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19. 茜さす
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「ふふっ、どう?おいしい?」
茜さんが悪戯っ子のような笑顔で訊いてくる。
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。」
「……え?」
「ん・・・?」
「ゆ、夕くん…!い…今、お、お、おね…お姉ちゃんって……。」
「・・・・・・あ。」
思考が遅れてついてきて、今になってようやく、数秒前に自分が発した言葉の意味を理解する。
――そして、一瞬にして顔全体が蒸しあがる。
「い、いや…今のは違くて…その…」
「お待たせ~、茜ちゃん。」
タイミング悪く…いや、この場合はタイミング良く…?
――かは知らないが、とにかく絶妙なタイミングで母さんがやって来る。
「今日はありがとうねー。
・・・って、あら~?茜ちゃん…顔が真っ赤だけど大丈夫~?」
「は、はいっ!大丈夫ですよ…。ちょっとお風呂場でのぼせちゃっただけですから…。」
「そう?暑い中ごめんなさいね~。お詫びっていうのもなんだけど…これ、よかったら持っていってね。」
「わぁ~~!おいしそうなパウンドケーキ!ありがとうございます~。」
(パウンドケーキ・・・。母さん、一人で全部食べちゃったわけじゃなかったんだ…。)
「それじゃあ、明日もまた来ますねー。さようなら~。
夕くんも、バイバーイ。」
茜さんは、何事も無かったかのように…いつもの調子に戻っていた。その切り替えの早さは、豊富な人生経験の成せる業なのか…畏敬の念を抱かずにはいられない。
子供のように無邪気に手を振るその姿も、僕の目には不思議と大人びて映っていた。
「じゃあね~、茜ちゃ~ん。」
「あ…さ、さようなら!」
西日に照らされ、オレンジ色に染まったその横顔に――気づけば僕は見惚れていた。
(結局・・・まともな弁明も出来ないまま行ってしまった…。)
茜さんが帰った後も、玄関で呆然と立ち尽くしていると、リビングから母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「そんなところで突っ立ってどうしたの~?ちょっとこっちに来なさ~い。」
「あ…はーい!」
ふと我に返り、母さんの居るリビングへ向かう。
(そういえば・・・さっきまでピリピリしてた気がするけど…何でだっけ?)
―――ハッ!いけない、いけない…。母さんにガツンと言ってやるんだった。
「…えっと、母さん…話があるんだけど。」
「ええ、話ならいくらでも聞くから、夕也もそれ食べちゃいなさいな。」
その声はいつもの朗らかな母さんのもので、いつの間にかすっかり機嫌も戻っているようだ…。
「え…ああ、うん...」
母さんの正面の、パウンドケーキとティーカップが置いてある席に座る。
「ほら、紅茶も淹れてあるのよ。ちょっといい茶葉なんだけど分かるかしら~?」
「ありがとう…。頂くよ。」
ここ数日、いろんなことがあり過ぎて気持ちの整理が追いついていない…。茜さんの為に、言わなければならないこともあるけど…ひとまずは母さんの言う通り、ティータイムにして一旦心を落ち着けよう――。
パウンドケーキの上品な甘さと、紅茶のフルーティーで豊かな香りを堪能する。
「うん…凄く美味しいよ。」
「よかったわ~。最近、忙しそうにしてるみたいだし…たまにはこうやってリラックスするのも大事よ。」
「ああ...そうだね。」
(もしかして…昨日お風呂に一人で入ろうとしたのも、今日茜さんに来てもらったのも、母さんなりに気を遣ってくれたんだろうか…?)
「ところで…さっき何か話があるって言ってたけど、どうしたの?」
「あー...ううん。やっぱり何でもない。」
「・・・そう?」
何だか拍子抜けしてしまった…。こうなってしまうと…自分一人でカリカリしているのも何だか馬鹿らしく、子供っぽく思えてならない。
そう――、別に母さんは悪気があったワケじゃないんだ。伯母さんにも少しくらいは大目に見るよう言われたばかりだし、茜さんもあんなに嬉しそうな顔をしていた…。本人が良いなら、こちらからとやかく言う必要も無いのかもしれない…。
買い物も済ませ、夕飯の支度に取り掛かる。キッチンの窓からは朱色の光が差し込み、別れ際に見たあの――茜さんの横顔がフラッシュバックする。
(茜さん・・・明日も来るんだよな…。)
今でも夢だったように思えてならないが…あの時、”お姉ちゃん”と呼んでしまったのは間違いなく現実だ。次に会う時、一体どんな顔をして会えばいいのだろう…?
いっそのこと開き直って、今後もお姉ちゃんと呼んでしまおうかとも思ったが…想像すると恥ずかしくて死にそうだったので思い留まった。
「ただいまー。」
「おー、お帰り千夜子。」
「あれ?珍しいね、おにぃ。カーテンも閉めないで…。」
「ん…?ああ...何となく、黄昏たい気分だからさ…。」
「ふーん...変なおにぃー。何かいい事でもあった?」
「え?なんでそう思うんだ?」
「だっておにぃ…すっごくニヤニヤしてたもん。」
「ええっ!そんなにニヤニヤしてた…?」
「うん、してた。あ~!分かった。」
(えっ――!!)
