失いし記憶と感情を探して

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感情の在処

第肆話

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「いたぞ! こっちだ!」

 誰かがそう叫ぶと10人程の拳銃を持った男たちが走り出す。
 そして目標を見つけると、その手に持った拳銃を一斉に発砲した。

「ふぇぇぇ!」

 男たちが放った銃弾の直線上には1人の少女がいる。
 彼女こそ、この男たちの今回の捕獲対称だ。

 音速を超える銃弾が少女に襲いかかる。

「ふわっ!」

 少女が奇妙な声を上げて転ぶ。そして銃声が遅れて鳴り響く。
 そこで男たちは気付く。少女は倒れたが、彼女からは血が一滴も流れておらず、また、彼女より奥にあるコンクリートの壁の一部が崩れている事に。

 そしてその事に気付いた直後、少女が起き上がった。
 10を超える銃弾の全てを避けたのだ。転んでしまったのは走りながら銃弾を避けようとした為にバランスを崩したのだ
 そして男たちに向けてこう言った。

「危ないじゃ無いですか!」

 この少女が日本政府に狙われているのは、彼女が『漆黒の堕天使達ブラック・エンジェルス』 No.6。通称、6番と呼ばれる者だからである。



 ★★★



「あれぇ? おかしいなぁ?
 こっちの方だと思ったんだけどなぁ」

 この青年――2番は『レイ』こと0番と『シ』こと4番の居場所に向かって歩いていた…………はずだったのだが、何故か今、神奈川県の南部にある灯台の下にいた。
 零と肆が向かったのは埼玉県中央部であり、弐は東京から移動したので、丁度真逆に移動したことになる。

 どうしてここまで見事に道を間違えられるのか。残念ながら、弐は異常なレベルの方向音痴なのだ。



 ★★★



「さて、これからどうしようかね」

 肆の目的を零に話し、零からの協力を得ることができたは良いが、計画も無しにその可能性には賭けられない。
 確かに零の力は強大であり、大抵の事なら跳ね返すだけの力はある。だがその反面、零は交渉事が苦手である。
 今でこそ『漆黒の堕天使達』だ『最強』だ等と言われているが元はただの高校生。やったこともない事はできる筈も無いのだ(そもそも零の場合は交渉と言う名の脅迫になるのだが)。

「人手が必要だろう。2人では大したことはできない」

「でも、俺らに協力しようなんて物好き、いるのかねぇ」

 協力者は必要。だが果たして協力してくれる者等いるのか。その疑問はすぐに晴れる。

「一般人はまず不可能だろう。軍も使えない。すると残るは1つしか無いだろう」

 一般人ではそもそも計画が計画な為、信用が置けないと言う点で脚下。
 軍は行けば捕まるのは目に見えるので脚下。

 ならば誰が頼れるか。肆はようやく気がついた。

「……あいつらか……」

 その言葉に零は頷いた。

「今この国で俺達と情報を共有しても問題ないのは、白楼を除けばこいつらしかいないからな」

「でも、あいつらの居場所なんてわかるのかよ」

「それに関しては問題ない。それに、お前は俺に断られていたらあいつらに協力を求めに行ったんだろ」

「まぁ、な。
 武力にしろ情報力にしろあいつら以上の適任はいないと俺は思ってる」

「そうだね」

 先程から2人が言っている『あいつら』。それは、今この日本において零と肆の事情を身をもって知っている者だ。

 すなわち――――

「『漆黒の堕天使達』No.2。同じくNo.6。
 僕が政府から逃がした3人の内の残り、か」

 肆はそう呟いて天井を仰いだ。

「日が昇ったら、捜しに行くぞ」

 それだけ言うと零は部屋から出ていった。

 それを見送った肆は天井を見上げ、溜め息を吐いた。

「自分で頼んだんだ。ここまで来たら、やるしかねぇな」

 1人そう呟いて、襲い来る心地よい睡魔に身を任せた。



 ★★★



 翌日、まだ日の昇っていない早朝。
 自室で目を覚ました肆は直ぐに着替えると部屋を出た。
 リビングに行くと既に莉亜は起きており朝食を食べていた。

「おはよ」

「あぁ、おはよう」

 それだけ言って席に着き、用意されている朝食を食べる。
 この日の朝食は白米に味噌汁、焼き魚に漬物と典型的な和食だ。
 余談だが、この朝食は全て莉亜の手作りだ。本人には言えないが、見た目に反して家事スキルがとんでもなく高い。が、本人の引きこもり体質と莉亜の周囲の人間のほとんどが過保護気味だった事もあり肆を拾うまで発揮されることが無かったのである。

