ふたつの嘘

noriko

文字の大きさ
27 / 65
ひとりの時間

ひとりの時間 3

しおりを挟む
チャイムの音で、現実に引き戻された。
はじめは何が起こったか理解できなかったけれど、僕は22歳の成人男性で、今は昼間で、うっかり寝てしまったことを思い出した。
「……変な夢だった」
ぼーっとしていると、目の前に人影が現れる。
「民人、具合でも悪いのか?」
それは見慣れた警察官で、先程の音は、インターホンの音であると気づく。
「東さん……いえ、ちょっと寝てました」
東さんは、珍しく動揺した表情で、僕に投げかける。
「泣いてんの?」
そう指摘されて、はじめて涙が一筋伝っているのに気づいた。
それを拭いながら、夢を思い出す。
ありもしない過去への憧憬か、気づいたら泣いていたらしい。
「なんでしょう……なんか、変な夢見てたから」
東さんはそうか、と返事して、汗を拭う。
「鍵はかけとけよ。おまわりさんからの忠告だ」
「すみません、うっかり」
それ以上突っ込んだり、からかったりしないところに、彼の根の優しさが伺える。
僕はなんとか起き上がって、時計を探す。
東さんが来ているということは、きっと昼を回っているだろう。
恥ずかしいところを見られてしまった。
「今は14時」
先回りして、東さんが時刻を教えてくれる。
「ああ……結構寝ちゃったな」
「大助クンに寝かせてもらえなかったのか?」
彼はいつもの意地悪そうな笑顔を僕に向ける。
「ちょ、ちょっとは寝ました……」
いつもなら否定するけど、今日は、完全な否定はできなかった。
「へえ、変わらずお盛んで何よりだ」
微笑ましいと言わんばかりに、勝手に出した麦茶を飲む。
「あ、ていうか東さん。そういうわけで今日は昼食の準備がなくてですね……」
断りもなくテーブルに腰掛ける東さんにそう言うと、ああ、と机の上に置かれた袋を指差す。
「気にすんなよ。これ、千菜から。お前も腹減ってるだろ」
「え、千菜さんが?」
東さんが取り出したのは、2つの手乗りの紙箱。
箱のデザインから、近所のパン屋のサンドイッチであることがわかった。
「日頃の杏奈ちゃんの授業へのお礼だと」
「ええ……なんか申し訳ないな。お給料ももらってるのに」
でも内心、千菜さんは僕に対して良い感情はないかもしれないと心配していたから、ホッとした。
今度僕も、なにかお菓子を持っていこうかな。
「それだけ気に入ってもらってんだよ。ちょうど良かった。大助クンが今日から不在って聞いたから、もしかして昼まで寝てんじゃねーかな、と思ってたら」
つまり、今日は昼食がないことを見越して、持ってきてくれたということらしい。
若干人聞き悪いなあとも思えるが、単純に助かった。
「はは、僕ってわかりやすい人間ですね……」
「ま、良いんじゃねえの」
東さんは二人分の紙箱を机に並べ、片方を開ける。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ソファから起き上がり、テーブルに着こうとすると、東さんが気まずそうに目をそらす。
「……民人、その服で外出歩いてないよな?」
自分の服装を改めて見返すと、半袖に短パンの、完全な寝間着だった。
「え? ゴミ出しは行きましたけど……あ、すみません。お客さん相手にこんなよれよれの服じゃ失礼でしたね」
「そういうことじゃねえけど……その、大助クンって随分激しいんだな。俺でもそんなしねえわ」
鏡見てこいよ、と言いながら、遠慮がちに、自らの首元を指差す。
そう言われて、わけもわからず、玄関に備え付けられた鏡を見に行く。
「あっ……」
東さんが示した首元を中心に、全身に散らばる紅い跡。
昨晩、大助に愛された痕が、鮮明に残っていた。
確かに、これで出歩くのは少々……というか、あまりにはしたない。
「す、すぐ着替えます!」
こんな姿を、公衆の面前に晒していたとは。
全部隠すのは無理とはいえ、襟の詰まったシャツと、くるぶし丈のパンツに着替える。
リビングに戻ると、赤面する僕に笑いながら声をかける。
「別に俺には見せつけてくれても良かったんだぜ」
「そんなの絶対無理ですよ! ああ、恥ずかしい、忘れてください」
恥ずかしさで完全に目が覚めた僕は、東さんの顔を見られないまま、アイスコーヒーを準備する。
コップを2つ取り出して、冷蔵庫からボトルを取り出す。
「事後だって見てんだし、今更減るもんねーって」
「い、言わないでくださいよ……。戻ってきたら大助にやめてもらうよう言います。というか、今日の電話で」
「いや、わかっててやってるでしょ、あいつは」
口笛を吹きながら、ニヤリと笑う。
コーヒーを注いだグラスをカウンターに乗せると、東さんが受け取ってくれた。
ようやく席についてコーヒーを飲むと、乾いた身体に染み渡る。
「そうだ、大助と……昨日、ありがとうございました」
落ち着いてから紙箱を開けると、薄切りの丸いパンに、レタスとハムが挟まったシンプルなサンドイッチが押し込められていた。
パンの焼けた香ばしい匂いが、鼻を刺激する。
「ああ、俺こそ彼氏とデートしちゃって悪いな」
「そんな雰囲気じゃなかったみたいですけど……」
僕の言葉を聞いて、東さんは少し、バツの悪そうな顔をする。
「話の中身、聞かねえの?」
大助と同じような物言いに、この二人はとても、似た者同士なのではないかと思い、少しおかしくなる。
……口には出さないけれど。
「言わない約束だって聞いたので」
「律儀だねえ」
サンドイッチを一口ついばむと、パリ、という心地よい食感が口の中を支配する。
パンは焼き立てを使っているのか、もっちりとしていてとても美味しい。
「僕の話だったけど、詳細は言えないって。……でも、今日大助が西部に行ったのは、昨日の話があってのことだとは」
「なるほどね」
それだけ聞いてれば十分か、と言ってからは、黙って残りのサンドを平らげる。
コーヒーをすべて飲み干し、席を立った。
「ごちそうさん。それじゃ、俺は戻るわ。大助クンによろしくな」
そのまま退室しようとする彼に、違和感を覚える。
「あれ、東さん。煙草はいいんですか?」
いつもなら食後は、一服していくのに。
……まあ、ないならないで、いいけれど。
東さんは少し考えてから、ニヤリと笑う。
「あ? 吸わねえけど。もうお前には必要ねえだろ?」
「……バレてましたか」
その指摘をするということは、東さんの煙草の残り香を利用して大助の嫉妬を煽るという、僕の「作戦」を、東さんは察していたということだ。
単純に、吸いたいから吸ってたのだと思っていたが。
長らく、茶番に付き合わせてしまっていたようだ。
「流石にそうでもなきゃ。喫煙者でもない人んちで、わざわざ毎日吸わねーよ。感謝しな」
そう言われてしまったら、頭が上がらない。
「……今度、千菜さんになにかお贈りします」
「なんで俺じゃねーんだよ」
「それはまた、あらぬ誤解を受けそうなので」
そう言ってから、二人で笑い合う。
「ま、単純に禁煙してるだけってのもあるけどな。それじゃあ、また来るわ」
そうしてただ、美味しいサンドイッチを持ってきてくれた東さんは、帽子を被り直して仕事に戻っていった。

あれだけ煙草好きだった東さんが、禁煙かぁ。
今度、きっかけでも聞いてみようかな。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

処理中です...