ふたつの嘘

noriko

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僕らのための嘘

僕らのための嘘 2

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「あれ、翠ちゃん。今日なんか元気ないねえ」
夏が終わり、少し肌寒くなってきた夕方。
日が落ちる時間も遅くなり、いつもの学食で夕食をとるときには、あたりはすっかり真っ暗になっていた。
無事に大学への内部進学を決めたマリアは、いつにも増して大学に入り浸るようになっていた。
当初は両親の意向に反した進路ではあったものの、ここまで来ればもう意見をひっくり返されることはないだろう、という安心感が、彼女の探究心に拍車をかけているのだろう。
そんな彼女にも、もう一つ日課が追加された。
「ええ、そんなことないよぉ」
寝癖をつけたショートヘアの女性は、隣に座り、ぼんやりと天井を仰ぐ友人――翠に声をかける。
翠は、それからもぼんやりと、宙を見上げていた。
地毛だというの青色の髪の毛は、いつも綺麗にアレンジされている。
あるときは二つ結び、あるときはお団子に。
しかし、今日はその髪型もなんだか、つややかさに欠けていて。
「だって翠さん、おかわりもしてないのに箸を置くなんて」
向かいの席で繰り広げられるやりとりに、思わず口を挟んでしまう程度には、マリアも気になっていた。
「だよねえ。らしくないよぉ翠ちゃん。お姉さんが話し聞こうか?」
ミシェルもマリアの言葉に乗っかり、心配そうに翠の様子をうかがう。
「ええ、いつもそんなに食べてないと思うんだけどな……」

追加された日課、それはこうして、ミシェルと翠と3人で夕食を食べることだった。
翠はすっかりこの大学が気に入ったようで、なんと編入で春からこの大学に通う事をきめたのだという。
気が早い彼女はすでにこの近くに引っ越しを決め、今は在籍している大学に特急列車で通いながら、ミシェルや翠と食事を食べるためだけに、この大学を訪れている。
なんでも、元々の大学は東部だというから、ここからは特急でも2時間ほどかかるはずで、なんというフットワークの軽さかと驚愕したが。
マリア自身も1時間弱のこの時間がなんとも居心地がよく、大学へ足を運ぶひとつの目的にもなっていた。

初対面で綺羅の話をしたときの翠が、怖くなかったわけではない。
初めは少し避けていたが、綺羅の話さえしなければ、彼女はほんとうに穏やかで天真爛漫で。
年上ながら、親友の杏奈と似た雰囲気すら感じる彼女の近くは、とても居心地が良かった。
それだから少し、油断していた部分もあったと思う。

ミシェルに促され、温かいほうじ茶を一口のみ、翠は口を開く。
「マリアちゃんはしらない話だから申し訳ないんだけど……ミシェルちゃん。この辺でお兄ちゃんに会ったことない?」
「……えっ、?」
突如として綺羅の話を始める翠に動揺したミシェルが、目を見開いてマリアの方を向く。
(ミシェルさん……お願いだからこっち見ないで!)
この中で、実はいまミシェルよりも、彼女の兄――綺羅に、民人に近いのは、マリアなのだ。
それを翠には悟られまいと、あくまで平静を装う。
――以前、綺羅の話をしたときのミシェルの言いぶりからすると、彼女にそれを、言わない方が良い。
……欲を言えば今すぐ、どこかに席を外したいのだが。
反面、聞きたくて仕方が無い。
彼女が何を思っているのか、そして、あの家庭教師に過去、何があったのか。
「い、いや、無いけど。……綺羅がどうかしたの?」
翠はぼんやりと、少し寂しそうに続けた。
「実はね、ひと月くらい前に、栄知大学の学祭に行ってみたの。この辺で一番大きい大学だから興味があって。……そこで、会ったの。お兄ちゃんみたいな人に」
「……!」
マリアは声を上げるのを耐え、必死に表情筋を押し殺した。
「えっ……え、綺羅に? ……いや、綺羅みたいな? どういうこと?」
ミシェルは事態が飲み込めないようで、食い入るように翠に尋ねる。
「翠もわかんない。でも、数学の研究棟に一人でいるのをみつけて。思わず話しかけちゃったんだけど、その人は翠のこと知らないみたいだったし、人違いだって言って逃げちゃって。髪の毛も短かったし、ちょっと雰囲気も違った。……けど、絶対にお兄ちゃんだと思うの」
マリアは、心拍数が少し上がるのを感じた。
……それはほぼ、確実にあの、家庭教師のことを指している。
接触している、会話している。二人で。

