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ささやかなお茶会

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「あっはっはっは!」
「笑い事ではありません、陛下」 

  とある日の午後、国王一家は専用の談話室で家族水入らずのお茶会を開いていた。
  テーブルの上にはこの日の為に作られた菓子職人自慢の美しいお菓子たちが品良く並んでいる。
  腹を抱えて笑っているのはクロフォード、今にも泣き出しそうに嘆くのはシルヴィオである。
  王妃とカイルはお菓子に夢中でシルヴィオの嘆きは耳に入っていなかった。

「まあ、うん、そうだね。お前は昔から料理よりお菓子を食べる奴だったよ。
  しかし、うふふふふ。アルテイシアも流してあげればいいのに作れと言うなんて、なかなかいい性格をしている」
「お褒めにあずかり光栄です」

  うやうやしく礼をして、アルテイシアは紅茶が入ったカップをクロフォードの前に置く。

「ちょうどエンシャントではかぼちゃの季節だ。
  キリング領から沢山かぼちゃが届いているから、遠慮なく腕をふるうといい。
  カイルにもそろそろ包丁の扱い方を覚えさせなければならないし、料理教室を開く時に作ればいい」
「それには同意しますが、料理関係は料理長の領分ではありませんか。私には荷が重過ぎます」

  エンシャントには王族は15歳になったら従者も連れず独りで5年間己の技能のみで金銭を得て生活していく習わしがある。
  なんとも常識外れな慣習だが、一人前の大人もとい王族になる為には市井の暮らしを肌身で体感せねばならぬ、でなければ民を導けないとエンシャントを建国した始祖王が宣ったそうである。
  この習慣は帝国時代には廃れていたが、属国を失った際に自戒の意味を込めて復活したという。
  なるほど、きっかけがそれなら独り旅の習わしも理解が出来なくはない。
  カイルに一般教養が必要なのは旅をした際に必要以上に困らない為でもあったのだ。

「勿論、調理器具の扱い方は料理長が教えるよ。
  でも、シルヴィオ。野戦料理に関してはお前の領分だ。カイルにお前が調理が出来る人間だと知らしめておかねば、いざ本番となったときカイルが無用に驚いて野宿の仕方を覚えられないかもしれないじゃないか。
  今のうちに見せておきなさい」
「それを屁理屈というのです」
「酷いなあ。純粋なお願いなのに」
「…………………」

  私的な時間であるのもあって、クロフォードは随分と気さくにシルヴィオと話していた。
  思えばふたりは同じ師を持つ間柄である。気安い関係なのも頷けた。

「しかし、シルヴィオだけ何かを作るというのも不公平だね。アルテイシアは料理をしたことがあるかい?」
「いえ、お恥ずかしながらエンシャントに来るまでは全く行なっておりませんでした。
  先日、シルヴィオ様にお渡ししたクッキーはラトーヤさんからレシピをいただき、練習で作った物でございます」
「ラトーヤのクッキー? ぼく、ラトーヤのクッキーも大好きだよ!」

  チョコレートのケーキを頬張っていたカイルがぴこんと顔を上げて元気よく宣言する。
  ラトーヤは「ありがとうございます」と会釈した。

「私もラトーヤのクッキーは好きだよ。外交で遠出した時にしか食べられないのが難点だね」
「そうね。私もそれには同意するわ」
と、王妃も頷く。
  外遊の際に連れて行ける臣下は少ない。
  使用人たちもその辺りは心得ているので専門分野以外にも出来ることは多いに越したことはない。
  そういった点で考えると、アルテイシアはまだまだ発展途上だった。

「でも、そうか。アルテイシアはクッキーの練習中か。
  それなら、アルテイシアもシルヴィオがパイを焼く日にクッキーを作りなさい。
  それで互いの作ったものを交換するといい」

  それでおあいこだとクロフォードは事も無げに言う。
  私たちの分も用意しておくれよ、と付け加えるのを忘れずに。
  慌てたのはアルテイシアだ。
  アルテイシアの知っているレシピはラトーヤから教えてもらったハーブクッキーだけだった。

「お、お待ち下さい、陛下。
  私の知っているレシピはハーブクッキーのみです。お菓子作りを披露するなら私ではなくラトーヤさんの方が………」
「おや、自分は対価を払わずに楽しむだけかい?
  それは少し卑怯ではないかな?」
「そ、そのようなことは微塵も思っておりません!」
「ぼくも、アルテイシアのクッキー、食べてみたいな!」
「殿下まで……!」

  無邪気にせがむカイルに、アルテイシアは困ったように声を上げると肩に何かが乗る感触があった。
  振り返ると、シルヴィオがなんとも嬉しそうな表情で口角をあげていた。

「逃げることは許されませんよ、アルテイシア嬢」

  こうなればお前も道連れだ(意訳)
  爛々と輝く瞳は雄弁にそう物語っていた。酷い騎士である。
  それを見て、クロフォードは更に声を上げて笑った。

「シルヴィオ、それでは騎士というより妹を叱る直前の兄だよ」
「誰がそうさせているのですか」
「私だったね」

  咳き込みながらも悪びれることなく言うクロフォードに、シルヴィオは憤懣やる方ないと言わんばかりに溜息を吐いた。
  それを見て、ならばとクロフォードは指を立ててひとつの提案を示した。

「気恥ずかしいなら、いっそのこと城内、城下を巻き込んでしまおう。
  ふれを出して、食べ物祭りをする。
  身分問わず自慢の腕をふるってお菓子や料理を作ってもらい、販売したりコンクールで競ったりするんだ。
  これならどうだい? 大勢の中の一部になればふたりも恥ずかしくはないだろう?」
「ことを大きくし過ぎです! 宰相閣下がお許しになるとお思いですか?!」

  至極最もな意見を言うシルヴィオに、クロフォードは指を振ってにんまりと笑った。

「それがそうとも言えないのだなあ。
  宰相も城下を経済を活性化させたいそうでね。多分、乗り気になってくれると思うよ」

  残念だったね! と朗らかに言って、クロフォードは紅茶を飲み始める。
  アルテイシアとシルヴィオはなんとも形容し難い表情でクロフォードを見つめるしか出来なかった。

  正式に祭りが開催されると決定したのはこの2日後のことである。
  王様、張り切りすぎいい!!(意訳)と両者が思ったのは言うまでもない。
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