すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束とはじまりの記憶

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◆◇◆


考えてみれば僕は、大助の事を知ってるようで、実はあまり知らない。
知っているのは圭くんや恵さん達から聞いた話と、彼の好きな食べ物くらいで、
彼等が把握していない大助の秘密や、大助の交友関係はほとんど知らない。
というのも彼はあまり自分のことを話したがらないし、自分の欲求は後回しにしがちな部分があって、いろいろ自分の中に溜め込む性格だからだ。
そのくせ他人の悩みゃ不安には人一倍敏感で、ごまかしが利かない。
そんなんだから結局なんでも頼りっぱなしで、本人はそれでいいのかもしれないけれど、僕からしてみれば複雑な気持ちだ。


「僕が頼りないからいけないの?」
パーティーの翌朝、いまいち心地好く眠れなかった僕は、サリさんの作った銃を使えそうな場所を探しつつ散歩して気分転換することにした。
でも、頭の中の半分以上が、昨日の大助とのやりとりのことで占められていた。
「そりゃ確かに頼りないだろうけどさ、話してくれたら何か力になれるかもしれないじゃん」
そんなことをぶつぶつ言いながら、圭くんが選んだ植物であふれる中庭ふらふら歩いていた。
正直迷路みたいで、いつも抜け出せるかどうか心配になる。


「あれ」
ふと回りを見たとき、少し高めの木がならべて植えられた向こう側で、杏奈ちゃんがしゃがんでいるのを見つけた。
「どうしたの、杏奈ちゃん」
「……民人、さん?」
彼女は息を切らして、驚いたように言った。
「ど、どうしたの? 具合悪いの?」
「じゃあさっき見たのは……」
「どういうこと?」
見るからに混乱している彼女を立たせて、落ち着かせる。
「民人さんが来たのと逆の方に、民人さんみたいな人が走っていくのを見たんです」
「それで、追いかけたの?」
彼女は頷いてから、は、と僕を見上げ、泣きそうな顔になった。
「……民人、さん」
「杏奈ちゃん本当にどうしたの? 落ち着いて」
「ごめんなさい、民人さん……」
そのまま泣き崩れ、ごめんなさい、と僕に謝り続ける杏奈ちゃん。
理由がちっともわからなかった。
それにしても、彼女が見たのは一体誰だったんだ。
そんなことを考えながら杏奈ちゃんを必死に宥めている時、ポケットの中で携帯電話が震え出した。
取り出して見てみると、相手は大助だった。


「なんだってこんなときに電話なんだ……」
そんなことをぶつぶつ言いながら、携帯を開く。
「もしもし、大…」
「今どこだ?」


珍しく切羽詰まった声。
「中庭だけど……」
「杏奈ちゃん、どこにいるか知らないか」
「今、僕と一緒だけど」
受話器の向こうからため息混じりの安堵の声が聞こえる。
「なら良かった。民人君、そこから動くな」
「え、どうして」
「とにかく動くな! 事情は後で話すから」
普段の大助なら有り得ない強い口調に怯みながら、なにか異常事態が起こっているのだと気付く。
「わかった。秘密はなしだからな」
大助はふ、と笑い、
「わかってる。それじゃ、ミシェルさんが迎えに行くまで待ってて」
優しい口調に戻った彼は、僕の返事を待つことなく通話を切った。


「……何があったんだ?」
「……民人、さん?」
いつの間にか落ち着いていた杏奈ちゃんが、心配そうに僕を見る。
「ミシェルさんが来るまで、ここで待ってろって」
「なにか、あったんですか?」
「大丈夫、ここは安全だから」


◇◆◇


「あ、いた! もー、ややこしいところにいるんだから」
それから間もなくして、ミシェルさんが僕らを見つけてくれた。
「ミシェルさん、何が起こったんですか?」
「気が早いよ民人君。歩きながら話すよ。とにかく建物の中に入ろう」
「は、はい…」
迎えは必要なかったんじゃ、と思いながら、彼女の後をついていく。
「それで、ミシェルさん、何が起こってるんですか?」


