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約束とはじまりの記憶
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◆◇◆◇
僕の怪我が治って、リハビリが漸く終わった頃。
いつものように夕飯を食べに食堂へ向かうと、そこにはいつもとは別の光景が広がっていた。
綺麗な模様のテーブルクロス。
いつもより少し、豪華な食器。
僕の正面、部屋の奥には服を正した従業員の人達が真っ直ぐに整列していて。
中央には、――ぼんやりとしか見えないけど――恵さんと、大助たちがいた。
「これは……」
状況が飲み込めないながらも、顔が見えない距離なので、皆の方に向かっていく。
一人一人の姿がだいたい見えるようになった頃、大助は旦那様と圭くんに促されて一歩前に出た。
僕が大助と向かい合う形になったときに、彼は照れ臭そうに言う。
「民人君、ようこそ……河闇家へ」
それと同時に、たくさんの拍手が鳴り響く。
「え、っと……あの……」
「今日はあんたの、歓迎パーティーだよ」
いまいちよくわかっていない僕に、大助が耳打ちしてくれた。
「歓迎……?」
「毎回やるんだ。新年度とか、人を迎え入れるときには必ず」
「迎え、入れる」
言葉の反復ばかりで、我ながら情けない。
「言ったろ? 好きなだけいればいいんだ」
はしゃぐように言う大助。
僕の目の前にいる人達は、みんな微笑んでくれる。
恵さんが手を叩いて、全員に聞かせた。
「さあ、今日は民人の歓迎ついでに親交も深めて……思い切り、たのしんでください!」
その言葉の後、大きな拍手とともに、全員が動き出した。
料理を手にとる人、飲み物を調達する人、様々だった。
僕も大助に連れられて、料理を取りに行く。
此処には本当にいろんな人達がいた。
メイドさん、庭師さん、科学者、研究室の学生さん……。
職業に関係なくみんな和気あいあいとしていて、笑い声が絶えなかった。
「本当に、楽しそう」
僕がぽつりともらした言葉を、大助はしっかり拾っていた。
「あんたも、すぐに馴染めるよ」
「早くみなさんと仲良くできたら、いいな……」
「おう。民人君なら楽勝だよ」
そんな心配をしていたけど……近くに行けば、大助の言った通りみんな気さくに話し掛けてくれて。
研究所の人達には、いつでも見学に来てくれていい、なんて言ってもらえて。
僕は幸せだと、純粋に思えた。
パーティーは、テーブルの料理がほとんどなくなった所でお開きになった。
旦那様から解散の旨が伝えられると、部屋にもどっていったり、その場で話し続けたり、みんなは気の向くままに行動していた。
僕は未成年だからお酒は飲めなかったけど、それはもう最後の最後まで飲みまくってふらふらになっている人もちらほらいた(明日の仕事は大丈夫なのかな)。
「民人さん、あなたの歓迎会なのに後片付けだなんて。お部屋でゆっくりお休みください」
僕がテーブルの上の皿を片付けていると、近くにいたメイドさんがどこか焦ったように言う。
「大丈夫ですよ、遠慮しないでください」
「そこは遠慮しろって、民人君。彼女らの仕事がなくなっちゃう」
僕の言葉に、正面で同じように食器を片付ける大助が突っ込む。
「大助様も、遠慮なさってください……」
隣の彼女はため息混じりに言った。
「そんな事言ったって、これだけの仕事をあんたたちだけに任せられないよ」
さっきと言ってることが矛盾してる。
しかし大助が笑いかけると、彼女は顔を赤らめて俯いた。
「ほ、ほどほどにしてください……」
大助、こいつ。僕より年下のくせに、悔しいけど……男前だ。
なんだか悲しくなって、逃げるように洗い場へと向かった。
そこで僕は、見慣れた女性と鉢合わせる。
「あら、民人。あなた何してるの」
「何って……片付けですけど」
僕が答えると、彼女――恵さんは、一度驚いたような表情をしてから、
「あなた、大助くんみたいね」
と言って、思い切り笑い始めた。
「そんなに笑わなくても……僕はいたって真面目にやってるのに」
「ああ……ごめんなさい。あなたも変わってるわね。此処がぴったりだわ」
ひとしきり笑ってから、そんなことを言う。
「此処の人……みんないい人で、安心しました。僕も早く馴染みたい」
「もう充分、馴染めてると思うわ。みんなあなたの事、気にいってるみたいだし」
優しい調子で、流れるように紡がれる言葉が、胸に染み込んでいく。
「僕も、皆さんが大好きです」
ここは、居心地がいい。
そして、今は特に。
「大好き、ねえ」
しかし直後、彼女は先程とは全く対照的な、どこか陰りのある声で呟いた。
「……?」
表情は暗い。
今までに見たことのない、僕が知らない彼女の顔。
恵さんとの距離が、急に遠くなった気がした。
「私は――」
彼女は僕には聞こえていないつもりで呟いたのだろう。
でも、聞こえてしまった。
僕だって、聞きたくはなかった。
――私は、あなたの事は好きになれない。
――それは。
「人として、ですか?」
彼女は、は、と口を抑える。
僕だって、聞かないフリは出来たはずなのに、どうしてこんな事きいたたんだろう。
「……何も、聞かなかったことにして」
彼女はそう言ったきり、俯いて何も言わなくなってしまった。
「恵さん……また、明日」
だから僕は、彼女のことを考えてその場所を後にした。
どういう意味であれ、少なからず頼っていた人に、好きになれないと言われてしまった。
