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約束と運命の鎖
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やがて彼らは部屋を出て、音をたてないように静かに戸を閉めた。
子供達の喜ぶ声の中に、杏奈ちゃんを探す声と、東さんたちがそれをあやす声が聞こえた。
「……大人気だね、杏奈ちゃん」
「私……ダントツで年長だから、よくお世話してるだけです」
「……やっぱり、ここを離れるのは寂しい?」
「いいえ…」
予想外にも、彼女は首を横に振った。
「ここが嫌いな訳じゃないですよ。大好きです。東さんも佳代さんも、みんな」
彼女の顔は穏やかだった。
彼女は優しい。人が好きなんだ。
「新しい保護施設に14歳で移るなんて、少し恥ずかしかったんです。食費も場所もちびっ子より随分かかるんですよ? それなのに、佳代さんは勉強までさせてくれて」
このあたりの保護施設は、13歳以上の子供に地方からの教育補助金が出ないと聞いたことがある。
つまり、彼女の勉強はすべて佳代さんの負担だった。
「補助金だって多いわけじゃないんです……最初はずっと、迎えを待つつもりでした。でも、そんなことできない。もし私にお話が来たら、すぐにでももらわれていくつもりです。それが無理なら、独立してでも。いつかはしなきゃいけないことですから……少し時期が早まるだけ」
「もらい手が裏天使でも、構わないの?」
「……はい」
(東さん、佳代さん……心配しなくても、この子は充分強いよ)
彼女が南西部以外にいられないのは恐らく、彼女が千菜様の妹だからだろう。
理由はわからないが、既にご両親は亡くなっている。
世襲制では無いとはいえ、彼女も、中央にいては身の安全は保証されなかっただろう。
たとえ安全でも、大きな圧力が彼女にのしかかったはずだ。
本当に、普通なら人にうんざりするくらいの力が。刺すような目線が。
「ここ、南西部まで私を連れてきてくれたのも、あの人でした。その頃にはもう会えなかった兄の代わりに、と」
これは、その時貰ったものです。
そう呟き彼女はネックレスを優しく撫でる。
――千菜様の、知り合い。
だったら僕も、その人を知っているかもしれない!
「……その人の、名前は?」
彼女は俯いて、首を横に振る。
「わかりません……それでも、ひとめ見ればすぐにわかると思います」
ひとめ見れば……随分変わった見た目なんだろう…
……いや、ちょっと待て。
千菜様は恐らくこの話を知っているだろう。
どうしてわざわざ僕を寄越したか。
考えれば簡単に答えは出たじゃないか――
「青くて長い綺麗な髪の、優しい人――もっと怖い顔をしていたけれど、どこかあなたに似ていました」
微笑みながら、口にする。
彼女が待ち続けたのは、紛れもなく僕なんだ。
いつの間にか握りしめた手をほどくと、手のひらに爪の痕が深く刻まれていた。
「……そうなんだ」
「自由が手に入ったら、迎えに来てくれると、言ってくれました。……彼はまだ、自由ではないのでしょうか」
自由になった男は、全てを忘れてしまっていた。
言えなかった、僕が彼女の探す男だと。
彼女の思い続けた僕は、もういない。
悔しかった。
申し訳なかった。
記憶のないことをこんなに恨んだのは初めてだった。
それもこの小さな、少女相手に。
「……ごめん」
「……?」
聞こえないように呟いたはずのそれは、部屋全体に響いていた。
「もしかしたら……彼にはもう、会えないかもしれない。でも、君を必要としている人がいる」
「……」
「だから、僕は君を迎えにきた」
彼女の大きな瞳が揺れる。
「……兄を、ご存知ですか」
彼女の問いに、ただ頷いた。
嘘はきっと、通用しない。
「兄が、私を呼んだんですか?」
「……うん」
それを最後に、しばらく沈黙が続いた。
彼女は唇を噛み締めていた。
指先が真っ白だ。小刻みに震えていた。
……どこか、戸惑っているようだ。
「嫌なら、無理には」
「……いえ」
彼女は、はっきりと言い放つ。
「……もし、兄が……」
そこまで言って、また黙り込む。
そして、彼女が再び口を開いたと同時に、
ドアの向こうで足音がした。
「……」
「あ、東さん、かな」
彼女はとうとう、話すのをやめてしまった。
足音は止み、ノックのあとに、ゆっくりとドアが開く。
……やはり、東さんだった。
「まだ話してたか。杏奈、ご飯だよ」
「あ、はぁい。……それでは、また」
立ち上がって、僕を一度みる。
そしてひらりと立ち去ってしまった。
「民人、お前はどうするんだ」
東さんは、僕を軽くにらみつける。
「どうするって……」
「……何処に泊まって何処で飯を食う」
彼は盛大な溜め息をついた。
「あ……まあ、その場に応じて」
「あーもう、どうせそんなこったろうと思った! お前も来い、これから飯だ、これから!!」
