ふたつの嘘

noriko

文字の大きさ
上 下
40 / 44
かくしごと、またひとつ

かくしごと、またひとつ 1

しおりを挟む
大助の長い夏休みが終わって、もうすく2ヶ月が経とうとしていた。
講義が始まり、それからアルバイトも続けているので、大助は朝早く出かけて夕方に帰宅することが多い。
先月と比べて彼が家にいる時間はぐっと減った。
とはいえ、夏休み前だってそうだった気がする。

唯一変わったのは僕たちの関係だ。
僕たちはあくまでも、少し行きすぎた親友だった。
お互いどう思っていたかはさておき、建前上は。
それがあの日、僕たちは恋人同士になって、夜を一緒に過ごすのが当たり前になった。
夏が終わり、その当たり前が、少し薄れつつある。
一切なくなってしまったわけではない。
ただ、平日は結構、朝と晩に一言交わすだけ、みたいな日も増えてきた。
大助が数日、西部に出かけたときにも感じたことだけれど……。
僕はたかだか数日、大助と一緒にいられないことで物寂しく感じてしまう。
それだけ大助に依存しているわけで、良くないとはわかっている。
だから、はじめはどうなることかと自分でも心配していたけれど、案外上手くいっている、と思う。
多分、大助に甘えてばかりいるのを辞めたおかげだと思う。

その日、大助が帰ってきたのは、19時過ぎ。
いつもより早い帰宅だった。
ふたりで食事を済ませて、それぞれの用事を済ませて、21時。
入浴を済ませ、適当に下着とシャツを着てから、先に入浴していた大助の部屋に向かう。
「大助、入っていい?」
ノックとともに声をかけると、大助の返事が聞こえる。
それを聞いて、静かに扉を開けた。
「どうしたの?」
なんて言うけれど、大助だってわかっていたと思う。
だって、上半身に何も着ていないし。
大助も待ってくれていたのかも。
「よ、夜這い、にきた」
緊張してる僕の態度を察してか、大助は朗らかに笑う。
「夜這いって……そうやって宣言するもんなの?」
「知らないけど……せっかく久々に、時間取れるから。いい?」
そういうと、にこりと笑って手を差し伸べる。
「時間あってもなくても、良いに決まってるじゃん」

たまらず服を脱ぎ捨ててから、大助に抱きとめられるようにして、ベッドに倒れ込む。
「今日は俺から誘いに行こうと思ってたのに」
「僕が来た方が早いでしょ」
大助の顔を引き寄せて、唇を重ねる。
彼はにこりと笑ってから、怪訝な顔をする。
「なんか民人くん、最近積極的だよね」
「だめ?」
「ううん、全然。民人くんから誘ってくれるの、嬉しいけど。ただ、なんでだろうなって」
「ああ……東さんのおかげかなぁ」
「は?」
特に意識せず名前を出してしまったが、大助の顔色が一瞬で変わる。
それで、しまった、と慌てて弁明することになった。
「いや、ただ大助が夏休みが終わってから、あんまり二人の時間が取れなくて寂しいって話をしたら、アドバイスくれて。それだけ!」
大助はへの字口で僕を見つめる。
「なんて?」
「大助にしてもらってばかりじゃなくて、もっと僕から誘ったほうがいいって……それが東さんと千菜さんが長続きしてる秘訣だって!」
それを聞いて、彼は前髪をかきあげてからため息をつく。
「ふーん……まあ、なにもないとはわかってるけど……やっぱちょっと悔しいな」
「う、うん。本当になにもないから」
「まあいいや。おかげで民人くんが積極的になってくれたんだから、たまには感謝でもしないとな」
大助の表情が再び柔らかくなり、僕の腰に手を回す。
「でも、俺ばっかり嫉妬してさ……。たまには民人くんが妬いてるところとか見たいな」
そういう彼に応えて、記憶を思い起こす。
が、思い当たることもなく。
「そんなに妬いて欲しいなら、妬けるような話してみてよ」
僕が返すと、彼は少し考え込んだのち。
「……できないな」
とのたまう。
「……それ、どっち? 言えないようなことしてるってこと? それとも言えるようなネタがないってこと?」
当然、後者だと思って聞いた。
……なんてものすごく、うぬぼれているけれど。
彼からそれくらい情熱的に、僕は、その……愛されてる自覚があったから。
でも、彼はなにか悪いことを思いついたような笑みで、僕に言い放つ。
「どっちの意味かは……内緒かな」
冗談なのか、それとも真実なのか。
曖昧な返事に少し狼狽える。
僕を嫉妬させようと思って言い放った冗談かもしれないけど、もし、真実だったら……なんて思ってしまって、思わず彼を見つめる。
「どう? 嫉妬した?」
「……言わない」
あるかどうかもわからない何かに妬いたなんて。
にこり、と笑う彼に、ああ、彼の手中にハマったな……と思ったら悔しくて、彼の首筋に思い切り吸い付く。
「あ、ちょっと……」
大助にいつもされているように、場所を変えて赤い跡を散らす。
くっきりと残った跡を見て、大助が普段、好んで僕に跡を残す気持ちが少しわかった。
えもいわれぬ高揚感、好きな人と交わった証。
僕の行動にただ硬直していた彼だったけれど、そんな表情の彼に顔を近づければ、抵抗なく僕の口吻を受け入れる。
静かな部屋に、舌が交わる水音と、互いの吐息、そして、時折混じる木の軋む音。
時折ノドを鳴らす彼を見ると、赤みがかった瞳が僕を物欲しそうに見つめていて、背筋がぞくりとする。
絡み合う舌が離れていき、手の甲で口を拭った彼は、自らの首筋を撫でながらつぶやく。
「……明日講義なのに」
「何か、困ることでもあるの?」
「いや、普通にダチとかにこういうことしてるのバレたら恥ずかしいし」
「ふうん」
僕には散々付けておいて、今更そこを気にするんだ……と少しあきれる。
「僕もすごく見られてると思うんだけど……」
大助は、そういうことか……とつぶやき、続ける。
「そりゃ、見せてるから。とくにあのおまわりさんに」
「じゃあ、僕だって見せつけていいよね」

しおりを挟む

処理中です...