すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束と裏切りの刃

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◆◇◆


彼は仕事を終えてから私と話したいから、といって、私を部屋へとおしてくれた。


メイドさんが来て、ジュースを運んで来てくれたけれど、そわそわして落ち着かなかった。


部屋の本棚には、私には少し簡単な絵本が並んでいて、ぱらぱらとめくっていた。


すると、ドアをノックする音が聞こえて、上品な若い女性が部屋へ入ってきた。


「失礼するわね」


「……はい」


彼女は私の前に座り、にっこりと微笑んだ。


「主人がお待たせしちゃってごめんなさいね」


聞けば、彼女は当主の夫人とのことだった。


「遠くから一人で来たのね、お疲れ様。いいお姉ちゃんを持って、弟くんも幸せね」


「いえ……」


「私たちも子供がいるからかしら、彼ったら、困ってる子供をほっとけないみたいで、仕事も二の次で頑張ってるの。恵ちゃんが勇気を出してここに来てくれたから、私達もその分、お手伝いしなきゃね」


「本当に、いいんですか?」


「もちろんよ。……詳しい話は主人が帰ってきてから。退屈でしょうから……そうだ、うちの子たちとお話してあげてくれる?」


◆◇◆


「はじめは、河闇家にいるのはその一日だけって話だったわ。里親なんかも探していただいたの。でも、大助くん達に気に入られちゃって、そのまま河闇家にいるの、私」


「……大変でしたね」


前はお金欲しさなんて言っていたけれど、ちゃんと理由があったんだ。


「私のいた孤児院は閉鎖。河闇家の一声で。私が河闇家に入ってから一ヶ月だったわ」


恵さんは、飲み干したコップの縁をなぞる。


「……大助のお父さん、すごい人ですね」


「私と会ったときの大助くん達、何故かしらないけど兄弟そろって大怪我してて、旦那様も余計に子供達のために、って本気だったそうなのよ」


「大怪我……」


「やんちゃだったから、それは仕方ないわ」


彼女は笑いながら言う。


「結局、弟さんは?」


「私が助けるまでもなかったみたい。メインの研究所を一つ潰して、子供達を全員保護したけれど、その中にはいなかった。その時は、もう遅かったんだと思った」


「それじゃあ……」


「数ヶ月後に脱走者リストが見つかったの。リストって言っても一人しか載ってなかったけど、その一人が弟だった」


「強い……弟さんですね」


彼女は、目を閉じて頷いた。


「本当よ、弟が脱走して、研究所が混乱してなきゃ潰せなかったって。私には何もできなかった」


そして、ため息をついた。


「だから、瀬戸の人間に復讐もできず終いよ。おかげでこんなことになっちゃって」


「……瀬戸家がある限りは?」


「ずいぶん弱体化したわよ、一部を除いたら本当に健全な研究ばかり」


ここまできて、初めて思う。


――翠ちゃんの言う僕の父親は、どちら側かと。


彼女の父親は、どちら側だったのかと。


「僕も、その一端を担っていたのかも」


「……そうかも。大助くんが学校に通いはじめて、親友としてあなたを連れてきた時は、卒倒しかけたわ……」


彼女は、しまったと言ったふうに口を押さえた。


「わかってますよ、大助と綺羅が親友だったことくらい」


「……そうでしょうね」


彼女はそこで、ようやく自然な笑みを見せた。


すごく些細な事だったけれど、それが僕をものすごく安心させた。


「……翠ちゃんは?」


「彼女は……それこそ、弟を買った奴の愛娘だから。彼女も継ぐ意志はあるみたいだし」


「……なるほど」


「お互い事情は理解してるから、極力顔は合わせなかったわ、あなた以上に」


「彼女も、僕みたく河闇家と関わりが?」


素朴な疑問だったが、彼女は僕を睨みつけたあと、突然けらけらと笑い出した。


「……恵さん?」


「……あはは、ごめんなさい。そう聞かれるとほんとに、おかしな話なのよ。――あの子、圭介くんの彼女なの」


「……え?」


親友どころの話じゃない。


いや、親友でもどうかと思うのに。


というか圭くん、彼女いたんだ。


……圭くん、最高に親不孝なのでは。


驚きが多すぎて思考が停止しそう。


「ほんとに、何考えてるかわからない兄弟よね。……これからどうなるかわからないけど」


「そのこと、旦那様は……?」


「良くは思ってないでしょうねえ。元々、瀬戸家と河闇家って昔から仲が悪いんですって。圭くんもそのあたりはわかってるから、何か策はあるんでしょうけど」


「へ、へぇ」


「まあ、詳しくはあとで本人達から聞きましょう。私も聞きたいことがいっぱいあるの」


恵さんは空のコップを持って立ち上がり、流しへと片付けた。


「あとでって……恵さん、あなた、今日は休むんじゃ」


「え? 大助はああいうけど、私、休んでる方が疲れるのよ。話したらスッキリしたわ、ありがとう」


割烹着を脱ぎ捨て、颯爽と部屋を出て行く彼女を見て、笑いがこみ上げてくる。


僕はなんてバカだったんだろうと思う。


彼女はいつでも、ああいう人だ。


タフで、凛々しくて、仕事をしている時がいちばん活き活きとしていて。


そして、そんな彼女が、僕は。


「僕も、こんなところでくよくよしてる場合じゃないね」


――すこしはくよくよしなさいよ!


どこからともなく、そんな声が聞こえる。


「……ミント、見てたの」


――キミ、あとちょっとで死んでたよ!? 彼女、半分本気だったんだから。


少しは気をつけなさい、とガミガミ文句を言い続ける。


「返す言葉もないね」


へらへら笑う僕が気に入らなかったらしく、ミントの神経を逆なでしてしまったみたいだった。


――ほんと、男って単純、バカ、あほ!


でも、さすがに怒り過ぎだと思う。


「そこまで言わなくても……何が気に食わないの? 単純に僕が死にかけただけってわけでもなさそうだけど」


僕が他意もなく質問をぶつけると、彼女は一度罵倒を止めて、大きくため息をついた。


――わかってもらわなくてもいいわよ! とにかく、キミは今、民人としてすっごく不安定なの、自分でもわかってるでしょう?


「……うん、そうだね」


翠という少女に会ってからの僕は、どう考えても変だった。


記憶にもないことを口走り、僕ではありえない行動を取っている。


民人としての自我が、ともすれば崩壊しかねない。


――わかってるなら、無茶はやめて。キミのために、キミの使命のために。


「……善処するから、ミント、心配かけてごめんね」


――謝るくらいなら、はじめから心配かけさせないで。


「出来る限り、ね」


彼女ははじめの威勢が嘘みたいにしおらしく別れの挨拶を吐いて、去っていった。


心配をかけさせないと、約束はできなかった。


だって、現に僕の頭のなかにある作戦は、全部ある程度無茶が必要だったから。


「僕も、無茶してないと疲れる体質なのかも」


なんて笑いながら、顔を洗って部屋をあとにした。




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