すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束と裏切りの刃

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知らないふりをしてきたのは、僕の選択だった。


――僕のこと、知ってるんでしょ?
 
そう訊いてもいつも、大助は否定も肯定もしなかった。


そして、彼が僕を知らないわけがなかった。


きっと、問い詰めれば彼は口を割った。


知っているすべてを話してくれるはずだった。


でも、それができなかった。


だから、知らないままで、知ろうとしないままで今まで生きてきた。


――知りたいなら、自分で探せ。
――でも、友達はお前のために教えてないのかもしれないってこと、忘れるな。


南西部で、過去の僕を知る男性が、そんな事を言っていた。


一度たりとも忘れたことはなかった。


それが、僕を自分の過去から遠ざけていた。


そして同時に、僕を――瀬戸綺羅を知るすべての人から僕自身を遠ざけて、壁をつくっていた。


いつか、壁を取り去らなければいけないことは分かっていた。


そして、そのいつかは今かもしれないということも……。










*****
















部屋で待機していると間もなく、警備の巡回が完了したと連絡が来た。
異常なし、行動の制限が漸く解かれた。
「ごめんなさいね、二人とも。こんなことになっちゃって」
恵さんが苦笑いしながら言った。
「いえ……それより、圭介さんが心配です」
「そうね。3人で見舞いに行きましょうか。ついてらっしゃい」
そう言いつつドアを開けて、僕らを待った。
杏奈ちゃんが、少し恵さんの様子を伺ってから部屋を出る。
恵さんは、ニッコリと笑った。
……杏奈ちゃんも気づいてるみたいだ。
鈍感な僕でもわかった。
合流してからずっと、恵さんの様子がおかしい。
なんか、いつもの余裕がない。
確かに緊急事態だったけれど、彼女はこういうときに動揺するような人じゃない。
こんな彼女を見るのは……久しぶりだった。
あの言葉を、聞いてしまった時のように、
何か、拒絶されているような気がした。
……だから、僕には何も出来なくて、それが悔しかった。
僕らはほとんど無言で歩いた。
途中恵さんが何かを話していたけど、僕は適当に相槌をうっただけで何も覚えていない。
――はじめて、大きな壁を感じた。
大助、そして恵さん……この家の人達との間に。


恵さんに連れられて来たのは、圭くんの私室だった。
初めて、来た気がする。
彼はほとんどの時間を仕事部屋で過ごしていて、寝るときにここを使っているのかもよくわからないくらいだった。
片付けられて、本の他にはほとんど何もない部屋。
大きなベッドに横たわる圭くんのとなりに、大助が座っていた。
「……圭くん」
彼は目覚めていた。
そして、自嘲する。
「あなたにそんな顔向けられるなんて」
吐き捨てるように言う。
「……具合はいかがですか?」
「……お嬢さん、ご心配をおかけしました。大丈夫、貧血みたいなもんですから」
「悪いな、2人とも。手当が早かったおかげでそこまで大事でもないよ。ゆっくり時間かけて治せ」
大助も、すこし安心してるみたいだった。
「……なら、いいんだけど」
「……でも右腕だから、仕事はしばらくムリかも」
ぼそり、と圭くんが言う。
大助が凍りついた。
「やっぱりさっさと治せ」
「まだ兄さんに任せるなんて言ってないよ」
圭くんが口を尖らせた。
元気そうで何よりだ。
「……恵さん」
あたりをぐるりと見渡した大助が、低い声で彼女を呼ぶ。


「なんですか、いきなり」
「しばらく休暇とりませんか。いいんですよ。辛くないですか」
「なんのことよ」
圭くんも大助の言葉を追うように続けた。
「強がる女性は好きですけど、恵さん、無理しないで。今回の一件、精神的にきてるはず」
「……あなたたちほどじゃないもの」
――彼らは、恵さんの不調の理由を知ってる。
追いつけない。
「頭を冷やせって言ってるんです。彼を傷つけたくないでしょう」
単調な、でも、冷たくない言い方。
恵さんが、今日、はじめて僕を見た。
哀しい目だった。
「……一日だけ。その間に気持ちの整理をつけます」
そう言って髪をほどき、彼女は無言で部屋をあとにした。
「……大助」
気づいたら、名前を呼んでいた。
何を訊こうとしてたんだっけ。
何から、訊こうとしたんだっけ。
声が出ない。
先に口を開いたのは、大助だった。
「民人君、ごめん」
つぶやくように言う。
「ずっと、何も言わないままでいる気はなかったんだけど」
少しまゆを下げ、寂しそうに笑った。
「別に、大丈夫だよ。そんなの」
「ごめんな」
窓の外を見て、しばらくしてから言葉を続ける。




