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9話
しおりを挟むガレルは俺の話に口を挟まずに聞いてくれた。
あの遠乗りに誘われた日に思いだしたことを訥々と語れば、ガレルは納得したように頷いた。
「そうか……よく話してくれたな、ユールよ。突然そのような記憶が降って湧いたのであれば、さぞ混乱したことであろう」
話をしているうちに、ベッドに隣同士で腰かける形で座っていた俺の腰を、ガレルは自然と抱き寄せる。
「だが体も心も記憶もユールならば、タダシの記憶があったとしてもユールはユールだ」
「なんでだよ、俺は匡だ」
少なくとも俺の記憶を思いだしてからはそう思ってるんだが?
俺が抗議の声を上げると、ガレルは面白そうに口の端を吊り上げた。
「では聞くがタダシ、お前は五歳の頃に人から望まれた責務を、一度も休むことなくこなしたか?」
「いや……学校サボることとかあったけど」
でもそれはさ、学校は俺が休んだところで他人がピンチになったりしないじゃん?
結界はサボると国防の危機なわけだから、そりゃ簡単にサボったりできねえよ。
「たとえばユール、庭先で小鳥が鳴いていたらどうする」
「そりゃこの前やってたとおり、巣を探して返してやりてえと思うけど」
「タダシだった時も同じことをしたか?」
「え、もちろん……して、ない」
きっと小鳥が公園で鳴いているのを見つけても、わざわざ巣に戻したり病院に連れて行ったりしないだろう。
多分、内心誰か助けてやれよって思いながら、聞こえなかったことにして通り過ぎる可能性が高い。
そう言われてみれば、ユールとして記憶を取り戻してからも、匡だった時にはしていないだろう行為を多々しているように思えてきた。
体の動かし方、行動の癖や、無意識にとる行動……違和感なくおこなっていることは、ユールの時と匡の時の両方の意識が混ざっている。
だけど、言われてみれば食事の仕方や王族としてとるべき態度、身体能力なんかは完璧にユールのままだったな。
若干ユールの意識の方が強い……のか?
「あれ? 俺……いや、僕は……?」
ん、んー? なんか混乱してきたぞ?
俺は匡だと思っていたけど、やっぱりユールでもあって……つまり、どういうことだ?
混乱する俺に、ガレルは更に言葉を重ねてくる。
「それにだ、ユール」
肌の露出した背中をさらりと撫でられ、ピクリと肩が跳ねる。
「お前の体は俺を拒絶していない。そのすぐ赤くなるところも、俺を見つけると瞳を輝かせるところも」
ガレルの顔から目が離せない。金色に輝く瞳が、まるで俺すら知らない俺自身を見透かしているように感じた。
「雄弁に、俺が好きだと伝えている」
額に、頬に、キスが降ってくる。俺はそれを、当然のように受けとめた。受けとめていた。
「お前はユールだ。そして俺のことを愛している。そうだろう?」
そう……だったか?
確かに、今までのユールに一番好きな人は? って聞いたらガレル兄様です!って答えそうだけどさ……
あれ? ユールは無自覚でガレルのことを恋愛感情込みで好きだったのか?