栄知大学といったら、あの家庭教師の恋人――大助が通っていると聞く。
どうやら二人で仲良く学祭に行くらしい……と、杏奈が鼻息荒げに話していたのを思い出した。

「うーん……たしかにそれは綺羅っぽいけど、数学ってところが。……でも翠ちゃんのこと知らないなんて。あいつに何があったか知らないけど……ちょっと気になるね」
ミシェルはあくまでも、翠に対して親身に話を聞いている風を装ってはいたものの。
首筋に汗が滲んでいるを見るに、彼女もやや焦っているようだった。
時折チラリ、とマリアの様子をうかがう。
「そ、その……複雑そうなので事情は聞きませんが……。お兄さんは、そこの大学の方、とか?」
なんとか口を挟もうと、外れた推論を投げつけると、翠は目を開き、にこりと笑う。
「ああ、マリアちゃん、ごめんね置いてけぼりしちゃって……。ううん、翠もそう思って、時々その大学に行ってるんだけど、全然みかけないの」
その口ぶりに、思わず表情をひきつらせる。
(すでにすごく捜してるじゃないの……もしかして、編入って建前なんじゃ)
「そうなんですか……見つかると、いいですね。お兄さん」
「うん、ありがとう」
そう言う彼女の笑顔は朗らかで、少しだけ事態が丸く収まったのだと安堵した。
しかし、その安心もつかの間、彼女の表情が、ひどく冷たいものへと変わる。
「じゃあ……さ、ミシェルちゃん……。大助くんがこの辺に居るとか、知らない?」
聞き覚えのある名前に、思わずうつむく。
(嘘、あの人も知り合いなの……!? 世間狭すぎじゃない?)
「え、大助……って河関の坊ちゃんだよね? 知らないなあ……連絡先も知らなかったし。綺羅と仲良かったけど……」
ミシェルは大助と面識はあるが、そこまで親交はないようで、ごまかす必要がないことにほっとしているようだった。
翠はそれを聞いてにこり、と笑うが、眉間に少しだけシワを寄せていたのを、マリアは見逃さなかった。
「そうだよね、ごめんごめん。……でももし大助が一緒だったら……ああ、考えただけでも……絶対に連れ戻すんだから……」
小さな声で、恨めしそうにつぶやく翠の姿をみて、思わず両手を強く握る。
ミシェルは顔をひきつらせながらも、あくまで明るい声で、おどけたように笑いながら翠に声をかける。
「ちょっと翠ちゃん……どうしたの急に怖い顔して」
「え、ああ、ごめん。つい……変な話してごめんね、マリアちゃんも」
「え、ええ……」
にこり、と笑って返したつもりだったが、ちゃんと笑えていただろうか。
(やっぱり、話を聞く前に出て行けばよかった)
二人は……とくに翠は、完全にマリアを無関係と思っているだろうが。
翠が求める情報をすべて、自分こそが持っていることを、どこまで隠し通せるだろうか。

気を取り直して、というように3人で食事を再開したが、口の中に入ってくるものは全く味がしなかった。
ミシェルに相談すべきか、……いや、彼女だって巻き込まれるのはごめんだろう。
マリアだって、精神衛生上、できればこの件はこれ以上掘り起こされるのは遠慮願いたかった。
それに、今やたかだか友人の家庭教師……とはいえ、幼き頃、自分の支えとなってくれた存在である彼に、恩義がないわけではない。
彼が恋人と引き裂かれるようなことがあっては、マリアも多少は後味が悪い思いをするだろう。
(となると……あの二人を、彼女から遠ざけるにこしたことはないわ)
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