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約束とはじまりの記憶
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しおりを挟む船内は綺麗だった。
この時期でも気温の低い北部へと向かう船は、特にこの時期に多くなる。
人々は、暑さをしのぎに北を目指す。
北部自体に留まる人は少なく、北部で一度船をおりて、別の経路で他の北側の地方へと向かうのだ。
船が多くなっているからか、予想外に人は少なかった。
おかげで、出発前でも慌ただしくなることはなかった。
目的地へは、案外早くたどり着いた。
白いドアに、黒字で3桁の番号が記されている。
「意外と入り口から近いんだね。右側が僕で、ここが杏奈ちゃん。番号を覚えとくと便利かも」
杏奈ちゃんと解散して、自分の部屋に入る。
すぐにさらっと避難経路を確認して、隣の杏奈ちゃんの部屋に行った。
彼女の部屋は僕のと左右対称で、左側にベッドが配置されていた。
「民人さん、確認終わりました」
「じゃあ、外に行かない? もしかしたら、東さんが見送ってくれるかも」
彼女は少し戸惑ったが、すぐに無邪気に笑った。
「――はい」
もう一度戻る頃には、きっと荷物が届いているだろう。
デッキは運の良いことに、僕等の部屋のすぐ近くのようだ。
地図を片手に、無言で何回か門を曲がると、あっという間に出ることができた。
何も考えずに上ってきた階段は案外多かったらしく、随分と高い位置に僕らはいた。
「わあ……」
杏奈ちゃんは身を乗り出さんばかりに頑丈なフェンスに寄りかかる。
まわりを見渡すと、同じようにしている人が既に何人かいた。
ある人は写真を撮り、ある人はただ風景を眺めている。
またある人は下に向かって何かを叫んでいた。
下を見ると、ヒトがたくさんいて、彼らの全てがこちらを見ていた。
皆、乗船客の知り合いだろう。
僕も必死で、見知った顔を探そうとする。
しかし、如何せん殆どが黒髪の人間で、距離があるために視力が少し弱い僕にはヒトの顔の見分けがほとんどつかなかった。
「眼鏡を持ってくるんだった」
そう言ってため息をつく僕の隣では、杏奈ちゃんが黙々と探している。
しばらくすると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「ほら、あそこの、一番後ろの人です」
僕にそれだけ言って、彼女は夢中で手を振る。
「一番後ろ……」
僕らを見送る群集の後方を見る。
わらわらと集まった人々から少しはずれた位置に、ひとり、たたずむ人がいた。
彼が、おそらく東さんだ。
ぼやけてあまり見えないが、なんとなく彼がどんな表情をしているかは想像できた。
「東さん、ありがとうございました!」
僕も彼に向かい、大きく手を振る。
その彼は、すぐに僕たちを見つけてくれた。
そして小さく、手をふり返した。
「民人さん、見えますか。東さんったらすごく照れてるみたいです」
杏奈ちゃんはおかしそうに笑う。
「本当に? 僕も見たかった」
「……2人でまたここに来たら、見れるんじゃないですか?」
そして、僕の方を見て破顔した。
「うん、そうだね」
潮風は心地よかった。
手をふりながら頬を撫でる風を楽しんでいると、胸に響くような汽笛の音が響き渡った。
出航の時間だ。
ゆっくりと、本当にゆっくりと動き始めた。
見送りの声は、一層大きくなる。
それに負けないように、さようならと叫んだ。
彼の姿が認識できなくなるまで、2人で手を降り続けた。
さようなら、南西部。
そして……いざ、北部へ。
デッキからは、だんだんと人がいなくなっていった。
「僕たちも、そろそろ戻ろうか」
「はい」
出航する前よりもずっと清々しい顔をして、彼女は笑った。
だから、彼女にかけるために準備しておいた言葉は、僕の中にしまっておくことにした。
そして、そのかわりに。
「これから、しばらくよろしくね。杏奈ちゃん」
「……はい」
その返事を聞いてから、僕は自分の銀色の髪を少し気にする。
これから一体何が起こるのか。
中央で、何があったのか。
大助はどこにいるのか、なにをしているのか。
そして恐らく――杏奈ちゃんと千菜様が会うのは、もうしばらく後の話になるだろう。
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