採取はゲームの基本です!! ~採取道具でだって戦えます~

一色 遥

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第1章 新しい世界と出会い

第31話 水と、熱と

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「あ、ちょっと待ってくださいね」

 背を向けたアルさんにそう断ってから、僕はインベントリから水袋を取り出し、採取で汚れた手にかける。
 数回かけて汚れを洗い落としてから、彼の隣りへと足並みを揃えた。

「んくっ……水、確かにいいですね」
「そうだろう? 俺も初めて飲んだときに実感したからな。例えアイテムとしての効果はなくても、精神への効果は馬鹿に出来ないとな」

 歩きつつ水をひと口飲めば、それだけで不思議と冷静な気持ちになる。
 そんな僕を見て、アルさんも思い出しているのか、少し笑いながら深く頷いた。
 しかし――

「……アキさん、俺の後ろに」

 多少の緊張を孕んだ声と共に、僕の前へ腕を出し彼は道を塞ぐ。
 直後、気配を感じれていなかった僕にも届く音を、前方の落ち葉が鳴らした。
 ――なにか、いる。

 音のした方へと僕らは視線を向ける。
 同時にアルさんは背中に背負っていた大剣を抜き、両手で正眼に構え、足を開いた。
 さっきまでの彼の雰囲気から一変して、まるで触れば切れてしまいそうなほどに張り詰めた空気。
 近づいてくる、一歩ずつ、少しずつ……。

 緊張しているのか……潤したはずの喉の奥が乾き、思わず唾液を飲み込む。
 その音が、とても大きく聞こえ、より強い緊張となって僕を襲う。
 しかしそのたった一瞬を狙ったかのように、茂みの奥から突如飛び出してくる影。
 一直線に、真っ直ぐに僕らへと――

「ッ!」

 刹那、重たい音が響き、僕の耳を貫く。
 小さく息を吐くアルさんは、右手で柄を持ち、左手は刀身を支えるようにして受け止めていた。
 そして、それを無理矢理に押し返し、右下から左上に抜けるように斬り返す。
 ブォンと力強く風を斬る音が鳴るも、魔物は素早く転身し、彼から距離を取った。

 攻めに少しの間が空いたことで、見えてしまった。
 黒い体に、顔の左右から伸びる角……。

「あ、ああ……」

 瞬間、脳裏によみがえる死の瞬間。
 踏み降ろされた足、吹き飛ばされ見えた空。
 わかっていた、わかっていたはずなんだ……森に来ればこいつが出てくる可能性があることなんて。
 でも、だからこそ、アルさんに――

「、ひゅ。は」

 頭は動く、動くはずなのに、僕の身体は全く動いてくれない。
 目は勝手に鹿を捕らえ、呼吸もままならない。
 耳の奥に響くシルフの声が、なんども反響して――

「いい加減に、しろ……ッ!」

 どれほどの時間が経ったのか、あるいは全然経っていないのか……唐突に冷たいものが顔にかかった。
 結果、ぽとりと僕の前髪から水滴が落ち、意識が現実へと戻される。

「……あ、れ?」
「聞こえるか! 動けるか!?」

 現況に追いつかない頭へ、低くも通る声が突き刺さり、僕は顔を上げる。
 そうして見えた先では、鹿の角を大剣で受け止めるアルさんの姿が見えた。

「動けるなら、立て! 身を隠せ!」

 その言葉に、僕は自分が地面へと座り込んでしまっていたことに気付く。
 急ぎ立ち上がろうと目線を下へ動かせば、投げ捨てられた水袋が見えた。
 僕の水袋じゃない――つまりさっきのは……。

「……ッ!」

 前方から、鉄を弾くような音が聞こえてくる。
 今はそんなことを考えてる場合じゃない、動かないと!
 未だ震える足をなんとか奮い立たせ、ゆっくりとながらも近くの木の陰へと。

「……ようやく本気が出せそうだ」

 僕が木の陰へと身を隠した直後、アルさんの構え――そして、表情が変わる。
 今までの耐える顔じゃなく、獰猛な獣のような笑み。

「終わらせるッ!」

 腰を低く落とし、大剣の切っ先を前へ。
 まさに突くことしか出来ないような構えを見せながら、彼は息を吐く。
 そんなアルさんの雰囲気に何かを感じたのか、鹿も後ろ足に力を溜めるように体を折り曲げ――

「ハッ、アァァ――ッ!」

 地面が割れるほどの踏み込み。
 直後に放たれる黒色の暴力。
 それが鹿とすれ違う瞬間、硬質な音が響き……舞い上がる砂埃に、僕は目を閉じた。



「アル、さん?」

 数秒ほど経ってから、僕はゆっくりと目を開いた。
 すでに砂埃も消えていて、視界を遮るものは何もない。
 だからこそ余計に……そこに立つアルさんの姿がよく見えた。

「……」

 アルさんは何も言わず、背中へと武器を戻し、インベントリからポーションを取り出す。
 そして、あおるように瓶を傾けた。

「……ごふ。まず」

 台無しだよ、本当に……。
 獰猛な獣のような雰囲気はすでに消え、そこにいたのはいつものアルさんだった。
 というか、ちょっとだけかっこ悪いアルさんだった。

「ああまずい……。もう飲みたくない……」

 戦っていた時の表情からはうってかわって、今となっては……人に見せては駄目な顔になっている。
 そんなアルさんをこれ以上見ているのもかわいそうで、僕はゆっくりとアルさんに近づき、インベントリから水袋を差し出した。

「アルさん。これ、使って」
「ああ、すまない……」
「それと、ありがとうございました……」

 思い出せば思い出すほどに酷い。
 僕がもっと早くに動き出せれば……アルさんもここまでダメージを受けることはなかったんだろう。

「さっきのがアキさんの?」
「はい」
「そうか。なら仕方ないな」

 そう言って彼は僕の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でてくる。
 「頑張ったな」なんて言いながら、ゆっくりと……。

「死ぬなんてことは、現実世界では最期の一瞬でしか経験しないことだ。だが今回のアキさんは、その原因となったものに対して立ち上がり、動くことができた。なら充分過ぎるほどに、頑張った」
「でも」
「確かにアキさんがもっと早くに動けていれば、俺がこんな不味いポーションを飲む必要もなかったが……いいじゃないか。俺はタンクだ」

 彼はそう言って僕の頭から手を離し、自分の胸を叩く。

「守ることが俺の仕事だ。だから、守るべき人が今生きているなら、それでいい」

 言って笑う顔がとても清々しくて。
 僕はお礼と共に、顔を隠すように頭を下げた。
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