部屋のドアが乱暴に閉められ、とうとう部屋は僕だけになってしまった。
食事に誘われたことに気づいたのは、もうしばらく後だった。
子供達の喜ぶ声の中に、杏奈ちゃんを探す声と、東さんたちがそれをあやす声が聞こえた。
「……大人気だね、杏奈ちゃん」
「私……ダントツで年長だから、よくお世話してるだけです」
「……やっぱり、ここを離れるのは寂しい?」
「いいえ…」
予想外にも、彼女は首を横に振った。
「ここが嫌いな訳じゃないですよ。大好きです。東さんも佳代さんも、みんな」
彼女の顔は穏やかだった。
彼女は優しい。人が好きなんだ。
「新しい保護施設に14歳で移るなんて、少し恥ずかしかったんです。食費も場所もちびっ子より随分かかるんですよ? それなのに、佳代さんは勉強までさせてくれて」
このあたりの保護施設は、13歳以上の子供に地方からの教育補助金が出ないと聞いたことがある。
つまり、彼女の勉強はすべて佳代さんの負担だった。
「補助金だって多いわけじゃないんです……最初はずっと、迎えを待つつもりでした。でも、そんなことできない。もし私にお話が来たら、すぐにでももらわれていくつもりです。それが無理なら、独立してでも。いつかはしなきゃいけないことですから……少し時期が早まるだけ」
「もらい手が裏天使でも、構わないの?」
「……はい」
(東さん、佳代さん……心配しなくても、この子は充分強いよ)
彼女が南西部以外にいられないのは恐らく、彼女が千菜様の妹だからだろう。
理由はわからないが、既にご両親は亡くなっている。
世襲制では無いとはいえ、彼女も、中央にいては身の安全は保証されなかっただろう。
たとえ安全でも、大きな圧力が彼女にのしかかったはずだ。
本当に、普通なら人にうんざりするくらいの力が。刺すような目線が。
「ここ、南西部まで私を連れてきてくれたのも、あの人でした。その頃にはもう会えなかった兄の代わりに、と」
これは、その時貰ったものです。
そう呟き彼女はネックレスを優しく撫でる。
――千菜様の、知り合い。
だったら僕も、その人を知っているかもしれない!
「……その人の、名前は?」
彼女は俯いて、首を横に振る。
「わかりません……それでも、ひとめ見ればすぐにわかると思います」
ひとめ見れば……随分変わった見た目なんだろう…
……いや、ちょっと待て。
千菜様は恐らくこの話を知っているだろう。
どうしてわざわざ僕を寄越したか。
考えれば簡単に答えは出たじゃないか――
「青くて長い綺麗な髪の、優しい人――もっと怖い顔をしていたけれど、どこかあなたに似ていました」
微笑みながら、口にする。
彼女が待ち続けたのは、紛れもなく僕なんだ。
いつの間にか握りしめた手をほどくと、手のひらに爪の痕が深く刻まれていた。
「……そうなんだ」
「自由が手に入ったら、迎えに来てくれると、言ってくれました。……彼はまだ、自由ではないのでしょうか」
自由になった男は、全てを忘れてしまっていた。
言えなかった、僕が彼女の探す男だと。
彼女の思い続けた僕は、もういない。
悔しかった。
申し訳なかった。
記憶のないことをこんなに恨んだのは初めてだった。
それもこの小さな、少女相手に。
「……ごめん」
「……?」
聞こえないように呟いたはずのそれは、部屋全体に響いていた。
「もしかしたら……彼にはもう、会えないかもしれない。でも、君を必要としている人がいる」
「……」
「だから、僕は君を迎えにきた」
彼女の大きな瞳が揺れる。
「……兄を、ご存知ですか」
彼女の問いに、ただ頷いた。
嘘はきっと、通用しない。
「兄が、私を呼んだんですか?」
「……うん」
それを最後に、しばらく沈黙が続いた。
彼女は唇を噛み締めていた。
指先が真っ白だ。小刻みに震えていた。
……どこか、戸惑っているようだ。
「嫌なら、無理には」
「……いえ」
彼女は、はっきりと言い放つ。
「……もし、兄が……」
そこまで言って、また黙り込む。
そして、彼女が再び口を開いたと同時に、
ドアの向こうで足音がした。
「……」
「あ、東さん、かな」
彼女はとうとう、話すのをやめてしまった。
足音は止み、ノックのあとに、ゆっくりとドアが開く。
……やはり、東さんだった。
「まだ話してたか。杏奈、ご飯だよ」
「あ、はぁい。……それでは、また」
立ち上がって、僕を一度みる。
そしてひらりと立ち去ってしまった。
「民人、お前はどうするんだ」
東さんは、僕を軽くにらみつける。
「どうするって……」
「……何処に泊まって何処で飯を食う」
彼は盛大な溜め息をついた。
「あ……まあ、その場に応じて」
「あーもう、どうせそんなこったろうと思った! お前も来い、これから飯だ、これから!!」
部屋のドアが乱暴に閉められ、とうとう部屋は僕だけになってしまった。
食事に誘われたことに気づいたのは、もうしばらく後だった。
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