失いし記憶と感情を探して

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感情の在処

第参話

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 0番が大量の機械兵との戦闘を行った日の夜。とあるビルの上で1人の青年が夜空を見上げていた。

「レイとシが動き始めたかぁ。じゃぁ、オレもそろそろ動かなきゃかなぁ。
 そう言えば、クガっちはどうしてんのかなぁ。あの子は1人じゃ戦えないから少し心配だなぁ。
 まぁ、とりあえず、レイとシに会いに行けばいっかなぁ。でも多分リーも一緒にいるんだよなぁ。
 うーん、まぁ行ってから考えよう」

 ボソボソと独り言を呟いていた彼はおもむろに 立ち上がり、

「いっくよー」

 ビルから飛び降りた。
 そのまま夜の闇に溶け込み、姿を眩ませた。



 彼は、『漆黒の堕天使達ブラック・エンジェルス』No.2。通称、2番と呼ばれる者である。



 ★★★



 大量の『失敗作』を零が瞬く間に葬り去った翌日。零、4番、莉亜の3人は、その後片付けに追われることになった。
 と言っても相手は生体器官など残されていない完全なロボットと成り果てているので、零は力尽くで分解、莉亜は普通に分解。肆はそれを運ぶといった形だ。

「やれやれ、ほとんどの個体が原型を留めていないじゃないか。相当硬い素材がこいつらの服にも編み込まれていたというのに、一体どんな力で叩いたらこんな風に壊れるんだ。
 これじゃ再利用もできやしない」

 もはや鉄屑スクラップ と化した『失敗作』を更に細かい部品へと分解しながら呟いたのは莉亜である。

「まぁ、零だしなぁ」

 莉亜が分解した部品を運び続けている肆。声音こそのんびりしているが、本人は結構な速度で動いている。

「……」

 無言で手についたものを引っ張り上げ、強引に分解していく零。

「いや、何か言おうぜ。怖いから」

 その言葉に反応して口を開いたらのは零ではなく莉亜だ。

「ん? お前は『恐怖』と『罪悪感』、それと『悲しみ』は感じないんじゃ無かったか?」

「ん、俺以外の奴等も感情の欠落は発生していたのか」

 莉亜の言葉に無言で舌打ちを返す肆。そこへ更に質問を重ねたのは零だ。

「一応、僕ら10人にも感情の欠落は生じているな。まー、お前みたいな全損じゃなくていくつかなんだがな。
 で、僕の場合は『恐怖』、『罪悪感』、『悲しみ』の3つを失ってる事がわかったってこと。
 尤も、僕もお前と同じで『悲しみ』を失っちまったから何も思わなかったがな」

「なるほどな」

 肆からの答えを聞き終えた零は、残骸を圧縮していく作業を再開した。



 ★★★



 片付けが終わったのは時計の針が一直線になった頃だ。
 現在時刻は6時。だが、日はまだ西に傾いてはいない。東の低めの位置にある。
 なぜなら、零がこの研究所に来たのは日付が変わった直後のことであり、それから機械兵が現れたのが3時。それから3時間で片付けを終わらせたので今はまだ朝の6時なのだ。

「ふぁ……あぁ、あぁ…。
 私は先に寝かせて貰うぞ。流石に眠い」

 と言って莉亜は作業が終わるなり寝てしまった。

 零と肆はと言えば、現状についての認識の確認をしていた。

「なるほどなー。やっぱりお前も自分に関しては思い出せねぇか」

「自分の名前。家族の名前。その他にも自分に繋がる可能性のありそうなものは全く思い出せないな。これは意図して消されている可能性が高い」

「それと、失った感情に関してだが、こっちも戻る気配は無しか」

「この1年間、一切の人と関わらなかった俺はともかく、逃走直後から白楼と一緒にいたお前も戻らなかったとなるとな。
 俺としては別に取り戻したいと思えないのだが、お前はどうだ」