 それはともかくとして。

「そういや零はどこに行ったか知ってるか?」

 と、起きてから姿が見えない零の行方を聞いてみる。

「あぁ、零なら昨日の夜から戻ってきて無いぞ。多分外にいるんだろう」

「そうか。じゃ、探しに行ってくる」

「おう、行ってこい」

 そう言って席を立つと、外に繋がる扉へ走り出した。



 ★★★



 時間は少し戻って、肆がまだ起きる前になる。
 地下室から出てすぐ前にあるビルの上で零はまだ薄暗い街並みを眺めていた。
 しかし、ただ眺めているのでは無い。零は今、零にいくつか備わっている『モード』――昨日使ったのは戦闘特化の『モード』である。――の内、[探知]と零が呼んでいる『モード』に切り換えていた。
 この[探知]はその名の通り、生物の気配を察知することに特化した『モード』である。既に超強化された零の五感の全ての性能を一時的に引き上げるのである。その察知範囲は数キロにも及んでいる。
 尤も、この状態では戦闘はおろか、まともに動く事すらできないのであるが。
 つまり、今零が明け方の街並みを眺めているのは、2人を探す為だ。

 [探知]に切り換えて1時間ほど経過した頃、肆がビルの上にやって来た。
 しかし、肆は何をする訳でもなく、ただ零の隣に座っているだけだ。
 肆は零がやってできない事が自分にできる筈も無いと思っているので、何もしないではなく、できることが無い状態なのだ。

 そうして更に2時間が経過した頃、零が立ち上がった。

「行くぞ」

「あ? 見つかったか?」

「あぁ、陸だ」

 それだけ言うと零はビルの上を駆けていった。その後を追うように肆もまた、駆け出していった。



 ★★★



 埼玉県の南部、大戦前はさいたま市だった場所のとある路地に陸は座り込んでいた。
 政府の追っ手に追われ続けて逃げてきて気づけばもう5年になる。
 陸は零達と違い強化手術では身体能力の強化を『漆黒の堕天使達』の中で唯一、受けていないのだ。その為、既に体力など尽きており、今日この日まで逃げてこれたのは代わりに強化された力のお陰だった。

 陸が強化されたのは主に頭脳。思考速度を加速させ、更に機械的な補助で複数の物事同時に考える事ができるようになると言うものだった。
 その加速された思考ではスナイパーライフルから放たれる銃弾でさえ止まって見え、同時にその銃弾の進路を予測することすらもできている。なので、追っ手達の持つ拳銃から放たれる弾など完全に見切っているのである。が、身体能力は一般人レベルなのでいつも回避は文字通り紙一重になってしまうのだが。

 建物の陰に座り込んで休むこと数分、左の方の路地から微かな物音が聞こえてくる。
 聞こえた音を体内の機械で増幅して再生。予想通り、追っ手達の足音と話し声だった。

 逃げなくては、と思い立ち上がって右の路地に向けて走り出す。
 数分程度の休息では体力は大して回復しておらず、ふらふらになりながら走る。
 後ろから「いたぞ!」と叫ぶ声が聞こえる。次いで何人かが走ってくる足音が。そして拳銃の撃鉄が起こされる音がする。
 その時には既に、陸の足は止まっていた。
 少し振り返ると合計10もの銃口が見え、銃弾の予測軌道まで見えている。その内7つが脇腹に、2つは腕に、もう1つは脚に向けて放たれるようだ。

「もう、いっかな……」

 そう呟いた直後に一斉に引き金が引かれた。
 陸の予測した軌道をそのままなぞるように飛んでくる銃弾。
 それをただ眺めていた陸は突然視界が切り替わり驚く。
 気づけばビルの屋上にいた。

「え、あれ?」

 キョロキョロと周囲を見渡していると、誰かが屋上に跳び上がって来た。

「お前にはまだ捕まって貰っては困るな」

 屋上まで跳び上がって来た人物は両手足を赤く染めていた。
 しかし、陸にはその声に、顔に覚えがあった。
 『漆黒の堕天使達』最強と呼ばれる者。

「零……さん?」

 『漆黒の堕天使達』No.0。零だった。
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