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約束とはじまりの記憶
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部屋に戻ると、机に手紙が置いてあるのを見つけた。
名前は書いてないけれど、文字で恵さんだとすぐにわかった。
「忙しいのかな、直接言いに来ないなんて」
ぶつぶつ呟きながら手紙を開けると、流れるような綺麗な字で一言、『暇ができたら部屋に来て下さい』とだけ書かれていた。
「なんだろう、呼び出すなんて」
どうせ雑用かな、なんて思いながら、再び部屋を出る。
恵さんの部屋は、圭くんの部屋より遠くて面倒だ。
のこのこと歩いて恵さんの部屋へ向かう。
特に考えなくても、身体が勝手に恵さんの部屋へ動いていた。
広い広い敷地内はもう、自分の家みたいにわかっている。
漸く彼女の部屋のある階にたどりつくと、部屋の前の壁にもたれ掛かる恵さんが見えた。
「意外と早かったわね、民人」
「どうしたんですか?話なんて」
彼女は笑い、部屋のドアを開けた。
「外で話もなんだから入って。作戦会議よ」
「はあ……」
相変わらずシックで清潔感のある部屋には、コーヒーのいい香りが立ち込めていた。
「ちょっと準備するから、テーブルの所に座っておいて」
「わかりました」
言われたとおり、綺麗に片付いたテーブルの前に腰掛けた。
最後にこの部屋に入ったのはいつだったろう。
彼女の婚約が決まってからは、避けていた気がする。
何も変わっていないことに、なぜか安心していた。
しばらくそんなことを考えていると、恵さんがコーヒーをもってきてくれた。
そして、僕の真向かいに座る。
「久しぶりなのに、全くそんな気がしないわ」
「……そうですね」
彼女は少し、口をつける。
「部屋も民人も、あまり変わってないから」
そう言ってから、僕をまじまじと見つめる。
「でも少し、しっかりしてきたかしら?」
「はあ……」
「あなたも仕事見つけて、働いたら?」
「無理ですよ……圭くんが許してくれない」
コーヒーのいい香りが鼻を抜ける。
「まだ駄目だって?」
「まだも何も、一生許さない勢いですよ。ここで働きたいって言っても駄目」
僕が何をしたって言うのか。
「こっそりやっちゃったら?」
「……それも駄目でした。何故か全部、行動が筒抜けで」
「彼も過保護ね」
過保護っていうか、嫌がらせじゃないか。
「理由はあるんだろうけど……」
「知りたくないの?」
「知ったところで……」
「まあ、自由はきくし……貴方の好きな研究所にも行けるし、いいんじゃないの?」
いつのまにか彼女は、コーヒーを一杯飲み終えていた。
「そうですけど……」
「金に困ってるわけでもなしに」
宥めるような、彼女の優しい声。
「僕だって、皆のために何かしたい」
「……プっ」
真剣に言っているのに、彼女は何故か、おかしそうに笑う。
「な、なんで笑うんですかっ!」
「だって貴方……今まで何してたのよ」
「何って」
先程とは打って変わって、優しい表情。
「稼ぐだけが仕事じゃないわ。私だってなんだかんだで、契約以上の仕事してるもの」
「恵さん……」
大助の保護者も、杏奈ちゃんを迎えに行くことも……時間に余裕がある僕だから、出来たことなのかもしれない。
そう、思った。
「圭介くんにも考えがあるのよ。きっとあなたにやってほしいことがあるんだわ」
「そう、かな」
「気楽に考えなさい」
そう言って、彼女は微笑む。
コーヒーが喉を通る度、染み渡るように、身体が温かくなる。
「民人、本題にうつってもいいかしら」
本題――作戦会議、のことだ。
「わかってますよ、杏奈ちゃんの歓迎会でしょ?」
彼女は目を細める。
「よくわかってるじゃないの」
彼女はよくパーティーを催す。
僕が此処に来たときも、圭くんが次期当主に決まった時も、大助の大学が決まったときも、本人には内緒で計画を練っていた。
「杏奈ちゃん、喜んでくれるといいですね」
従業員の人も研究所の人もみんな集めて、親睦を深める意味もあるみたいだった。
「民人も久々に帰ってきたし、それも含めてね」
「悪いですね、なんか」
「日にちはどのくらいがいいかしら」
どうせなら、皆揃っていて欲しいと思う。
せっかくのパーティーなんだから。
「大助に北部へ来てもらってからじゃ、遅いですか? 圭くんが長くて一ヶ月で片が付くって言ってましたけど」
「一ヶ月ねえ――そのくらいが丁度いいかしら。杏奈さんも落ち着くでしょう」
「それじゃ、ゆっくり計画できますね」
「そうね。とっておきのパーティーにしましょ」
空になったコーヒーカップを、流しに持っていく。
「料理とかお菓子とか、僕も作りたいです」
「一緒に料理なんて久しぶりね。少しは上達した?」
「一日三食作ってますから」
思えば最初に料理を教えてくれたのも恵さんだった。
今みたいにパーティーの準備をしていて、人手が足りないからっていろいろ手伝いをした時だった……気がする。
久々の北部だ。
僕にとってはここが実家で、みんなは家族みたいなものだ。
だから、大助が帰ってきてから、いつもみたいに皆で楽しく過ごしたかった。
「それじゃ、詳しいことを決めたらまた話すわ。圭介くんと杏奈さんの話してきたんでしょう? 決まったこととか、ちゃんと杏奈さんに話してあげなさいね」
