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ひとりの時間
ひとりの時間 3
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チャイムの音で、現実に引き戻された。
はじめは何が起こったか理解できなかったけれど、僕は22歳の成人男性で、今は昼間で、うっかり寝てしまったことを思い出した。
「……変な夢だった」
ぼーっとしていると、目の前に人影が現れる。
「民人、具合でも悪いのか?」
それは見慣れた警察官で、先程の音は、インターホンの音であると気づく。
「東さん……いえ、ちょっと寝てました」
東さんは、珍しく動揺した表情で、僕に投げかける。
「泣いてんの?」
そう指摘されて、はじめて涙が一筋伝っているのに気づいた。
それを拭いながら、夢を思い出す。
ありもしない過去への憧憬か、気づいたら泣いていたらしい。
「なんでしょう……なんか、変な夢見てたから」
東さんはそうか、と返事して、汗を拭う。
「鍵はかけとけよ。おまわりさんからの忠告だ」
「すみません、うっかり」
それ以上突っ込んだり、からかったりしないところに、彼の根の優しさが伺える。
僕はなんとか起き上がって、時計を探す。
東さんが来ているということは、きっと昼を回っているだろう。
恥ずかしいところを見られてしまった。
「今は14時」
先回りして、東さんが時刻を教えてくれる。
「ああ……結構寝ちゃったな」
「大助クンに寝かせてもらえなかったのか?」
彼はいつもの意地悪そうな笑顔を僕に向ける。
「ちょ、ちょっとは寝ました……」
いつもなら否定するけど、今日は、完全な否定はできなかった。
「へえ、変わらずお盛んで何よりだ」
微笑ましいと言わんばかりに、勝手に出した麦茶を飲む。
「あ、ていうか東さん。そういうわけで今日は昼食の準備がなくてですね……」
断りもなくテーブルに腰掛ける東さんにそう言うと、ああ、と机の上に置かれた袋を指差す。
「気にすんなよ。これ、千菜から。お前も腹減ってるだろ」
「え、千菜さんが?」
東さんが取り出したのは、2つの手乗りの紙箱。
箱のデザインから、近所のパン屋のサンドイッチであることがわかった。
「日頃の杏奈ちゃんの授業へのお礼だと」
「ええ……なんか申し訳ないな。お給料ももらってるのに」
でも内心、千菜さんは僕に対して良い感情はないかもしれないと心配していたから、ホッとした。
今度僕も、なにかお菓子を持っていこうかな。
「それだけ気に入ってもらってんだよ。ちょうど良かった。大助クンが今日から不在って聞いたから、もしかして昼まで寝てんじゃねーかな、と思ってたら」
つまり、今日は昼食がないことを見越して、持ってきてくれたということらしい。
若干人聞き悪いなあとも思えるが、単純に助かった。
「はは、僕ってわかりやすい人間ですね……」
「ま、良いんじゃねえの」
東さんは二人分の紙箱を机に並べ、片方を開ける。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ソファから起き上がり、テーブルに着こうとすると、東さんが気まずそうに目をそらす。
「……民人、その服で外出歩いてないよな?」
自分の服装を改めて見返すと、半袖に短パンの、完全な寝間着だった。
「え? ゴミ出しは行きましたけど……あ、すみません。お客さん相手にこんなよれよれの服じゃ失礼でしたね」
「そういうことじゃねえけど……その、大助クンって随分激しいんだな。俺でもそんなしねえわ」
鏡見てこいよ、と言いながら、遠慮がちに、自らの首元を指差す。
そう言われて、わけもわからず、玄関に備え付けられた鏡を見に行く。
「あっ……」
東さんが示した首元を中心に、全身に散らばる紅い跡。
昨晩、大助に愛された痕が、鮮明に残っていた。
確かに、これで出歩くのは少々……というか、あまりにはしたない。
「す、すぐ着替えます!」
こんな姿を、公衆の面前に晒していたとは。
全部隠すのは無理とはいえ、襟の詰まったシャツと、くるぶし丈のパンツに着替える。
リビングに戻ると、赤面する僕に笑いながら声をかける。
「別に俺には見せつけてくれても良かったんだぜ」
「そんなの絶対無理ですよ! ああ、恥ずかしい、忘れてください」
恥ずかしさで完全に目が覚めた僕は、東さんの顔を見られないまま、アイスコーヒーを準備する。
コップを2つ取り出して、冷蔵庫からボトルを取り出す。
「事後だって見てんだし、今更減るもんねーって」
「い、言わないでくださいよ……。戻ってきたら大助にやめてもらうよう言います。というか、今日の電話で」
「いや、わかっててやってるでしょ、あいつは」
口笛を吹きながら、ニヤリと笑う。
