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クロフォードとギルバート

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  アルテイシアが退室したのを見送り、クロフォードは何度目かになる間諜からの報告書に目を通した。
  アルテイシアには予測としてエリオットやシュタイナー家の今後の処遇を話したが、間諜の報告では彼らは枢機卿や公爵らによる裁判は行われるが判決は公開処刑で決定しているという。裁判を行うのは体裁を整えるに過ぎない。
  エリオットは既に廃嫡され王宮の塔に隔離されており、シュタイナー家の面々も拘束され牢に繋がれている。
  シュタイナー公爵家は断絶。領地は現在宰相の嫡男が緊急で統治しているとのことだ。
  疫病はシュタイナー領だけでなく各地に広がり、オリタリア全土に広がっている。それだけではなく、他国へと徐々に広がりを見せており、周辺国は自衛すると共にオリタリアへ抗議や批難の声を上げているという。
  エリオットらの処刑は、周辺国の批難を沈める為にも必要だった。
  公爵家の断絶はオリタリア王室に計り知れないダメージを負わせることだろう。貴族の家が断絶されることは家の格式が上がれば上がるほど国への影響が大きい。
  今回はよりにもよって王家に連なる公爵家である。
  時代によっては王室であった家が失われる事実はそのままギルバートの王としての資質を表すことになる。彼は、周辺国は勿論、オリタリアの民にも暗君と評されることになる。
  ギルバートは本来であれば名君と呼ばれるべき人物である。
  それが息子を諌める機会を見誤ったことでこんな事態になってしまった。
  第1王子の廃嫡、公爵家の断絶、当事者やそれに連なる者たちの断罪、それに加えシュタイナー領の独自産業関係者への風評被害や差別、王室の求心力の低下。
  ギルバートの前には苦難が山積している。
  特に、風評被害と差別はギルバートの手に負えない事態にまで深刻化していた。
  独自産業に関わった職人や商人本人を始め、その家族や友人に至るまで被害は広がり一家心中をした事例も報告されている。仕事を変えても足元を見られ賃金もピンハネされる事例も後をたたない。
  ギルバートも策を講じなかったわけではない。
  だが、反シュタイナー派の貴族が声高に叫んだことにより救済処置を諦めざるを得なかった。
  クロフォードに窮状を訴えたのは屈辱的であっただろう。
  他国へ移民の受け入れを要請したことは見ようによってはシュタイナー領の職人や商人たちを見捨てたように受け取れるからだ。
  近隣の国に救援を求められなかったのは職人たちが移住したとしても差別の被害はなくならないと懸念した結果だ。
  エンシャント程遠い国ならば疫病は起きておらずオリタリアの現状を知る民はいない。
  別経路で届けられたギルバートの書簡には「必要経費は当然当方が負担する」と記されており、謝礼としてオリタリアの至宝とされる魔導書と刀剣、金品の贈呈も記載されていた。金品の贈呈は兎も角、魔導書と刀剣の贈呈にはクロフォードも唸るしかなかった。
  どちらも門外不出と呼ばれた国宝である。
  特に魔導書は『大いなる知識の根源』と呼ばれる曰く付きの品で、モストゥルムが所在を気にしていた物でもあった。
  これを賜われるのは有り難い限りだが、手放したと知られればギルバートの立場は更に悪くなることも理解出来た。
  もしかしたら反シュタイナー派に対する意趣返しかと邪推したが、真実は本人のみぞ知るだった。
  なにはともあれ、ギルバート自らエンシャントに好条件で提案してきたのを鑑みれば、ことの深刻さを推し量ることが出来た。
  クロフォードとしても早急に書簡をしたためギルバートを安心させたいところであった。
  アルテイシアの心情も聞けた。
  彼女がどう出るかで事態が変化することはないが、決定後のフォローの為には今聞いておく必要があった。

「ドノーバン、至急これを宰相に届けてくれ」
「はい、畏まりました」

  奥に控えていたドノーバンに蝋で封をされた手紙を渡し、クロフォードは窓の外を眺める。
  オリタリアの未来はそう長くは続かないかも知れぬと思いながら、クロフォードは次の書類に目を向けた。
  
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