「はい。じゃ、これで失礼しますね」
名前は書いてないけれど、文字で恵さんだとすぐにわかった。
「忙しいのかな、直接言いに来ないなんて」
ぶつぶつ呟きながら手紙を開けると、流れるような綺麗な字で一言、『暇ができたら部屋に来て下さい』とだけ書かれていた。
「なんだろう、呼び出すなんて」
どうせ雑用かな、なんて思いながら、再び部屋を出る。
恵さんの部屋は、圭くんの部屋より遠くて面倒だ。
のこのこと歩いて恵さんの部屋へ向かう。
特に考えなくても、身体が勝手に恵さんの部屋へ動いていた。
広い広い敷地内はもう、自分の家みたいにわかっている。
漸く彼女の部屋のある階にたどりつくと、部屋の前の壁にもたれ掛かる恵さんが見えた。
「意外と早かったわね、民人」
「どうしたんですか?話なんて」
彼女は笑い、部屋のドアを開けた。
「外で話もなんだから入って。作戦会議よ」
「はあ……」
相変わらずシックで清潔感のある部屋には、コーヒーのいい香りが立ち込めていた。
「ちょっと準備するから、テーブルの所に座っておいて」
「わかりました」
言われたとおり、綺麗に片付いたテーブルの前に腰掛けた。
最後にこの部屋に入ったのはいつだったろう。
彼女の婚約が決まってからは、避けていた気がする。
何も変わっていないことに、なぜか安心していた。
しばらくそんなことを考えていると、恵さんがコーヒーをもってきてくれた。
そして、僕の真向かいに座る。
「久しぶりなのに、全くそんな気がしないわ」
「……そうですね」
彼女は少し、口をつける。
「部屋も民人も、あまり変わってないから」
そう言ってから、僕をまじまじと見つめる。
「でも少し、しっかりしてきたかしら?」
「はあ……」
「あなたも仕事見つけて、働いたら?」
「無理ですよ……圭くんが許してくれない」
コーヒーのいい香りが鼻を抜ける。
「まだ駄目だって?」
「まだも何も、一生許さない勢いですよ。ここで働きたいって言っても駄目」
僕が何をしたって言うのか。
「こっそりやっちゃったら?」
「……それも駄目でした。何故か全部、行動が筒抜けで」
「彼も過保護ね」
過保護っていうか、嫌がらせじゃないか。
「理由はあるんだろうけど……」
「知りたくないの?」
「知ったところで……」
「まあ、自由はきくし……貴方の好きな研究所にも行けるし、いいんじゃないの?」
いつのまにか彼女は、コーヒーを一杯飲み終えていた。
「そうですけど……」
「金に困ってるわけでもなしに」
宥めるような、彼女の優しい声。
「僕だって、皆のために何かしたい」
「……プっ」
真剣に言っているのに、彼女は何故か、おかしそうに笑う。
「な、なんで笑うんですかっ!」
「だって貴方……今まで何してたのよ」
「何って」
先程とは打って変わって、優しい表情。
「稼ぐだけが仕事じゃないわ。私だってなんだかんだで、契約以上の仕事してるもの」
「恵さん……」
大助の保護者も、杏奈ちゃんを迎えに行くことも……時間に余裕がある僕だから、出来たことなのかもしれない。
そう、思った。
「圭介くんにも考えがあるのよ。きっとあなたにやってほしいことがあるんだわ」
「そう、かな」
「気楽に考えなさい」
そう言って、彼女は微笑む。
コーヒーが喉を通る度、染み渡るように、身体が温かくなる。
「民人、本題にうつってもいいかしら」
本題――作戦会議、のことだ。
「わかってますよ、杏奈ちゃんの歓迎会でしょ?」
彼女は目を細める。
「よくわかってるじゃないの」
彼女はよくパーティーを催す。
僕が此処に来たときも、圭くんが次期当主に決まった時も、大助の大学が決まったときも、本人には内緒で計画を練っていた。
「杏奈ちゃん、喜んでくれるといいですね」
従業員の人も研究所の人もみんな集めて、親睦を深める意味もあるみたいだった。
「民人も久々に帰ってきたし、それも含めてね」
「悪いですね、なんか」
「日にちはどのくらいがいいかしら」
どうせなら、皆揃っていて欲しいと思う。
せっかくのパーティーなんだから。
「大助に北部へ来てもらってからじゃ、遅いですか? 圭くんが長くて一ヶ月で片が付くって言ってましたけど」
「一ヶ月ねえ――そのくらいが丁度いいかしら。杏奈さんも落ち着くでしょう」
「それじゃ、ゆっくり計画できますね」
「そうね。とっておきのパーティーにしましょ」
空になったコーヒーカップを、流しに持っていく。
「料理とかお菓子とか、僕も作りたいです」
「一緒に料理なんて久しぶりね。少しは上達した?」
「一日三食作ってますから」
思えば最初に料理を教えてくれたのも恵さんだった。
今みたいにパーティーの準備をしていて、人手が足りないからっていろいろ手伝いをした時だった……気がする。
久々の北部だ。
僕にとってはここが実家で、みんなは家族みたいなものだ。
だから、大助が帰ってきてから、いつもみたいに皆で楽しく過ごしたかった。
「それじゃ、詳しいことを決めたらまた話すわ。圭介くんと杏奈さんの話してきたんでしょう? 決まったこととか、ちゃんと杏奈さんに話してあげなさいね」
「はい。じゃ、これで失礼しますね」
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