それはとてもショックで、……でも、心のどこかでは思ってしまっていたんだ。
もっと、彼女に近づきたいと。
僕の怪我が治って、リハビリが漸く終わった頃。
いつものように夕飯を食べに食堂へ向かうと、そこにはいつもとは別の光景が広がっていた。
綺麗な模様のテーブルクロス。
いつもより少し、豪華な食器。
僕の正面、部屋の奥には服を正した従業員の人達が真っ直ぐに整列していて。
中央には、――ぼんやりとしか見えないけど――恵さんと、大助たちがいた。
「これは……」
状況が飲み込めないながらも、顔が見えない距離なので、皆の方に向かっていく。
一人一人の姿がだいたい見えるようになった頃、大助は旦那様と圭くんに促されて一歩前に出た。
僕が大助と向かい合う形になったときに、彼は照れ臭そうに言う。
「民人君、ようこそ……河闇家へ」
それと同時に、たくさんの拍手が鳴り響く。
「え、っと……あの……」
「今日はあんたの、歓迎パーティーだよ」
いまいちよくわかっていない僕に、大助が耳打ちしてくれた。
「歓迎……?」
「毎回やるんだ。新年度とか、人を迎え入れるときには必ず」
「迎え、入れる」
言葉の反復ばかりで、我ながら情けない。
「言ったろ? 好きなだけいればいいんだ」
はしゃぐように言う大助。
僕の目の前にいる人達は、みんな微笑んでくれる。
恵さんが手を叩いて、全員に聞かせた。
「さあ、今日は民人の歓迎ついでに親交も深めて……思い切り、たのしんでください!」
その言葉の後、大きな拍手とともに、全員が動き出した。
料理を手にとる人、飲み物を調達する人、様々だった。
僕も大助に連れられて、料理を取りに行く。
此処には本当にいろんな人達がいた。
メイドさん、庭師さん、科学者、研究室の学生さん……。
職業に関係なくみんな和気あいあいとしていて、笑い声が絶えなかった。
「本当に、楽しそう」
僕がぽつりともらした言葉を、大助はしっかり拾っていた。
「あんたも、すぐに馴染めるよ」
「早くみなさんと仲良くできたら、いいな……」
「おう。民人君なら楽勝だよ」
そんな心配をしていたけど……近くに行けば、大助の言った通りみんな気さくに話し掛けてくれて。
研究所の人達には、いつでも見学に来てくれていい、なんて言ってもらえて。
僕は幸せだと、純粋に思えた。
パーティーは、テーブルの料理がほとんどなくなった所でお開きになった。
旦那様から解散の旨が伝えられると、部屋にもどっていったり、その場で話し続けたり、みんなは気の向くままに行動していた。
僕は未成年だからお酒は飲めなかったけど、それはもう最後の最後まで飲みまくってふらふらになっている人もちらほらいた(明日の仕事は大丈夫なのかな)。
「民人さん、あなたの歓迎会なのに後片付けだなんて。お部屋でゆっくりお休みください」
僕がテーブルの上の皿を片付けていると、近くにいたメイドさんがどこか焦ったように言う。
「大丈夫ですよ、遠慮しないでください」
「そこは遠慮しろって、民人君。彼女らの仕事がなくなっちゃう」
僕の言葉に、正面で同じように食器を片付ける大助が突っ込む。
「大助様も、遠慮なさってください……」
隣の彼女はため息混じりに言った。
「そんな事言ったって、これだけの仕事をあんたたちだけに任せられないよ」
さっきと言ってることが矛盾してる。
しかし大助が笑いかけると、彼女は顔を赤らめて俯いた。
「ほ、ほどほどにしてください……」
大助、こいつ。僕より年下のくせに、悔しいけど……男前だ。
なんだか悲しくなって、逃げるように洗い場へと向かった。
そこで僕は、見慣れた女性と鉢合わせる。
「あら、民人。あなた何してるの」
「何って……片付けですけど」
僕が答えると、彼女――恵さんは、一度驚いたような表情をしてから、
「あなた、大助くんみたいね」
と言って、思い切り笑い始めた。
「そんなに笑わなくても……僕はいたって真面目にやってるのに」
「ああ……ごめんなさい。あなたも変わってるわね。此処がぴったりだわ」
ひとしきり笑ってから、そんなことを言う。
「此処の人……みんないい人で、安心しました。僕も早く馴染みたい」
「もう充分、馴染めてると思うわ。みんなあなたの事、気にいってるみたいだし」
優しい調子で、流れるように紡がれる言葉が、胸に染み込んでいく。
「僕も、皆さんが大好きです」
ここは、居心地がいい。
そして、今は特に。
「大好き、ねえ」
しかし直後、彼女は先程とは全く対照的な、どこか陰りのある声で呟いた。
「……?」
表情は暗い。
今までに見たことのない、僕が知らない彼女の顔。
恵さんとの距離が、急に遠くなった気がした。
「私は――」
彼女は僕には聞こえていないつもりで呟いたのだろう。
でも、聞こえてしまった。
僕だって、聞きたくはなかった。
――私は、あなたの事は好きになれない。
――それは。
「人として、ですか?」
彼女は、は、と口を抑える。
僕だって、聞かないフリは出来たはずなのに、どうしてこんな事きいたたんだろう。
「……何も、聞かなかったことにして」
彼女はそう言ったきり、俯いて何も言わなくなってしまった。
「恵さん……また、明日」
だから僕は、彼女のことを考えてその場所を後にした。
どういう意味であれ、少なからず頼っていた人に、好きになれないと言われてしまった。
それはとてもショックで、……でも、心のどこかでは思ってしまっていたんだ。
もっと、彼女に近づきたいと。
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