21 / 45
約束と運命の鎖
20
しおりを挟む
◇◆◇
「忘れ物はないか、杏奈」
僕の隣にいる、たくさんの――それでも引っ越すには少ない荷物を従えた彼女は頷く。
「お土産も、ちゃんと買いました」
「そういうところは、ちゃっかりしてんな」
東さんは笑って、杏奈ちゃんの頭を撫でる。
僕の肩くらいまでの身長の彼女は、うれしそうに笑った。
とうとう、別れの時がきた。
今でもどこかで、これで良かったのかと思ってしまう自分がいた。
つくづく、意志が弱い。
「私、頑張って勉強してきます」
しかし杏奈ちゃんは、東さんに向かって言う。
その言葉には、何か含みがあるように思う。
「ああ、思い出したら連絡よこせな。民人も」
東さんは、僕と杏奈ちゃんを交互に見やって笑う。
「もちろんです――」
僕の声にかぶさるように、広場中に放送が鳴り響く。
それは、僕らの乗る船が到着した旨を知らせるものだった。
後ろを振り向くと、白く大きな船がゆっくりと港にその体をよせているところだった。
やがて階段がおりて、入口が開く。
別れは、もうすぐそばまできている。
「早く、行った方がいいんじゃないのか」
東さんが言う。
僕は、少しでも2人を一緒にいさせたかったのだが。
「まだ出発までは充分あるし、いいんじゃないですか?」
「今のうちに行っておかないと混むぞ。荷物も多いんだ」
「でも」
言う僕の肩を叩いたのは、杏奈ちゃんだった。
彼女は笑って、頷く。
「東さんの言うとおりですよ、早く行きましょう」
何も、言い返せなかった。
彼女はまた、東さんを見る。
そして、深くお辞儀をした。
「東さん、長い間お世話になりました。東さんのところに預けてもらえて、よかったです」
彼女は、はにかんだ。
「そういうのはよせ、恥ずかしい」
ぶっきらぼうに言う東さん。
この2人を見ていると、彼らがまた明日も一緒にいるのではないかと思ってしまう。
なんとなくまた、取り残されている気分もした。
でも、悪くない。
「……大人になったら、また帰ってきてもいいですか?」
その時、僕は初めて気付く。
彼女らには、端から別れの挨拶をする気などなかったのだ。
「帰ってきたいなら、いつでも好きにしな。逃げ出してきたら、かくまってやる」
彼は笑い、親指を立てる。
杏奈ちゃんはしばらくけらけらと笑って、それから東さんと同じように親指を立てた。
「大人になるまでは、いい子にしてます。じゃあ――東さん、いってきます」
どこか震えた声で言う彼女は、一度笑ってからきびすを返し、船の方へ行ってしまった。
「じゃあ、東さん。お元気で」
僕もそれを追い、船へと向かう。
北部の協会支部にもよろしく、という声が聞こえた。
現地に着いたら、寄ってみるのもいいかもしれない。
どこに在るかわからないから、圭くんにでも聞いて、杏奈ちゃんと行ってみよう。
そんなことを考えながら歩いて、杏奈ちゃんに追いつく頃には、すでに乗船口は目の前だった。
僕は協会に手配してもらった2人分の乗船券を取り出して、片方を杏奈ちゃんに渡そうとした。
「杏奈ちゃん、はい」
返事はない。
立ち止まった彼女の顔をのぞき込むのは、火の中に入るよりも怖かった。
予想は、地面に落ちた雫で確信に変わる。
それまで聞こえていた船の音や周りの声といった雑音は全て消え失せて、
僕に聞こえているのは、彼女のすすり泣く音だけとなった。
「――あれ、こんなつもりじゃ……なかったのに」
大人らしさを装う彼女の頭を、東さんのするように撫でてみる。
僕は彼より身長も、手の大きさも、何もかもが足らないけれど、これからの彼女にとっての、東さんのような存在になれるように、なんて。
「僕じゃ、東さんにかないっこないか」
嘲笑して言うと、彼女は首を横に振る。
手のひらで涙を拭いながら、上を向く。
「民人さんは、民人さんでいいんです」
少しだけ濡れた目元を緩めて、僕に笑った。
「ごめんなさい、いきなり民人さんを困らせちゃって。乗船券、ありがとうございます」
「気にしないで。さあ、空いてるうちに行こう……歩ける?」
彼女は、はい、と頷いて、僕の隣を歩く。
やはり、何を言っても結局はつらかったのだ。
受付の男性に乗船券を渡すと、それと引き換えにカギと、タグを数個貰った。
カギは船内の部屋のもので、タグにはカギと同じ数字が書いてある。
このタグに名前を書いて、荷物に付ける。
それから荷物を受付に渡すと、別ルートから部屋まで運んでくれる。
「すごい……」
手際のよい受付の流れに、杏奈ちゃんは目を輝かせた。
「僕等はあと、船に乗るだけだ。一度部屋に行って、避難経路でも確認しようか」
彼女は大きく頷いた。
「忘れ物はないか、杏奈」