「……知りたいか」
何を、なんて野暮なことは訊かなかった。
ただ、大助の眼を見つめた。
「そうだよな」
いつものように、へらっと笑う。
「兄さん、いいの」
圭くんが躊躇いがちに訊いた。
「民人君が望むなら、話すしかない」
でも、と僕の方を見る。
「大丈夫だよ圭くん。僕は大助も圭くんも信じてるんだ」
彼らの出した答えが、きっと僕の迷いに対する答えだ。
「卑怯な口説き文句ですね、おにーさん」
圭くんが茶化すように言う。
大助もつられるように笑い、天井を見上げた。
「わかった、そういう事なら会わせたい人がいる」
「今から?」
このタイミングで?
「もちろん」
正直、予想外の答えだった。
だって、自慢じゃないけど河闇家にいる人で知らない人なんていない。
「今から会える人なんて、せいぜいここの敷地にいる人くらいでしょ? 知らない人なんてーー」
僕は、そこで言葉をとめた。
「今は地下室に閉じ込められてるはずだ、可哀想に。そんな事したってなにも変わらないさ」




「嘘だろ……」
「大丈夫、あなたに危害は加えないはずだから」
平然と、圭くんが笑いながら言う。
「でもそんな、さっき圭介さんに手を出した人と会うなんて……」
経緯を見守っていた杏奈ちゃんが、耐え切れなかったのか口を挟んだ。
「杏奈ちゃん……」
「おにーさんの事が心配なのはわかるけど、お嬢さん。もし彼と翠を会わせる事に心配があるなら、多分おにーさんが精神的にどうにかなっちゃうことだよ」
僕は、その言葉に息を呑んだ。
「民人さんが……?」
「その、翠って人と僕にはなんの関係があるの?」
僕もつい焦ってしまう。
「会えばわかるさ」
「会えばって……」
彼らの言い方には一抹の不安が残る。
何か、まだお茶をにごすような言い方。
「……でも、たしかに心配だな」
呑気な声で、大助が言う。
「……杏奈ちゃん」
そして、杏奈ちゃんを呼びつけた。
「は、はい」
「民人君のこと気にしてくれるなら、頼むけど、民人君についていってくれないか」
「私が、ですか?」
急な提案だったし、何よりしっくりこない。
それは杏奈ちゃんも一緒だったみたいで、きょとんとして大助の顔を見ていた。
「民人君に危害が及ぶ心配は全くないんだ。代わりに、精神状態の心配がある。今ここにいる中で民人君の支えになれるのは、杏奈ちゃんだけなんだ」
頼む、と大助が両手を合わせた。
「私が、民人さんを支える……?」
「嫌なら来る必要は無いんだ、杏奈ちゃんが決めていいんだよ」
考え込んでしまった杏奈ちゃんに声をかけたが、彼女はぱっと僕を見上げて、首を横に振った。
「いいえ、民人さんがよかったら私も連れていってくれませんか? 私も、力になりたいです」
そう言ってニッコリ笑う彼女は、もはや僕には止められないきがした。
彼女になんの心境の変化があったかは知れないが、その表情には強い決意が滲み出ていた。
「大助、杏奈ちゃんは危なくないんだよな?」
僕はもう一度、大助に訊いた。
「ああ、絶対大丈夫だ。……ごめんな杏奈ちゃん。民人君、こう見えてカッとなると何するかわからないから、杏奈ちゃんに止めて欲しいんだ」
「任せてください、大助さん。民人さんは私が守りますから」
「それは頼もしいな、よろしく」
大助はいつもみたいに明るく笑った。
なんていうか、僕は情けない。
大助が言っているのは決して嘘じゃなかった。
頭に血が上ると自分でも何を言い出すかわからないし、言ったときのことを覚えてないことさえある。
せめて、杏奈ちゃんに迷惑をかけないようにしないと。
「それじゃ、おにーさんもお嬢さんも、気をつけて」
圭くんと大助 に見送られ、僕らは地下室へと向かう。


大助が僕に会わせたいと言った、圭くんを襲った少女。
いったい、僕とどんな関係があるのか。


  
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