「圭介君が襲われたの」
「圭くんが!?」
信じられない言葉だった。
杏奈ちゃんの顔が、みるみる青白くなっていく。
あの、隙のない圭くんが。
「誰が、そんなこと……」
震える声で、杏奈ちゃんがぽつりとつぶやく。
ミシェルさんはため息をついた。
「『侵入者』だよ」
「侵入者……? 庭にすら忍びこむなんて不可能でしょう、この家」
河闇家のセキュリティはすごい。
そこそこの大企業の警備なんて足元にも及ばない。
24時間、敷地のほとんどが監視されているし、優秀な警備員が不審者をやすやすと入れるはずがない。
……僕だって、時々入れてもらえないんだ。
「まあ、いろいろ深い訳があるんだよ」
「もしかして、知ってる人なんですか?」
落ち着いたのか、杏奈ちゃんは冷静に尋ねた。
「するどいね、杏奈ちゃん」
「圭くんの知り合いなんですか?」
ミシェルさんは静かにうなずいた。
「それで、圭介さんは大丈夫なんですか?」
「今は手当を受けてる。軽傷とは言えそうにないけど、大丈夫。4年前のお前に比べたら随分軽い怪我だよ、民人」
杏奈ちゃんが少し、こちらをうかがう。
……あまり知ってほしくない話だ。
「なら、よかったです。……犯人はどうなったんですか?」
僕はすぐに話を逸らした。
「保護したよ。興奮してるから今、落ち着くまで待ってる。ただ、ほかに侵入者がいるかも知れないから調べてるところだよ。確認が終わるまで君たちにも安全な場所にいてもらう。……まあ、他に侵入者なんていないと思うけどね」
「わかりました。じっとしてます。……ミシェルさんは、その人を知ってるんですか?」
「まあね。圭介君が狙われた理由もだいたいわかる」
「……そうだ、大助や旦那様たちは、大丈夫なんですか?」
「旦那様は大丈夫。大助も無事だよ。でも、もし圭介君より先に大助と顔を合わせていたら……危なかったかもしれない」
――河闇家ではなく、明確に、標的は兄弟。
嫌な予感がして、背筋が凍る。
「……大助がいなかった時のことと、関係あるんですか」
「あたしが聞きたいよ、それ。あいつら何も話してくれないんだから。でも、多分……関係あるね」
ようやく建物の中に入り、階段を上る。
上りきって2階に到着したところで、恵さんが待っていた。
「ミシェル、ありがとう。助かったわ。民人たちは、後は私に任せて。あなたは大助くんの方をおねがいね」
「わかった。じゃあ民人くん、あとは恵ちゃんにしたがってね」
「ミシェルさん、ありがとうございました」
杏奈ちゃんの会釈に応えて、彼女はウインクを返した。
そして、踵を返し、再び階段を降りていく。
それを見送ったあと、僕らは恵さんに連れられて広々とした個室に到着した。


正直、何が何だかさっぱりわからない。
この建物の中に、すべてを把握している人はいるんだろうか。
でも、確実に――


――なにか、大変なことが起こってる。










◇◆◇


足音が聞こえる。


廊下の絨毯を、丁寧に踏み締めている。


恐らくは硬い靴底なんだろう。


恵さんか。


でも、彼女は足音なんて立てない。


だとしたら……


――こんなことをらしくなく考えたのも、今考えれば第六感からの警告だったのかもしれない。




ノックと共に、重い扉が開いた。
「ああ、あなたでしたか」


――なんて言ってみたけど、最初からわかっていた。


大きく長いコートの下は、シャツにネクタイをしめた小さな体。
険しい表情の半分は、長い前髪で隠されている。
……彼に似せているようだけど、残念ながら、オレをごまかすことは出来ない。


「……圭、くん」


まあでも、よく似てる。
懐かしい姿だった。


一歩、また一歩、オレに近づく度、上の方で束ねられた、綺麗な――青い後ろ髪が、左右に揺れた。
「お久しぶりですね。何の用ですか」
その人は、無言でオレを睨むだけ。
歩行はやがて、助走に変わる。
「……とぼけるな!! お前らのせいで、パパは……!!」
聞き慣れた甲高い声が、部屋中に響く。
――君が何をしに来たかなんて、最初からわかっている。




次の瞬間には目の前にいて、左手に持ったナイフをオレに向けていた。
わかっていた。
でも、避ける気が起きなかった。
「……ごめんな、翠」
険しい顔が、一瞬泣きそうな顔に変わる。


「っ……謝るくらいなら……」


「ごめん」
彼女が躊躇った時にはもう遅くて、
小さなナイフはオレの右肩に食い込んだ。「……なんで避けてくれないの、圭ちゃん」
目の前で崩れ落ちた翠は、震える声で、オレに言った。


「……ごめん」
先程の翠の声を聞き付けてか、今更廊下をバタバタと騒がしく走る音が聞こえた。
「――圭介くん、何が……!!」


駆け付けたのは恵さんだった。
翠を見て、顔色が変わる。
「――あなた、何てこと……!!」
座り込んだ翠に飛び掛かり、凄い剣幕で迫る。
「……翠、大人しく捕まるから。圭ちゃんの心配して。……あなたも、翠の顔なんて見たくないでしょ」
覇気の無い声で淡々と呟く翠の様子を見て本当だと判断したのか、恵さんは手際よく医者、ミシェルさん、警備の順に連絡を始めた。






正直、はっきり覚えてるのはこの辺までだった。


ナイフの刺さった肩は、痛いと言うより熱かった。
その痛みでなく、むしろ肩にナイフが刺さっているのを見てしまった事自体がいけなかった。


オレ、血は苦手なんだよね。
見た瞬間に頭がくらくらして、目の前が真っ白になった。
力が抜けて椅子から落ちそうになったオレに、恵さんが駆けよってくれた気がする。
――ああ、翠のこと、おにーさんにどう説明するつもりなんだろう。
こうなったらもう隠せないよ、兄さん。


これから面白くなるかもしれない、なんて言ったら兄さんに怒られるだろうけど、正直オレは、楽しみだった。


だから。




歓迎するよ、翠。
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