと思いつつも、ホッと胸を撫で下ろす。
正直なところ、和泉が大吾くんとつきあっているという話には未だにわだかまりはある。けれどそこを突っ込むと、どうしても森栄家と接点を持つことになってしまう。
僕はこれ以上、アイツのことで頭を悩ませたくないんだ……結果的に、息子達の交際を見守る羽目になってしまった。交際を反対することに関しては、もう半分諦めている。受験勉強さえちゃんとやってくれればいい。
そう思うことで、和泉の夏休みまでは平穏な日々を過ごせていたんだ。部活を引退して受験勉強をまともに頑張っていた反動なのか、和泉がとんでもないことを言い出すまでは。
「父さん、今度大吾と海に行きたいと思っててさ。大吾のお父さんが車出してくれるんだって。よかったら父さんも来る?」
「な、なんだって?」
「大吾のお父さんは巽さんっていうんだけど、ぜひ僕の父さんにもご挨拶したいって言ってたよ」
僕はご挨拶したくない。今更どういうつもりだ、僕があまりにもコンタクトを避けているものだから、息子経由で会おうと画策しているのだろうか。
「別に挨拶なんてしなくていいよ」
「えー、でもさ、巽さんって本当にいい人なんだよ? 僕が遊びにいくと、いつもお高そうな茶菓子でもてなしてくれるし」
「和泉、そんな物をもらってたのか?」
「うん。駄目だった?」
「駄目というか……」
気まずいし、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。こちらからも何かお返しをした方がいいだろうか? いやでも、今更接点なんて持ちたくないしな……
和泉は僕の内心も知らずに、のほほんと爆弾発言を投下した。
「この前なんて、三万円もするディナーに連れていってもらっちゃった。息子だけだと話が続かないから君もってお願いされてさ、すごく美味しかったなー」
「待て和泉、そんな話は聞いていないぞ?」
「だって父さん、最近大吾の話してもつまらなさそうだったじゃん。惚気すぎて聞きたくないのかなって、僕なりに気を遣ったんだけど」
いやそりゃ聞きたくはないけど、それは報告してくれなくちゃまずいだろう!
僕は頭を抱えてため息を吐いた。ここまで面倒を見てもらって、親の僕から一言も挨拶がないんじゃ非常識なのは僕の方になってしまう。
「わかった、今度ご挨拶させてもらうよ……」
もう和泉のいないところで何度も会ってるんだけどなと、遠い目をした。和泉は僕の返事を聞いて、ぱあっと表情を明るくする。
「よかった、じゃあ父さんも旅行に行くって送っとく」
すぐにスマホを弄りだした息子を見て、僕は慌てて待ったをかけた。
「え? 違うぞ和泉、僕は挨拶をすると言っただけであって、森栄家と一緒に海に行くなんて一言も……!」
ピロン、という間抜けな送信音が和泉のスマホから響く。
「そうなの? もう送っちゃった」
「あああ……お前はもう、せっかちなんだから!」
「どうしよう、今からでもご挨拶だけって送っとく?」
困惑したように眉根を下げる和泉に、僕は疲れを隠せずゆるゆるとした動きで首を横に振った。
「いや、いいよもう……それも失礼な話だし、しょうがないから僕も付き添いをするよ」
「わかった。なんかごめんね?」
申し訳なさそうに身を縮こませる和泉を見ていると、強く叱れない。
「寂しいんですか?」
巽の問いかけを受けて、僕は勢いよく振り向いた。突然の問いに驚きを隠せない。
夏葉のことを思い出すと、今でも胸が痛んで寂寥感に苛まれることがある。寂しいかと言われたら、そうに違いなかった。
けれどその気持ちを巽の前で出すとなると、弱みを見せるみたいで気が進まない。
それに、そう。僕には和泉がいる。寂しいなんて弱音を吐いて、和泉を不安がらせたくないんだ。
「……寂しくなんて、ない」
言い切ったその声が、か細く震えたような気がして、こほんと誤魔化すように咳払いをした。スッと背筋を伸ばして虚勢を張る。
「そうですか? ですが……」
「寂しくないってば!」
思いの外大声が出た。ハッと口を覆って巽の方を見ると、彼も驚いたように眉尻を上げている。居た堪れなくなり逃げるように早足になるが、巽は長い足を活かしてついてきた。
「待ってください、郁巳さん。貴方を傷つける意図はなかったんです」
「僕は別に、傷ついてなんて……とにかくもう、帰るから」
無言で歩き続ける僕の隣を、巽は心配そうについてくる。
少し歩くと気分も落ち着いてきて、怒鳴って申し訳なかったなという気持ちが湧いてきた。
謝った方がいいよな……? チラリと巽の表情をうかがうと、彼の端正な横顔が目に入る。
見れば見るほど美しい男だ。目尻の皺も男前っぷりに深みを添えるだけで、彼の魅力を少しも損ねてはいない。
エリートだしイケメンだし、立派な家に住んでいて、隣にいるのが場違いだと思ってしまう。
それなのに巽は僕に熱い視線を向けてくる。自分の慌て具合が嫌になってきて、ふうとため息を吐き出した。
「ごめん、過剰に反応した」
「いえ、こちらこそデリカシーがなくてすみません」
「いや、それは別に……そうは思わないけど」
デリカシーとかは関係なく、余裕がなくて戸惑っているだけだ。けれど心の余裕がなくなっているのは確実に巽のせいであり、彼に調子を乱されるのが居心地悪かった。
