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トラウマを風に乗せる
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実をもぎりながら、頭の毛に自分から指を埋めてみた。ふわあっと温かで滑らかな感触が手のひら中に広がり、心の底まで温かくなる。
(そうか、タオは僕に話しかけられるのが嫌いじゃないんだ……僕の気持ちだって、正直に話したって迷惑じゃないんだ)
トクトクと高鳴る心臓の音は、怖さを感じている時とは違って全く不快じゃない。胸の奥からこんこんと湧き出る泉のような温かさは、静樹の指先まで満たした。
採った実を手に握りしめたまま、温かさを噛み締める。静樹は胸の奥にしまい込んで誰にも言えなかった言葉を、そっと風に乗せた。
「僕、小さい頃に猫に噛まれたことがあってね」
「えっ! どこを⁉︎」
「腕だよ、この辺り」
右腕の肘と肩の間を指し示すと、彼は急いでシズキを土の上に下ろす。
「痛くない? 大丈夫? この前抱きしめた時に思いきり当たってたよね⁉︎」
「痛くないよ、傷跡があるだけなんだ」
「そう……傷跡が残るくらい噛まれるなんて、痛かっただろうね」
労わるように、服越しに肉球でむぎゅむぎゅ押された後、ハッとしたように指先が離れていく。
「あ、ごめんね、つい触っちゃった」
「別にいいよ、少しくらいなら」
「そんな甘いこと言ったら、また遠慮なく触っちゃうよ? 俺は力が強いから、気をつけないと駄目なのに」
口ではそういいつつもやはり触りたかったらしく、くすぐったいくらい柔く服越しに腕を撫でられて、肩を竦めた。
「痛いのは嫌だな。噛まれた時もとても痛くて、恐ろしくて……それでいまだに、牙が苦手なんだ」
「そ、そうだったんだ⁉︎」
タオは勢いよく自分の口を両手で押さえた。二歩、三歩と離れながらショックを受けているタオを見て、静樹は苦笑しながら首を振る。
「いつもは怖いんだけど、さっきは恐ろしいと思わなくて……牙を見せてくれる?」
「駄目だよ、苦手なんでしょ?」
「お願い」
真剣な声音で言い募ると、タオは渋々といった様子で口元から手を離した。静樹はタオに近づいて、腕を伸ばす。
「口を開けてもらっていい?」
「なんで?」
「牙に触ってみたい」
「ええっ⁉︎ 怪我するよ?」
「しないように気をつけるから…‥駄目?」
首を傾げながら尋ねると、タオはうんうん唸った後そっと口を開けてくれた。
「その顔ズルいよ……」
「? 何か言った?」
「なんでもない」
鋭利な牙が口から露出して見える。つるりとした白い歯に、指先をぴとりと当てた。
「う、わ……ツルツルだ」
温い吐息が指先に当たるが、タオの息だと思うとちっとも嫌な気分ではなかった。不思議なことに、あれだけ恐れていた牙なのに怖くもない。
尖った先端部分も指先でなぞってみる。ただ触るだけでは切れたりしなかった。
水っぽい感触と牙の硬さを十分に堪能した後、静樹は思いきってタオの手をとった。
「爪も見ていい?」
「さっきからなに? わざと怖い思いをしたいのかな?」
「怖くないか確かめているんだ……タオに触ってみたいなって思ったから」
「え」
タオは耳も尻尾もピンと上に立てながら、指先にグッと力を込めて爪を出現させた。
「えいっ、これが爪だよ。危ないから先端には触らないでね」
爪は牙よりも尖っているように見えた。指の背まで覆われた毛皮の下と肉球の間にあたる部分から、三センチはありそうな鉤爪が飛び出している。
横から摘むようにして触れると、固い感触が指先に伝わってきた。
「うわー、危ないよ、怖いなあ……! こんなことなら爪を短くしておけばよかった、でもそれやるといざって時戦えないだろうがってユウロンに怒られるし……」
なぜか触られているタオの方がビクビクしている。確かに、触れたら即切れてしまいそうな鋭利さだ。尖った部分に触れないよう気をつけながら手を離す。
「もうしまっていいよ」
「ど、どうだった?」