コーヒーを注いだグラスをカウンターに乗せると、東さんが受け取ってくれた。
ようやく席についてコーヒーを飲むと、乾いた身体に染み渡る。
「そうだ、大助と……昨日、ありがとうございました」
落ち着いてから紙箱を開けると、薄切りの丸いパンに、レタスとハムが挟まったシンプルなサンドイッチが押し込められていた。
パンの焼けた香ばしい匂いが、鼻を刺激する。
「ああ、俺こそ彼氏とデートしちゃって悪いな」
「そんな雰囲気じゃなかったみたいですけど……」
僕の言葉を聞いて、東さんは少し、バツの悪そうな顔をする。
「話の中身、聞かねえの?」
大助と同じような物言いに、この二人はとても、似た者同士なのではないかと思い、少しおかしくなる。
……口には出さないけれど。
「言わない約束だって聞いたので」
「律儀だねえ」
サンドイッチを一口ついばむと、パリ、という心地よい食感が口の中を支配する。
パンは焼き立てを使っているのか、もっちりとしていてとても美味しい。
「僕の話だったけど、詳細は言えないって。……でも、今日大助が西部に行ったのは、昨日の話があってのことだとは」
「なるほどね」
それだけ聞いてれば十分か、と言ってからは、黙って残りのサンドを平らげる。
コーヒーをすべて飲み干し、席を立った。
「ごちそうさん。それじゃ、俺は戻るわ。大助クンによろしくな」
そのまま退室しようとする彼に、違和感を覚える。
「あれ、東さん。煙草はいいんですか?」
いつもなら食後は、一服していくのに。
……まあ、ないならないで、いいけれど。
東さんは少し考えてから、ニヤリと笑う。
「あ? 吸わねえけど。もうお前には必要ねえだろ?」
「……バレてましたか」
その指摘をするということは、東さんの煙草の残り香を利用して大助の嫉妬を煽るという、僕の「作戦」を、東さんは察していたということだ。
単純に、吸いたいから吸ってたのだと思っていたが。
長らく、茶番に付き合わせてしまっていたようだ。
「流石にそうでもなきゃ。喫煙者でもない人んちで、わざわざ毎日吸わねーよ。感謝しな」
そう言われてしまったら、頭が上がらない。
「……今度、千菜さんになにかお贈りします」
「なんで俺じゃねーんだよ」
「それはまた、あらぬ誤解を受けそうなので」
そう言ってから、二人で笑い合う。
「ま、単純に禁煙してるだけってのもあるけどな。それじゃあ、また来るわ」
そうしてただ、美味しいサンドイッチを持ってきてくれた東さんは、帽子を被り直して仕事に戻っていった。
あれだけ煙草好きだった東さんが、禁煙かぁ。
今度、きっかけでも聞いてみようかな。
はじめは何が起こったか理解できなかったけれど、僕は22歳の成人男性で、今は昼間で、うっかり寝てしまったことを思い出した。
「……変な夢だった」
ぼーっとしていると、目の前に人影が現れる。
「民人、具合でも悪いのか?」
それは見慣れた警察官で、先程の音は、インターホンの音であると気づく。
「東さん……いえ、ちょっと寝てました」
東さんは、珍しく動揺した表情で、僕に投げかける。
「泣いてんの?」
そう指摘されて、はじめて涙が一筋伝っているのに気づいた。
それを拭いながら、夢を思い出す。
ありもしない過去への憧憬か、気づいたら泣いていたらしい。
「なんでしょう……なんか、変な夢見てたから」
東さんはそうか、と返事して、汗を拭う。
「鍵はかけとけよ。おまわりさんからの忠告だ」
「すみません、うっかり」
それ以上突っ込んだり、からかったりしないところに、彼の根の優しさが伺える。
僕はなんとか起き上がって、時計を探す。
東さんが来ているということは、きっと昼を回っているだろう。
恥ずかしいところを見られてしまった。
「今は14時」
先回りして、東さんが時刻を教えてくれる。
「ああ……結構寝ちゃったな」
「大助クンに寝かせてもらえなかったのか?」
彼はいつもの意地悪そうな笑顔を僕に向ける。
「ちょ、ちょっとは寝ました……」
いつもなら否定するけど、今日は、完全な否定はできなかった。
「へえ、変わらずお盛んで何よりだ」
微笑ましいと言わんばかりに、勝手に出した麦茶を飲む。
「あ、ていうか東さん。そういうわけで今日は昼食の準備がなくてですね……」
断りもなくテーブルに腰掛ける東さんにそう言うと、ああ、と机の上に置かれた袋を指差す。
「気にすんなよ。これ、千菜から。お前も腹減ってるだろ」
「え、千菜さんが?」
東さんが取り出したのは、2つの手乗りの紙箱。
箱のデザインから、近所のパン屋のサンドイッチであることがわかった。
「日頃の杏奈ちゃんの授業へのお礼だと」
「ええ……なんか申し訳ないな。お給料ももらってるのに」
でも内心、千菜さんは僕に対して良い感情はないかもしれないと心配していたから、ホッとした。