「そうだなー。やっぱり取り戻せるなら取り戻したいな。
 『恐怖』『罪悪感』『悲しみ』。どれも無くても問題は無さそうだが、そこだけ穴が空いてるみたいで変な感じだ」

「そうか」

 お互いが沈黙する。

「なぁ……」

 先に口を開いたのは肆だった。

「……他の奴等はどうしてるんだろうな」

「さぁな。だが、弐の方は大丈夫だろう」

「だよな~。心配なのは陸の方だよ。あいつは『漆黒の堕天使達僕達』 の中で唯一 からねぇ」

「捕まっていなければその内また会うだろう」

「まあ、あいつもそうそう捕まったりはしねぇだろ」

 そう言って肆は笑う。

 笑いながら肆は迷っていた。あの話題を零に振るべきかを。
 先ほどから悩み続けていて、言い出せずにいるのだ。
 会話を引き伸ばして零を引き留め、悩む時間を増やしてはいるのだが、結論は出ない。

 と、そこへ、

「なぁ、零君。君は、感情や記憶をどうにかしようとは思わないのかい?」

 驚いて肆が振り返れば、莉亜の部屋に繋がる扉に白衣姿の莉亜が背を預けて立っていた。
 寝ていなかったのかと思いながらも肆はどうするべきか思考を続ける。

「いや、無いな。そもそもどうすれば良いのか、俺には見当もついていない」

「ふむ……。なら、その手掛かりがある、と言ったら?」

「それでも、特に必要性を感じない」

「やれやれ、なら、肆のを手伝ってやれ。そのついでで自分のを取り戻せばいい」

「は…………?
 ……いやいや、何言ってんのさ莉亜。僕は別に記憶と感情なんて諦めたからもういいんだよ」

 実を言えば、肆が言おうとしていた内容はこれだ。
 零は必要性を認めなければ自分からは動かないから零に便乗することはできない。だから自分の記憶と感情を取り戻すのを手伝って貰おうとしたのだが、利用するようなことはどうなのかと思い、悩んでいたのだ。

「ほう、諦めた、ねぇ。
 この5年間。暇を見ては記憶と感情を取り戻す方法を探していたお前が、ねぇ」

「……バレてたか」

 莉亜の言葉にばつが悪そうに肆は答える。

「それで、君は何で態々危険を冒してまで軍の情報を探っていたんだ?
 君たちの情報は軍としても国としてもトップシークレットの筈だ」

「あぁ、いや、その……」

 口ごもる肆に莉亜が返す。

「まぁ、私は知っているのだがな」

「は?」

 肆も流石に知られているとは思っていなかったのだろう。間抜けな声を上げる。
 そんな肆に呆れたように莉亜は

「やれやれ。私はが知らないわけが無いだろう」

 と答え、そして零に向き直りこう言った。

「零君。肆の代わりに私が言おうか。
 詳細は省くが、彼は彼のある大切な人を探しているらしいんだ。だが、手掛かりが少なくてな。最近やっと記憶と感情を取り戻せる可能性のある方法はどうにか見つけたが、彼1人では力不足もいいとこだ。そこで、君の力を貸して欲しいんだが……貸しては貰えないだろうか」

 思わぬ莉亜からの助け船。これに乗るしかないとばかりに頭を下げる。

「スマン、零。俺の個人的な気持ちだが、付き合ってくれないか」

 対する零の答えは、

「いいぞ」

 一言。だが、拒否ではなかった。

「俺は今はそういった気持ちを抱きはしない。だが、以前――失う前の記憶から理解することは出来る。大切な人に会いたい。その気持ちの理解は可能だ。
 それに、どうせやることだって無いんだ。暇潰し程度にはなるだろう」

 その言葉に莉亜は「暇潰し程度で済むような内容じゃ無い筈なんだがな」と笑い、肆は「1年前と大部変わったな」と驚くのだった。

 こうして零は、肆の目的を果たす手伝いをすることになるのだった。



 そしてそれが、大きく歪んだ零の運命を更に歪ませることとなるとは、誰も、知るはずも無かった。
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