僕の隣にいる、たくさんの――それでも引っ越すには少ない荷物を従えた彼女は頷く。
「お土産も、ちゃんと買いました」
「そういうところは、ちゃっかりしてんな」
東さんは笑って、杏奈ちゃんの頭を撫でる。
僕の肩くらいまでの身長の彼女は、うれしそうに笑った。
とうとう、別れの時がきた。
今でもどこかで、これで良かったのかと思ってしまう自分がいた。
つくづく、意志が弱い。
「私、頑張って勉強してきます」
しかし杏奈ちゃんは、東さんに向かって言う。
その言葉には、何か含みがあるように思う。
「ああ、思い出したら連絡よこせな。民人も」
東さんは、僕と杏奈ちゃんを交互に見やって笑う。
「もちろんです――」
僕の声にかぶさるように、広場中に放送が鳴り響く。
それは、僕らの乗る船が到着した旨を知らせるものだった。
後ろを振り向くと、白く大きな船がゆっくりと港にその体をよせているところだった。
やがて階段がおりて、入口が開く。
別れは、もうすぐそばまできている。
「早く、行った方がいいんじゃないのか」
東さんが言う。
僕は、少しでも2人を一緒にいさせたかったのだが。
「まだ出発までは充分あるし、いいんじゃないですか?」
「今のうちに行っておかないと混むぞ。荷物も多いんだ」
「でも」
言う僕の肩を叩いたのは、杏奈ちゃんだった。
彼女は笑って、頷く。
「東さんの言うとおりですよ、早く行きましょう」
何も、言い返せなかった。
彼女はまた、東さんを見る。
そして、深くお辞儀をした。
「東さん、長い間お世話になりました。東さんのところに預けてもらえて、よかったです」
彼女は、はにかんだ。
「そういうのはよせ、恥ずかしい」
ぶっきらぼうに言う東さん。
この2人を見ていると、彼らがまた明日も一緒にいるのではないかと思ってしまう。
なんとなくまた、取り残されている気分もした。
でも、悪くない。
「……大人になったら、また帰ってきてもいいですか?」
その時、僕は初めて気付く。
彼女らには、端から別れの挨拶をする気などなかったのだ。
「帰ってきたいなら、いつでも好きにしな。逃げ出してきたら、かくまってやる」
彼は笑い、親指を立てる。
杏奈ちゃんはしばらくけらけらと笑って、それから東さんと同じように親指を立てた。
「大人になるまでは、いい子にしてます。じゃあ――東さん、いってきます」
どこか震えた声で言う彼女は、一度笑ってからきびすを返し、船の方へ行ってしまった。
「じゃあ、東さん。お元気で」
僕もそれを追い、船へと向かう。
北部の協会支部にもよろしく、という声が聞こえた。
現地に着いたら、寄ってみるのもいいかもしれない。
どこに在るかわからないから、圭くんにでも聞いて、杏奈ちゃんと行ってみよう。
そんなことを考えながら歩いて、杏奈ちゃんに追いつく頃には、すでに乗船口は目の前だった。
僕は協会に手配してもらった2人分の乗船券を取り出して、片方を杏奈ちゃんに渡そうとした。
「杏奈ちゃん、はい」
返事はない。
立ち止まった彼女の顔をのぞき込むのは、火の中に入るよりも怖かった。
予想は、地面に落ちた雫で確信に変わる。
それまで聞こえていた船の音や周りの声といった雑音は全て消え失せて、
僕に聞こえているのは、彼女のすすり泣く音だけとなった。
「――あれ、こんなつもりじゃ……なかったのに」
大人らしさを装う彼女の頭を、東さんのするように撫でてみる。
僕は彼より身長も、手の大きさも、何もかもが足らないけれど、これからの彼女にとっての、東さんのような存在になれるように、なんて。
「僕じゃ、東さんにかないっこないか」
嘲笑して言うと、彼女は首を横に振る。
手のひらで涙を拭いながら、上を向く。
「民人さんは、民人さんでいいんです」
少しだけ濡れた目元を緩めて、僕に笑った。
「ごめんなさい、いきなり民人さんを困らせちゃって。乗船券、ありがとうございます」
「気にしないで。さあ、空いてるうちに行こう……歩ける?」
彼女は、はい、と頷いて、僕の隣を歩く。
やはり、何を言っても結局はつらかったのだ。
受付の男性に乗船券を渡すと、それと引き換えにカギと、タグを数個貰った。
カギは船内の部屋のもので、タグにはカギと同じ数字が書いてある。
このタグに名前を書いて、荷物に付ける。
それから荷物を受付に渡すと、別ルートから部屋まで運んでくれる。
「すごい……」
手際のよい受付の流れに、杏奈ちゃんは目を輝かせた。
「僕等はあと、船に乗るだけだ。一度部屋に行って、避難経路でも確認しようか」
彼女は大きく頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる