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水浴びが気持ちいい
流れる清流は冷たくて、歩いたせいで体温の上がった身体の火照りを抑えてくれた。
「気持ちいい」
「あわわわわ……おっ、俺! 後ろ向いてるから!」
タオは焦った声音で宣言して、静樹に背を向けた。なんだろうと疑問に思ったけれど、心地よい水の流れに意識が吸い寄せられていく。
学校のプールに入ったことはあるけれど、流れのある水の中に身体を浸すのは特別な感じがする。
勢いのある水流に足を捉われないように気をつけながら、頭まで水を被った。白すぎる細い体を見下ろして、もやしみたいだなと内心ため息をつく。
昔クラスメイトからも揶揄われたことがあったっけと考えた瞬間、急に誰かの前で裸でいるのが心細く思えてきた。
全身がさっぱりしたのでそろそろ川から上がろうとしたところで、そういえばタオルも何も持ってこなかったことに思い当たった。
タオの背中を盗み見るが、彼も布類は持っていなさそうだ。やたらと尻尾がくねくねしているけれど、何か嬉しいことでもあったのだろうか……
自覚はなかったけれど鼻が効くタオには静樹の体臭がキツくて、実は静樹が身体を洗ったことを喜んでいるのかもしれない。
(だとしたら、なるべく毎日水浴びした方がいいのかも)
少し考えてから、借りた服を使って身体を拭いた。褲だけを身につける。
「お待たせしました……」
「終わったのかな? って、上の服はどうしたの⁉︎」
「すみませんっ、身体を拭くのに使いました」
勝手にタオル代わりにして怒っただろうかと、肩を縮こませる。タオは自身の褶を脱いで静樹に羽織らせてくれた。
「どうぞ、これを着て」
「え、悪いです、そんな」
「いいから! ……見てられないんだ」
弱りきった声を聞いて、そんなに貧相だったかとショックを受けながらも服を着た。実際のところ、川から上がると肌寒くて風邪をひきそうだと思っていたから助かる。
上半身裸になったタオは、服に隠れている部分も毛皮に覆われていた。腹側はよりふわふわで細かな毛に覆われていて、雪のように真っ白だ。
「寒くは、ないんですか」
「ん? ああ、マナーとして着ろって怒られるから着ているだけで、今頃の時期は裸でいたって寒くないよ。まだ秋の初めだしね」
「そう、ですか」
彼との会話で、今は秋だと知った。杉の間にちらほら生えている落葉樹の木々の葉は青々としているから、秋になったばかりなのだろうか。
(怒られるって、誰にだろう)
喉まで出かかった疑問を、ごくりと飲み込んだ。今日は何をしていたの、なんで帰ってこなかったのと聞くと、迷惑そうに眉をひそめる両親の顔が頭に過ぎった。急いで首を横に振って思考を追い出す。
身の置き場なく広い襟ぐりを引っ張っていると、道具を抱えたタオが元来た道を先導しはじめた。
「そろそろ帰ろう」
なんとか川辺の側の急斜面を登り終えるまで、虎獣人は足を止めて待ってくれていた。
チャプチャプ揺れるバケツの音を聞きながら、無言でタオの後ろに続く。
日本での暮らしとは何もかも違うから、本当はタオから色々話を聞きたい。けれど勇気が出ない。
どうしようもなく臆病な自分に嫌気が差す。気分が落ち込んでいくのと同時にどんどん視線は下がり、静樹は足元を見ながらひたすら歩き続けた。
ジャリッと鳴った靴音から足を止めた気配を感じて顔を上げる。白い虎耳が警戒するように、小刻みに動いていた。
「近くまで来てる……ちょっと追い払ってくるね」
タオは静樹の目の前に魚の入ったバケツを置くと、俊敏な動きで茂みの中へと飛び込んだ。
(えっ、なに?)