だとしたらユールよ、やっぱり鈍過ぎる……だけど、そうか。
俺は匡で、ユールでもあるなら……つまり俺は、こいつのことが、好き、なのか。
ストンと心の中で腑に落ちる感覚がした。
改めてガレルの顔を見つめてみる。端正で野生味のある顔立ちが、自分の気持ちを自覚しただけでよりカッコよく見える。
蝋燭に照らされた笑顔が眩しい。なんだかとてつもなく今のシチュエーションに恥ずかしくなってきて、シーツをバサッと頭まで被る。
「ユール?」
「見るな!」
顔がカッカと熱い。きっと真っ赤になっているだろう。見られませんようにと願ったが、ガレルにはシーツを被るまでの一瞬の隙で見えてしまっていたようだ。
砂糖をぶっかけたような甘さの声が、ごく至近距離から耳元に吹きこまれる。
「どうしたユール、恥ずかしくなったか?」
「んなことわざわざ聞かなくてもわかるだろ!? もー、帰れよ!」
クックックと噛み殺しきれない笑いを漏らしたガレルは、最後にギュっと俺を抱きしめると、ベッドから離れた。
「フッ、では退散するとしよう。服の着付けに人を呼ぶか?」
「自分でするからいらない!」
「そうか。温かくして寝るんだぞ、夜は冷えるからな」
シーツ越しにチュ、とキスを落としてガレルは部屋から去っていった。
パタンとドアが閉まると同時に、ベッドにぼすんと体を投げだす。王子らしくなんて知るもんか。
「あーーー……ヤバかった」
ドキドキとうるさい鼓動を少しでも抑えたくて、自分の体を自分で抱きしめてみる。それだけじゃ足りなくて、背中を丸めて縮こまった。
なにがヤバいって、もう全てがヤバい。
さっきガレルへの気持ちを自覚した瞬間からドキドキが止まんねえし、話の内容にも混乱してるし、男にイカせられたことも衝撃だし。
「……もう今日は無理だ。頭パンクする。寝よ」
俺は脱がされた服をささっと身につけると、蝋燭を消してベッドを軽く整えてから寝た。
後のことは知らん、とにかく俺は寝る!! おやすみ!
*
そして朝が来た。あんまり眠れなかったが、とにかく外が明るくなったので体を起こす。
豪華な鏡で顔を見てみると、目蓋が厚っぽく腫れていた。目の下にはクマまである。
「昨日泣いたしな……」
ヤッベこれマシェリーになんか言われんじゃないのと覚悟したが、彼女はなかなかやってこない。珍しいな。
「まあ、こんな早朝に起きることって滅多にないしな」
うーんと伸びをした後、暇にあかせて昨日のことを考える。
「改めて考えると、男が好きなんて……昨日の俺はどうにかしちまってたぜ、うん」
匡だった時の初恋は幼稚園の先生だし、その後もクラスのかわいい女子に淡い気持ちを抱いていたし、初めてできた彼女だって……なんもできないうちに別れちゃったけど、かわいくて大好きだった。
今でもガレルの顔を思い出すと心臓がうるさいが、俺は女子が好きだ!
だからガレルが好きだなんてそんなことは気の迷いに違いない、違い……
思いこもう、忘れようと思う度、低く甘い声を、俺を高める指を、愛しさを雄弁にもの語る瞳を思いだして、思わず叫んでしまう。
「わあーー!!」
「ユール様!?」
「なんでもない! 夢でうなされただけだ!!」
おっと、大きな声を出すと扉の外の護衛に迷惑だな。やめよう。
安心させるために顔を出してへらりと笑いかけると、護衛は少し顔を赤くして敬礼を返してきた。
なんか赤くなる要素あったか? 寝癖ヤバかったとか?
もう一度鏡を確認すると、襟元で隠れるかどうかギリギリのところにキスマークがついているのを発見した。
「あーあああぁぁ……」
また大きな声を上げそうになってしゃがみ込んで口を抑える、危ねえ。
あいつ、いつの間に……人の許可なくマーキングしてんじゃねえよ!
ムクムクとガレルへの反抗心が湧きあがる。なんか好きだわ、とか昨日納得してしまったが、たぶんそれってユールの気持ちに引っ張られただけだって!
俺は、マジで、匡だから! 男が好きなんて、ないったらない!!
フォルテオあたりがその主張を聞いたなら、照れ隠しが捻くれてるね、なんて的確なコメントをくれただろうが、残念ながらこの場にはいなかった。
ユールは一睡もしていない頭で混乱したまま、恥ずかしさのあまり昨日自覚した気持ちを全力で誤魔化すことに注力を注いだ。
そしてその結果……
「フッフッフ……やってきたぜ、夜会会場に」
その夜、少し風に当たってくるからと嘘をついて部屋を抜けだして、王宮の一角で開催されている夜会に潜りこんでいた。
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