虎獣人から番になってと迫られて、怖がりの僕は今にも失神しそうです(した)

兎騎かなで

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冬支度をしよう

 恐怖が想像力によって実際以上に膨れ上がっていたのかもしれない。大好きな友達であるタオの体だと思えば、固い爪も牙も怖いどころか興味深かった。

「それならよかった、俺も体を張った甲斐があったよ」

 彼も静樹を怪我をさせないように緊張していたのか、体を解すように左右に首を回す。

「たくさん採ったし、そろそろ帰ろっか?」
「うん」

 静樹はカゴを持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらない。タオは軽々と抱えてくれた。

「ありがとう」
「いいよ、力仕事は俺に任せて」

 彼の逞しい二の腕を見上げて嬉しくなった。こんなにもかっこよくて頼りになる人が、自分のことを好きだと言ってくれているなんて。

 怖がりでどうしようもない自分の弱い部分も、なんでもないことのように接してくれるから、惨めに感じないでいられる。とてもありがたかった。

 採ってきたトオリの実を、昨日採ってきた実も合わせて玄関脇から台所に移す。これから実を干すために切っていくらしい。

「こういう風に、まずは皮を剥いてから薄く切っていくんだ。生でも食べられるから味見してみる?」

 頷くと手のひらの中に一切れの果肉を分けてくれる。食べてみると、シャキシャキした洋梨のような味がした。

「美味しい」

 果物を切るために前掛けを身につけたタオがにっこりと笑う。

「シズキの好きな味だった? いいね、いくつか生で置いておいて、残った分は干そうか。そろそろ冬ごもりの支度もしなきゃいけないし」
「冬……もしかして、冬眠する?」
「しないよ! 人間もしないんでしょ?」
「しない」
「だよね。雪の間は町に通うのが大変だしお店も開かなくなるから、俺も毎年食料を貯め込んで家でゆっくり過ごすんだ。今年はシズキがいるから楽しくなりそうだなあ」

 これから冬が来るのかと、静樹は想像上の雪国の冬に思いを馳せた。

 暖かい地方に住んでいたから、雪は年に一回見るか見ないかといった頻度でしか降らないものだった。冬支度なんて考えたこともない。

「冬ごもりの準備、僕も手伝いたい。何をすればいいの?」
「ふふっ、一緒にやろう! まずは果物を切ってしまおうか」
「……前から疑問だったんだけど、タオは肉も野菜も果物も、なんでも食べるんだね」
「どういう意味……ああー、昔々のご先祖様は肉食だったらしいよ。確か人間の世界にも、俺たち虎獣人のご先祖様に似ている動物がいるんでしょ? その動物は肉しか食べないってこと?」
「うん、そう」
「へえ、変なの。肉しか食べなかったらあっという間にお腹を壊しそうだ」

 静樹からすれば虎の見た目をしているくせに、野菜でもなんでも美味しく食べる方が変だと思ったけれど、同じ食べ物が楽しめるのはいいことだ。

 種の部分を切り取って薄くスライスしたトオリの実を、ザルの上に並べていく。日向に面した窓の下に置いて天日干しをした。

「よし、後は置いておくだけだね。そうだシズキ、よかったら母さんの日記見てみる? 俺もいくつか文字を知ってるから、ちょっとだけなら教えてあげられるよ」
「あ、えっと……じゃあ、お願いします」

 ボロボロの日記を部屋から持ち出してリビングの机の上に広げる。

(タオのお母さん、ごめんなさい)

 息子とその友達に日記を見られるなんて嫌だろうけど、文字は読めないから許してくださいと心の中で言い訳をした。

 炭と木の棒で作ったほとんど書けない鉛筆もどきと、ちり紙を用意してくれたのでありがたく借りる。

「えっとねえ、この字がタオって読むんだよ、確か」
「どれ?」
「ここまでが一つの字のはず? あれ待って、自信ない」

 漢字っぽい細かな線がたくさん走る字を、木の棒の先に炭をつけ足しながら見様見真似で書き写してみる。

「うわ、シズキ上手だね!」
「これであってる?」
「あってるよ! そうそう、俺の名前ってこんな字だった! 元々の字がこんなに歪んでるのに、よく書けてる」

 タオは家族の名前と簡単な単語はわかるらしい。

 まずはタオの名前を覚えようと、何度も書き写す。ちり紙が一面埋まるまで繰り返した。

 静樹が勉強に集中している間、タオは布と糸を持ち出してきて作業しはじめた。

「何か作るの?」
「椅子のクッションを作ろうかなと思って」

 木でできた椅子は長く座っているとお尻が痛くなりそうだったので、クッションがあると嬉しい。

(……もしかして僕のため? でも、違ったら恥ずかしいな)

 タオは肉球で盛り上がった指先で針を持ちながら、意外にも器用に布に針を差し込んでいく。

(裁縫、上手なんだ)

 魚取りは豪快だったし、トオリの実を取るのに苦戦していたから、手先は器用じゃないと思っていたのに。

 手元をじっと見つめていると、視線を感じたのかタオが顔を上げる。

「どうかした?」
「あ、なんでもない」

 首を振って書き物に集中した。

 部屋に戻った後も、習ったばかりの字を読んで頭に叩き込んでいく。

「タオ……タオ、タオ」

 炭で書いた濃淡のある字を読んでいると、自然と口角が上がってくる。難しい形だったが、タオの字は一日で覚えた。

 天気がよかったため、一日干す頃にはしっとりとしたドライフルーツが出来上がった。凝縮された濃い甘みはタオにも好評で、二人して舌鼓を打った。

 その日から、静樹はタオと力を合わせて冬ごもりの準備を行なった。二人で薪を町に売りにいく日もあるが、それ以外の日は冬支度に充てた。

 タオは隙間風が吹き込む場所を塞いだり、肥えた獣を狩って塩漬け肉を作ったり毛皮をなめしたりする傍ら、ひたすら薪を切って蓄えていく。

 静樹は肉や魚の下処理方法を覚えて塩漬けにするのを手伝ったり、木の実でジャムを作ったりと主に料理を担当した。

 夕方近くになりその日の仕事が終わったら、タオから字を習って過ごした。少しづつ読める字が増えている。

 できることがあるって嬉しい。完成したジャムの瓶を目の前に並べて喜ぶタオの顔を見ると、自分まで心が温かくなる。静樹は仕事を探していたことも忘れて、冬支度と字の練習に打ち込んだ。
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