今度僕も、なにかお菓子を持っていこうかな。
「それだけ気に入ってもらってんだよ。ちょうど良かった。大助クンが今日から不在って聞いたから、もしかして昼まで寝てんじゃねーかな、と思ってたら」
つまり、今日は昼食がないことを見越して、持ってきてくれたということらしい。
若干人聞き悪いなあとも思えるが、単純に助かった。
「はは、僕ってわかりやすい人間ですね……」
「ま、良いんじゃねえの」
東さんは二人分の紙箱を机に並べ、片方を開ける。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ソファから起き上がり、テーブルに着こうとすると、東さんが気まずそうに目をそらす。
「……民人、その服で外出歩いてないよな?」
自分の服装を改めて見返すと、半袖に短パンの、完全な寝間着だった。
「え? ゴミ出しは行きましたけど……あ、すみません。お客さん相手にこんなよれよれの服じゃ失礼でしたね」
「そういうことじゃねえけど……その、大助クンって随分激しいんだな。俺でもそんなしねえわ」
鏡見てこいよ、と言いながら、遠慮がちに、自らの首元を指差す。
そう言われて、わけもわからず、玄関に備え付けられた鏡を見に行く。
「あっ……」
東さんが示した首元を中心に、全身に散らばる紅い跡。
昨晩、大助に愛された痕が、鮮明に残っていた。
確かに、これで出歩くのは少々……というか、あまりにはしたない。
「す、すぐ着替えます!」
こんな姿を、公衆の面前に晒していたとは。
全部隠すのは無理とはいえ、襟の詰まったシャツと、くるぶし丈のパンツに着替える。
リビングに戻ると、赤面する僕に笑いながら声をかける。
「別に俺には見せつけてくれても良かったんだぜ」
「そんなの絶対無理ですよ! ああ、恥ずかしい、忘れてください」
恥ずかしさで完全に目が覚めた僕は、東さんの顔を見られないまま、アイスコーヒーを準備する。
コップを2つ取り出して、冷蔵庫からボトルを取り出す。
「事後だって見てんだし、今更減るもんねーって」
「い、言わないでくださいよ……。戻ってきたら大助にやめてもらうよう言います。というか、今日の電話で」
「いや、わかっててやってるでしょ、あいつは」
口笛を吹きながら、ニヤリと笑う。
コーヒーを注いだグラスをカウンターに乗せると、東さんが受け取ってくれた。
ようやく席についてコーヒーを飲むと、乾いた身体に染み渡る。
「そうだ、大助と……昨日、ありがとうございました」
落ち着いてから紙箱を開けると、薄切りの丸いパンに、レタスとハムが挟まったシンプルなサンドイッチが押し込められていた。
パンの焼けた香ばしい匂いが、鼻を刺激する。
「ああ、俺こそ彼氏とデートしちゃって悪いな」
「そんな雰囲気じゃなかったみたいですけど……」
僕の言葉を聞いて、東さんは少し、バツの悪そうな顔をする。
「話の中身、聞かねえの?」
大助と同じような物言いに、この二人はとても、似た者同士なのではないかと思い、少しおかしくなる。
……口には出さないけれど。
「言わない約束だって聞いたので」
「律儀だねえ」
サンドイッチを一口ついばむと、パリ、という心地よい食感が口の中を支配する。
パンは焼き立てを使っているのか、もっちりとしていてとても美味しい。
「僕の話だったけど、詳細は言えないって。……でも、今日大助が西部に行ったのは、昨日の話があってのことだとは」
「なるほどね」
それだけ聞いてれば十分か、と言ってからは、黙って残りのサンドを平らげる。
コーヒーをすべて飲み干し、席を立った。
「ごちそうさん。それじゃ、俺は戻るわ。大助クンによろしくな」
そのまま退室しようとする彼に、違和感を覚える。
「あれ、東さん。煙草はいいんですか?」
いつもなら食後は、一服していくのに。
……まあ、ないならないで、いいけれど。
東さんは少し考えてから、ニヤリと笑う。
「あ? 吸わねえけど。もうお前には必要ねえだろ?」
「……バレてましたか」
その指摘をするということは、東さんの煙草の残り香を利用して大助の嫉妬を煽るという、僕の「作戦」を、東さんは察していたということだ。
単純に、吸いたいから吸ってたのだと思っていたが。
長らく、茶番に付き合わせてしまっていたようだ。
「流石にそうでもなきゃ。喫煙者でもない人んちで、わざわざ毎日吸わねーよ。感謝しな」
そう言われてしまったら、頭が上がらない。
「……今度、千菜さんになにかお贈りします」
「なんで俺じゃねーんだよ」
「それはまた、あらぬ誤解を受けそうなので」
そう言ってから、二人で笑い合う。
「ま、単純に禁煙してるだけってのもあるけどな。それじゃあ、また来るわ」
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