虎獣人から番になってと迫られて、怖がりの僕は今にも失神しそうです(した)

兎騎かなで

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虎が喋って動いてる

 ハッと目を開けると、静樹は寝台の中にいた。ろうそくの光が暗い部屋を照らしている。

(ろうそくって……電気は? そもそもここはどこだっけ)

 心臓をバクバクさせながら視線だけを周囲に巡らせていると、三角耳のシルエットが静樹のすぐ側まで迫ってきた。

「あ、起きた」
「ふおぁああわあぁー⁉︎」
「うわ、大声出さないでよ。耳が痛くなっちゃう」

 手の甲まで毛皮に包まれた指が、獣の耳を塞いでいた。

(う、やっぱり虎頭の人? が動いてる……着ぐるみじゃない)

 目を白黒させながら上半身を起こして後ずさると、彼は乗り出していた体を寝台の隣に置かれた椅子の上に戻す。

「よかった、元気そうだね。君は泉の畔に倒れていたんだよ」

 虎獣人は瞳孔の細い目を興味深げに丸く見開き、静樹に笑いかけた。獰猛な牙が眼前に晒されて気が遠くなる。

「お腹空いてない? お粥を用意してみたんだけど、食べられる?」

 恐ろしすぎて物を食べるどころじゃない。小刻みに首を横に振ると、虎男は残念そうに持っていた木の器を隣の机の上に戻した。

「じゃあ、ちょっとお話しようよ! 俺はタオ、白虎の獣人だよ。人間さんの名前も教えて?」

 名前を要求されているのはわかったけれど、ちょっと待ってほしい。あまりにも心臓の鼓動が速くて、呼吸も切迫しているし、上手く喋れる予感が微塵もない。

(だって、目の前に、虎が。檻越しじゃなくて、虎が……! いるっ!)

 立って話して料理を作る虎なんて、見たことも聞いたこともない。実は静樹はとっくに死んでいて、これは死ぬ間際に見ている悪い夢なのだろうか。

 いつまでも無言でいると、虎獣人は瞳を悲しそうに伏せた。虎顔なのにこんなにも感情が伝わってくるなんておかしい。ますます現実のことではないかのように思えてきた。

「ねえ、どうして何も言ってくれないの? ひょっとして、喉に怪我でもしてる? それで話せないのかな」

(リアルな夢だなあ、どうせなら、喋る動物のぬいぐるみだったらよかったのに。そしたら怖くなかったんだけどな)

 現実逃避に精を出していると、虎獣人がおもむろに手を伸ばして、静樹の首筋に触れてきた。

(待って。死ぬ)

 ぷにっと桃色の肉球らしき感触が当たって慄いた。人間の指より太くて、指の腹と手のひらにあたる部分がぷっくりと膨らんでいる。

 肉球で皮膚の様子を探られて息を飲んだ。猫科の動物だし、指先に圧力が加わったら鋭い爪が飛び出すかもしれない……!

 痛いのは嫌なので身体を動かさないようにしたかったが、どうしても震えてしまう。

「外側はなんともなさそうだけど……震えているね、ひょっとして寒い?」

 登校した時と同じ長袖の黒シャツと紺色のチノパンを着ていて、別に寒くはない。顔を横に振ると、ホッと一息吐かれた。

「だったらどうして……あ、もしかして緊張してる? 大丈夫、虎獣人は好戦的な人が多いけど、俺は戦うことがそんなに好きじゃないんだ。君を屈服させる気はないよ」

 凶暴すぎる見た目と違って声は穏やかだ。目の前の虎から発せられているのでなければ、聞き惚れるくらい響きのよい朗らかな男の声だった。

「こんなに可愛い人間さんを、襲ったりなんてしないからね! むしろ仲良くしたくてたまらないんだから」

 タオは身振り手振りを交えて力説する。大げさでコミカルな様子を眺めていると、やっと話をまともに聞く余裕が出てきた。

(僕を襲う気はないって……? もしかして助けてくれたのかな)
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