やっぱり、距離をおこう。こんなのはおかしい。巽といるとどんどん僕はおかしくなってしまう。夏葉だけを好きでいたいのに、彼女だけを愛し続けていたいのに、それができなくなりそうで苦しいんだ。
ちょうど駅についたようだ。巽の方を決意をもって振り向く。彼は僕の表情から何か感じたのか、静かな瞳で相対した。
「巽さん、貴方のことは嫌いじゃない。だけど会うと胸が苦しくなるんだ」
「郁巳さん……」
何か言いつのろうとする彼の言葉を遮り、視線を背けた。
「だから、もう僕に関わってこないでくれ。さよなら」
「待ってください、郁巳!」
振り向きもせずに改札に逃げこんだ。人混みをぬってホームへと走っていく。巽が連絡を寄越したのか、スマホが震えるが無視して電車の中へと駆け込んだ。
扉が閉まった音を聞いて背後を振り返るが、彼は追ってきていなかった。ついてきたのは僕の影だけだった。
乱れた息を苦い後悔と共に吐き出す。こんなことになるなら、デートの誘いになんて乗るんじゃなかった。
もう夏も近いというのに、心の奥が冷えてしょうがない。体ばかり高められて、心が置いてけぼりになっているからだろうか。巽の誘いを受け入れていれば今頃……
「……忘れよう」
僕は軽く首を横に振って、思考を振り払った。車窓から外を眺める。雲に光が乱反射して美しく輝く夕空は、僕の気持ちとはまるで正反対で、虚しい笑いが込み上げてきた。
*****
それからしばらくの間、僕の生活は平穏そのものだった。時々感じる身体の疼きはないものとして扱っておけば、それ以上考えずに済んだ。
巽からの電話やメッセージには決して出ないように細心の注意を払った。着信拒否まではする気になれず、未読のメッセージが溜まっていく。和泉経由で入ってくる森栄家の話もひたすら流すようにした。
そのうちに和泉は僕が惚気話に興味がないと思ったのか、彼氏の話題を口にすることも少なくなった。申し訳ないなと思いつつも、ホッと胸を撫で下ろす。
正直なところ、和泉が大吾くんとつきあっているという話には未だにわだかまりはある。けれどそこを突っ込むと、どうしても森栄家と接点を持つことになってしまう。
僕はこれ以上、アイツのことで頭を悩ませたくないんだ……結果的に、息子達の交際を見守る羽目になってしまった。交際を反対することに関しては、もう半分諦めている。受験勉強さえちゃんとやってくれればいい。
そう思うことで、和泉の夏休みまでは平穏な日々を過ごせていたんだ。部活を引退して受験勉強をまともに頑張っていた反動なのか、和泉がとんでもないことを言い出すまでは。
「父さん、今度大吾と海に行きたいと思っててさ。大吾のお父さんが車出してくれるんだって。よかったら父さんも来る?」
「な、なんだって?」
「大吾のお父さんは巽さんっていうんだけど、ぜひ僕の父さんにもご挨拶したいって言ってたよ」
僕はご挨拶したくない。今更どういうつもりだ、僕があまりにもコンタクトを避けているものだから、息子経由で会おうと画策しているのだろうか。
「別に挨拶なんてしなくていいよ」
「えー、でもさ、巽さんって本当にいい人なんだよ? 僕が遊びにいくと、いつもお高そうな茶菓子でもてなしてくれるし」
「和泉、そんな物をもらってたのか?」
「うん。駄目だった?」
「駄目というか……」
気まずいし、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。こちらからも何かお返しをした方がいいだろうか? いやでも、今更接点なんて持ちたくないしな……
和泉は僕の内心も知らずに、のほほんと爆弾発言を投下した。
「この前なんて、三万円もするディナーに連れていってもらっちゃった。息子だけだと話が続かないから君もってお願いされてさ、すごく美味しかったなー」
「待て和泉、そんな話は聞いていないぞ?」
「だって父さん、最近大吾の話してもつまらなさそうだったじゃん。惚気すぎて聞きたくないのかなって、僕なりに気を遣ったんだけど」
いやそりゃ聞きたくはないけど、それは報告してくれなくちゃまずいだろう!
僕は頭を抱えてため息を吐いた。ここまで面倒を見てもらって、親の僕から一言も挨拶がないんじゃ非常識なのは僕の方になってしまう。
「わかった、今度ご挨拶させてもらうよ……」
もう和泉のいないところで何度も会ってるんだけどなと、遠い目をした。和泉は僕の返事を聞いて、ぱあっと表情を明るくする。
「よかった、じゃあ父さんも旅行に行くって送っとく」
すぐにスマホを弄りだした息子を見て、僕は慌てて待ったをかけた。
「え? 違うぞ和泉、僕は挨拶をすると言っただけであって、森栄家と一緒に海に行くなんて一言も……!」
ピロン、という間抜けな送信音が和泉のスマホから響く。
「そうなの? もう送っちゃった」
「あああ……お前はもう、せっかちなんだから!」
「どうしよう、今からでもご挨拶だけって送っとく?」
困惑したように眉根を下げる和泉に、僕は疲れを隠せずゆるゆるとした動きで首を横に振った。
「いや、いいよもう……それも失礼な話だし、しょうがないから僕も付き添いをするよ」
「わかった。なんかごめんね?」
申し訳なさそうに身を縮こませる和泉を見ていると、強く叱れない。
483
あなたにおすすめの小説
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる