すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

文字の大きさ
37 / 45
約束とはじまりの記憶

36

しおりを挟む
「おにーさん、こんなところで何してるの」


「……!?」


立ち上がろうとしたときに突然そう呼び掛けられて、驚いた僕はその場に尻餅をついた。


「ああっ、大丈夫かよ」


慌てて駆け寄る大助と、けたけた笑いながら僕らを見る圭くん。


「おにーさんごめんなさい、予想外にびっくりさせちゃったみたいで」


「あはは、ごめん。気付かなくて……」


そのまま笑い続ける圭くんを尻目に、大助はしゃがんで僕と目線を合わせた。


「顔も赤いし、こんなところで座り込んで……具合悪いのか? だったら部屋に……」


「い、いや……大丈夫だよ」


僕は一度深呼吸をしてから、もう一度立ち上がった。


「本当か?」


大助は僕に怪訝な表情を向けるが、後ろから圭くんが、


「誰かから逃げてきたって感じだけど?」


と、うっすらにやけながら言った。


間違ってない。


……なんでわかるんだろう。


「まさか、不審者でもいたのか?」


「いや、それならさすがに誰かに伝えてるよ……」






まだ納得してくれていなさそうな大助の肩を、圭くんがぽん、と叩く。


「兄さん、そんなに心配しなくても。この人にだって秘密にしたいこともあるんだから」


「……そうだな。困った事があれば、言ってくれよ」


「うん。その時はよろしく」


とりあえず、圭くんのお陰で逃げ切れた。




……急いでるのか、何か企んでるのかは別として。




どうやら諦めてくれたらしい大助は、思い出したように話を変えた。


だが、それもとんでもなく厄介なことだった。


「そうだ民人君。俺達これから食堂の手伝い行くんだけど、あんたはなにか仕事あるの?」


「……は? なんでお前が!?」


手伝いって、大助はゲストじゃん!


僕は圭くんを睨みつける。


彼は少し舌を出してウインクをした。


「当たり前だろ、俺は長男なんだから」


「そういう事じゃなくて……」


どうやら大助は少しズレたところが気に入らなかったらしい。


「そ……それで、おにーさんは用事なの?」


圭くんが後ろから、珍しく控えめな態度で言った。




「ああ、僕も30分くらい食堂の手伝いに行く予定だったけど……」


話はあとからしっかり圭くんに聞くことにして、僕は会話を続ける。


「なら丁度いいから、一緒に行こうぜ!」


大助はひとり上機嫌で、先に近くの階段を下りていく。


それを見てから、僕は圭くんに視線を移した。


彼は両手を合わせて、


「ごめん、言ったわけじゃないんだけど……兄さんにお嬢さんの歓迎会のこと聞かれたから、隠せなくて……」


その謝罪がわりと本気だったみたいで、僕はため息をついた。


「……圭くんは悪くないね」


大助が鋭すぎただけみたいだ。


とりあえず、クッキーの事くらいは黙っておこうと思った。


「あれ、あんた達どうしたんだ? 早く行こうぜ」


階段から、僕等を呼ぶ声が聞こえた。


「あ……とりあえず行こうか、圭くん」


「そうですね」


顔を見合わせてから、二人で大助の後を追う。


「圭くん、さっきはありがとう」


彼はきょとん、としてから、いつもの得意げな笑みを浮かべた。






「……ああ。おにーさん、女の人と何かあったんでしょ」


「……えっ!? そ、そんなんじゃないよ!」


彼は心の底から愉しそうに笑う。


「ほんと、わかりやすいですね。ちょっと言ってみただけなのに」


そう言ってから、大助に駆け寄って、隣に並んだ。




「そんなにわかりやすいかなあ」


心臓に悪いじゃないか。


でも、否定しきれなかったのがどこか虚しかった。


女性と、何かあったと……僕はどこかでやっぱりそう思ってるんだ。


「せっかくのパーティーなのに」


なんだか気分が浮かない。


大助達の後ろを歩きながら、僕はぶつぶつと独り言をつぶやいていた。














飾り付けも終わり、無事にクッキーも焼き上がった。


恵さんは何もなかったみたいに接してくれたから、僕も特に気にせず行動できた。


「よし、準備万端ね! さあ民人、杏奈ちゃんを呼んできてちょうだい。圭介くん達は旦那様方をよろしく」


恵さんの言葉で、僕らは動き出す。


再び会場に戻ってきたら、パーティーの始まりだ。




「できるだけ普通に装うのよ、民人」


「は、はい……頑張ります!」


恵さんに見送られて、僕も気合いが入った。




「おにーさん、もしかしなくても相手は恵さんですね?」


会場を出てしばらくしたところで、圭くんは突然そんな事を言う。


……やっぱり、不自然だった?


「あ……、あんまり変なこと、想像しないでよ」


「まあ、変なことはなかったでしょうね」


なんておかしそうに笑いながら、僕の横を歩く。


……ほんとにこの子は、大助と血が繋がってるのか。


それとも上が大助だから、こんなふうになったのか。


「圭くんにからかわれるのには慣れないよ」


僕はつい、ため息まじりにそんな言葉をはいた。


「いいこと教えてあげましょうか、おにーさん」


「へ?」


彼はそのままの調子で、僕の耳に口を近づける。


「あなたが北部に来るって聞いてから、恵さんしばらく上機嫌だったんですよ」


その言葉に、心臓が跳ねる。


「まさか……何か別の理由があるんだよ」


圭くんは満足そうに目を細めた。


「まあ、どう思うかはあなたの自由でしょう。それではまた」






何個目かの曲がり角で、とうとう僕らの行き先は別れた。


左に曲がる彼等を見送って、僕は真っ直ぐ歩いていく。


――圭くんといると寿命が縮みそうだ。


そこがちょっとだけ、苦手だったりする。










それから一人でふらふらと歩いて、杏奈ちゃんの部屋にたどり着いた。


何もないように装って、一緒に食堂に行くんだ。


僕は自分にそう言い聞かせてから、彼女の部屋のドアを叩いた。


「杏奈ちゃん、夕飯の時間だって」


はあい、と元気な返事が聞こえて、ドアが開いた。


杏奈ちゃんはにっこりと、可愛らしく笑って、


「ありがとうございます、民人さん」


と言って、僕の横に並ぶ。


「行こうか」


「はい」


彼女がここに来て一ヶ月。


環境に加えて、気温の差もあったから心配していたけれど、体調を崩す事もなく無事に過ごせていた。


「もう慣れたかな、ここにも」


杏奈ちゃんは、嬉しそうに頷く。


「皆さん優しいから、すっかり甘えっぱなしです」


「よかった。寒くない?」


「このカーディガン、恵さんにもらったんです。あったかくて」


いっそう嬉しそうに笑い、両手を広げてくるりと回る。








可愛らしい桜色のカーディガンは、杏奈ちゃんにとてもよく似合っていた。


「よかったね、杏奈ちゃんにぴったりだよ」


「えへへ」


彼女の明るい性格は、河闇家全体を元気にしている気がした。


「学校の方は、もう決まったの?」


「圭介さんと相談して、春に北部の学校の入学試験を受けることにしました」


「北部かあ、それなら圭くん達も心配ないもんね」


「しばらくここにお世話になっちゃいますけど、お手伝いも頑張ります」


そう言って、敬礼のようなポーズをとった。


「頑張りなよ、みんな支えてくれると思うから」


彼女は、すこし照れたように目を細めた。


「民人さんも、北部にいるんですか?」


ふと、彼女はそんなことを尋ねた。


そういえば、自分でもまったく考えていなかったな、と少し焦る。


「うーん、どうだろう。大助が今年で卒業みたいだから、それまでは中央にいるかも」


まだわからないけどね、と付け加える。


「そうですか、ちょっとさびしいです」


「大丈夫だよ、まわりに人はたくさんいるんだから」


「それは、そうですけど」




「半年なんてすぐだよ」


受け答えをしながら、大助とも話し合わないとな、なんて考える。


気づけばもう食堂の前で、いつものように賑やかな声が、閉じられたずっしりと重たい扉の向こうからあふれていた。


僕はさりげなく彼女より一歩前を歩き、先に扉の前へ立つ。


彼女は少しだけ顔をしかめたので、いつもと違う空気を感じ取ったらしい。


「……まあ、お別れの話なんて後にしようよ、杏奈ちゃん」


ゆっくりとドアを開けば――ずらりと並んだ"身内"が、僕らを出迎える。


口をぽかんと開けて、杏奈ちゃんはしばらくそこに棒立ちになっていた。


まわりをキョロキョロと見渡してから、慌て気味に僕を見る。


「あの、民人さん、これはどういう……」


混乱する彼女の手を取って、そのまま中へと誘う。


並んだ人々の真ん中に立つ兄弟と顔を合わせて笑い合ってから、僕は彼女の手を離して兄弟の真ん中へと割り込んだ。


「えっと……民人、さん……? み、皆さん……?」


「……ブッ」


杏奈ちゃんのがあまりにも動揺しているからか、耐え切れずに大助が噴き出した。


「兄さん、格好悪い」


隣で圭くんが、呆れたように兄を見た。




「あんたたち、真面目にやりなさい」


恵さんが、後ろから僕らをひっぱたく。


……なんで僕まで。


「民人、早く始めなさい」


僕は三人に押されて、よたよたと一歩前に出た。


バランスを整えてから、杏奈ちゃん――必死に笑いをこらえている――を見た。


「杏奈ちゃん」


「は、はい!」


彼女は慌てて気をつけの姿勢をとる。


僕は一度、深呼吸をする。


今度は僕の番だ。


かつて大助が、僕にしてくれたみたいに。


「杏奈ちゃん、ようこそ、河闇家へ」


僕らを囲んで、無数の拍手が鳴り響く。


杏奈ちゃんは口をぱくぱくさせていて、言葉も出ない様子だった。


「君も、僕らの家族だよ」


頭を撫でてやると、僕を見上げて。


それから目に溜まった涙を悟られないようにか、顔を俯けた。


「嬉しい、です。こんなにたくさん、家族が、いたら」


手の平で目を擦り、満面の笑みを僕に向ける。


「よろしくね、杏奈ちゃん」


小さく頷いてから、杏奈ちゃんはぐるりとまわりを見渡す。


「……池沢杏奈です。これからお世話になります。よろしくお願いします!」


深々とお辞儀をする彼女に、もう一度拍手が贈られる。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

処理中です...