「……意外と平気みたい」
あんなに怖がっていたのはなんだったのだろうというくらい、触ってみると恐ろしくもなんともなかった。
(そうか、タオは僕に話しかけられるのが嫌いじゃないんだ……僕の気持ちだって、正直に話したって迷惑じゃないんだ)
トクトクと高鳴る心臓の音は、怖さを感じている時とは違って全く不快じゃない。胸の奥からこんこんと湧き出る泉のような温かさは、静樹の指先まで満たした。
採った実を手に握りしめたまま、温かさを噛み締める。静樹は胸の奥にしまい込んで誰にも言えなかった言葉を、そっと風に乗せた。
「僕、小さい頃に猫に噛まれたことがあってね」
「えっ! どこを⁉︎」
「腕だよ、この辺り」
右腕の肘と肩の間を指し示すと、彼は急いでシズキを土の上に下ろす。
「痛くない? 大丈夫? この前抱きしめた時に思いきり当たってたよね⁉︎」
「痛くないよ、傷跡があるだけなんだ」
「そう……傷跡が残るくらい噛まれるなんて、痛かっただろうね」
労わるように、服越しに肉球でむぎゅむぎゅ押された後、ハッとしたように指先が離れていく。
「あ、ごめんね、つい触っちゃった」
「別にいいよ、少しくらいなら」
「そんな甘いこと言ったら、また遠慮なく触っちゃうよ? 俺は力が強いから、気をつけないと駄目なのに」
口ではそういいつつもやはり触りたかったらしく、くすぐったいくらい柔く服越しに腕を撫でられて、肩を竦めた。
「痛いのは嫌だな。噛まれた時もとても痛くて、恐ろしくて……それでいまだに、牙が苦手なんだ」
「そ、そうだったんだ⁉︎」
タオは勢いよく自分の口を両手で押さえた。二歩、三歩と離れながらショックを受けているタオを見て、静樹は苦笑しながら首を振る。
「いつもは怖いんだけど、さっきは恐ろしいと思わなくて……牙を見せてくれる?」
「駄目だよ、苦手なんでしょ?」
「お願い」
真剣な声音で言い募ると、タオは渋々といった様子で口元から手を離した。静樹はタオに近づいて、腕を伸ばす。
「口を開けてもらっていい?」
「なんで?」
「牙に触ってみたい」
「ええっ⁉︎ 怪我するよ?」
「しないように気をつけるから…‥駄目?」
首を傾げながら尋ねると、タオはうんうん唸った後そっと口を開けてくれた。
「その顔ズルいよ……」
「? 何か言った?」
「なんでもない」
鋭利な牙が口から露出して見える。つるりとした白い歯に、指先をぴとりと当てた。
「う、わ……ツルツルだ」
温い吐息が指先に当たるが、タオの息だと思うとちっとも嫌な気分ではなかった。不思議なことに、あれだけ恐れていた牙なのに怖くもない。
尖った先端部分も指先でなぞってみる。ただ触るだけでは切れたりしなかった。
水っぽい感触と牙の硬さを十分に堪能した後、静樹は思いきってタオの手をとった。
「爪も見ていい?」
「さっきからなに? わざと怖い思いをしたいのかな?」
「怖くないか確かめているんだ……タオに触ってみたいなって思ったから」
「え」
タオは耳も尻尾もピンと上に立てながら、指先にグッと力を込めて爪を出現させた。
「えいっ、これが爪だよ。危ないから先端には触らないでね」
爪は牙よりも尖っているように見えた。指の背まで覆われた毛皮の下と肉球の間にあたる部分から、三センチはありそうな鉤爪が飛び出している。
横から摘むようにして触れると、固い感触が指先に伝わってきた。
「うわー、危ないよ、怖いなあ……! こんなことなら爪を短くしておけばよかった、でもそれやるといざって時戦えないだろうがってユウロンに怒られるし……」
なぜか触られているタオの方がビクビクしている。確かに、触れたら即切れてしまいそうな鋭利さだ。尖った部分に触れないよう気をつけながら手を離す。
「もうしまっていいよ」
「ど、どうだった?」
「……意外と平気みたい」
あんなに怖がっていたのはなんだったのだろうというくらい、触ってみると恐ろしくもなんともなかった。
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