「お母さんとちゃんと仲直り出来たんでしょ!」
「…ああ!そうそう、そんなとこだよ...ははは…。」
ああ、顔が熱い――。きっと…今の僕は、相当真っ赤な顔をしていることだろう。
でも...夕陽が上手くカムフラージュしてくれているから、千夜子には気付かれていないはずだ。
茜さんが悪戯っ子のような笑顔で訊いてくる。
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。」
「……え?」
「ん・・・?」
「ゆ、夕くん…!い…今、お、お、おね…お姉ちゃんって……。」
「・・・・・・あ。」
思考が遅れてついてきて、今になってようやく、数秒前に自分が発した言葉の意味を理解する。
――そして、一瞬にして顔全体が蒸しあがる。
「い、いや…今のは違くて…その…」
「お待たせ~、茜ちゃん。」
タイミング悪く…いや、この場合はタイミング良く…?
――かは知らないが、とにかく絶妙なタイミングで母さんがやって来る。
「今日はありがとうねー。
・・・って、あら~?茜ちゃん…顔が真っ赤だけど大丈夫~?」
「は、はいっ!大丈夫ですよ…。ちょっとお風呂場でのぼせちゃっただけですから…。」
「そう?暑い中ごめんなさいね~。お詫びっていうのもなんだけど…これ、よかったら持っていってね。」
「わぁ~~!おいしそうなパウンドケーキ!ありがとうございます~。」
(パウンドケーキ・・・。母さん、一人で全部食べちゃったわけじゃなかったんだ…。)
「それじゃあ、明日もまた来ますねー。さようなら~。
夕くんも、バイバーイ。」
茜さんは、何事も無かったかのように…いつもの調子に戻っていた。その切り替えの早さは、豊富な人生経験の成せる業なのか…畏敬の念を抱かずにはいられない。
子供のように無邪気に手を振るその姿も、僕の目には不思議と大人びて映っていた。
「じゃあね~、茜ちゃ~ん。」
「あ…さ、さようなら!」
西日に照らされ、オレンジ色に染まったその横顔に――気づけば僕は見惚れていた。
(結局・・・まともな弁明も出来ないまま行ってしまった…。)
茜さんが帰った後も、玄関で呆然と立ち尽くしていると、リビングから母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「そんなところで突っ立ってどうしたの~?ちょっとこっちに来なさ~い。」
「あ…はーい!」
ふと我に返り、母さんの居るリビングへ向かう。
(そういえば・・・さっきまでピリピリしてた気がするけど…何でだっけ?)
―――ハッ!いけない、いけない…。母さんにガツンと言ってやるんだった。
「…えっと、母さん…話があるんだけど。」
「ええ、話ならいくらでも聞くから、夕也もそれ食べちゃいなさいな。」
その声はいつもの朗らかな母さんのもので、いつの間にかすっかり機嫌も戻っているようだ…。
「え…ああ、うん...」
母さんの正面の、パウンドケーキとティーカップが置いてある席に座る。
「ほら、紅茶も淹れてあるのよ。ちょっといい茶葉なんだけど分かるかしら~?」
「ありがとう…。頂くよ。」
ここ数日、いろんなことがあり過ぎて気持ちの整理が追いついていない…。茜さんの為に、言わなければならないこともあるけど…ひとまずは母さんの言う通り、ティータイムにして一旦心を落ち着けよう――。
パウンドケーキの上品な甘さと、紅茶のフルーティーで豊かな香りを堪能する。
「うん…凄く美味しいよ。」
「よかったわ~。最近、忙しそうにしてるみたいだし…たまにはこうやってリラックスするのも大事よ。」
「ああ...そうだね。」
(もしかして…昨日お風呂に一人で入ろうとしたのも、今日茜さんに来てもらったのも、母さんなりに気を遣ってくれたんだろうか…?)
「ところで…さっき何か話があるって言ってたけど、どうしたの?」
「あー...ううん。やっぱり何でもない。」
「・・・そう?」
何だか拍子抜けしてしまった…。こうなってしまうと…自分一人でカリカリしているのも何だか馬鹿らしく、子供っぽく思えてならない。
そう――、別に母さんは悪気があったワケじゃないんだ。伯母さんにも少しくらいは大目に見るよう言われたばかりだし、茜さんもあんなに嬉しそうな顔をしていた…。本人が良いなら、こちらからとやかく言う必要も無いのかもしれない…。
買い物も済ませ、夕飯の支度に取り掛かる。キッチンの窓からは朱色の光が差し込み、別れ際に見たあの――茜さんの横顔がフラッシュバックする。
(茜さん・・・明日も来るんだよな…。)
今でも夢だったように思えてならないが…あの時、”お姉ちゃん”と呼んでしまったのは間違いなく現実だ。次に会う時、一体どんな顔をして会えばいいのだろう…?
いっそのこと開き直って、今後もお姉ちゃんと呼んでしまおうかとも思ったが…想像すると恥ずかしくて死にそうだったので思い留まった。
「ただいまー。」
「おー、お帰り千夜子。」
「あれ?珍しいね、おにぃ。カーテンも閉めないで…。」
「ん…?ああ...何となく、黄昏たい気分だからさ…。」
「ふーん...変なおにぃー。何かいい事でもあった?」
「え?なんでそう思うんだ?」
「だっておにぃ…すっごくニヤニヤしてたもん。」
「ええっ!そんなにニヤニヤしてた…?」
「うん、してた。あ~!分かった。」
(えっ――!!)
「お母さんとちゃんと仲直り出来たんでしょ!」
「…ああ!そうそう、そんなとこだよ...ははは…。」
ああ、顔が熱い――。きっと…今の僕は、相当真っ赤な顔をしていることだろう。
でも...夕陽が上手くカムフラージュしてくれているから、千夜子には気付かれていないはずだ。
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