森は危ないと言われたのに一人きりにされて、緊張で肩が強張った。タオの去っていった方向を見つめていると、突如獣の咆哮が静寂に満ちた森の空気を切り裂く。
びくりと身体が跳ね、後ずさった拍子に背中を木につけた。しばらくの間吠えあう声が聞こえていたが、やがて声が止むと白く大柄な虎のシルエットが森の中から戻ってくる。
身動きがとれないまま、全速力で走った時のような心臓の鼓動を感じていると、彼は厳しく引き締めていた顔をにへらと緩めた。
「お待たせ。もう大丈夫だよ、ここは俺の縄張りだって主張しておいたから」
「な、な……なに、に」
「奇怪獣がいたんだ。この時期はやつらも冬に備えて獲物を求めているからね、人里の近くまで降りてくることが多いんだ。だから絶対に一人では外に出ないでよ、わかった?」
静樹は何度も首を縦に振った。頼まれてもそんな危ないことはしない。
タオはゆるりと尻尾を振りながら、また歩きだす。その背中は先程よりも頼もしく見えた。
「気持ちいい」
「あわわわわ……おっ、俺! 後ろ向いてるから!」
タオは焦った声音で宣言して、静樹に背を向けた。なんだろうと疑問に思ったけれど、心地よい水の流れに意識が吸い寄せられていく。
学校のプールに入ったことはあるけれど、流れのある水の中に身体を浸すのは特別な感じがする。
勢いのある水流に足を捉われないように気をつけながら、頭まで水を被った。白すぎる細い体を見下ろして、もやしみたいだなと内心ため息をつく。
昔クラスメイトからも揶揄われたことがあったっけと考えた瞬間、急に誰かの前で裸でいるのが心細く思えてきた。
全身がさっぱりしたのでそろそろ川から上がろうとしたところで、そういえばタオルも何も持ってこなかったことに思い当たった。
タオの背中を盗み見るが、彼も布類は持っていなさそうだ。やたらと尻尾がくねくねしているけれど、何か嬉しいことでもあったのだろうか……
自覚はなかったけれど鼻が効くタオには静樹の体臭がキツくて、実は静樹が身体を洗ったことを喜んでいるのかもしれない。
(だとしたら、なるべく毎日水浴びした方がいいのかも)
少し考えてから、借りた服を使って身体を拭いた。褲だけを身につける。
「お待たせしました……」
「終わったのかな? って、上の服はどうしたの⁉︎」
「すみませんっ、身体を拭くのに使いました」
勝手にタオル代わりにして怒っただろうかと、肩を縮こませる。タオは自身の褶を脱いで静樹に羽織らせてくれた。
「どうぞ、これを着て」
「え、悪いです、そんな」
「いいから! ……見てられないんだ」
弱りきった声を聞いて、そんなに貧相だったかとショックを受けながらも服を着た。実際のところ、川から上がると肌寒くて風邪をひきそうだと思っていたから助かる。
上半身裸になったタオは、服に隠れている部分も毛皮に覆われていた。腹側はよりふわふわで細かな毛に覆われていて、雪のように真っ白だ。
「寒くは、ないんですか」
「ん? ああ、マナーとして着ろって怒られるから着ているだけで、今頃の時期は裸でいたって寒くないよ。まだ秋の初めだしね」
「そう、ですか」
彼との会話で、今は秋だと知った。杉の間にちらほら生えている落葉樹の木々の葉は青々としているから、秋になったばかりなのだろうか。
(怒られるって、誰にだろう)
喉まで出かかった疑問を、ごくりと飲み込んだ。今日は何をしていたの、なんで帰ってこなかったのと聞くと、迷惑そうに眉をひそめる両親の顔が頭に過ぎった。急いで首を横に振って思考を追い出す。
身の置き場なく広い襟ぐりを引っ張っていると、道具を抱えたタオが元来た道を先導しはじめた。
「そろそろ帰ろう」
なんとか川辺の側の急斜面を登り終えるまで、虎獣人は足を止めて待ってくれていた。
チャプチャプ揺れるバケツの音を聞きながら、無言でタオの後ろに続く。
日本での暮らしとは何もかも違うから、本当はタオから色々話を聞きたい。けれど勇気が出ない。
どうしようもなく臆病な自分に嫌気が差す。気分が落ち込んでいくのと同時にどんどん視線は下がり、静樹は足元を見ながらひたすら歩き続けた。
ジャリッと鳴った靴音から足を止めた気配を感じて顔を上げる。白い虎耳が警戒するように、小刻みに動いていた。
「近くまで来てる……ちょっと追い払ってくるね」
タオは静樹の目の前に魚の入ったバケツを置くと、俊敏な動きで茂みの中へと飛び込んだ。
(えっ、なに?)
森は危ないと言われたのに一人きりにされて、緊張で肩が強張った。タオの去っていった方向を見つめていると、突如獣の咆哮が静寂に満ちた森の空気を切り裂く。
びくりと身体が跳ね、後ずさった拍子に背中を木につけた。しばらくの間吠えあう声が聞こえていたが、やがて声が止むと白く大柄な虎のシルエットが森の中から戻ってくる。
身動きがとれないまま、全速力で走った時のような心臓の鼓動を感じていると、彼は厳しく引き締めていた顔をにへらと緩めた。
「お待たせ。もう大丈夫だよ、ここは俺の縄張りだって主張しておいたから」
「な、な……なに、に」
「奇怪獣がいたんだ。この時期はやつらも冬に備えて獲物を求めているからね、人里の近くまで降りてくることが多いんだ。だから絶対に一人では外に出ないでよ、わかった?」
静樹は何度も首を縦に振った。頼まれてもそんな危ないことはしない。
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