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18. sugar holic
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突然の来客を招き入れるべく、玄関の扉を開く。
「はい~...って、茜さん!?」
「やっほー、夕くん。」
「どうしたんですか?こんなところで…。」
「ああ、それはね…」
カチャ――。
背後からリビングの戸が開く音がする。
「茜ちゃ~ん!来てくれたのね~。」
「もちろんですよ~。他でもない日向さんの頼みですから。」
・・・待ってくれ。話が追いつかない…。
さっき母さんは僕に、もうお風呂の介助は必要ないと言った。それはつまり、他に介助をしてくれる人が見つかったということで…そして今――、目の前には母に呼ばれて来たであろう茜さんが居る…。
(・・・ということは、茜さんがここに居る理由って……。)
「母さん…どうしてこんな事…。言ってくれれば今まで通り僕が手伝うのに…。」
「あら。だってアナタ、わたしが頼むといつも嫌そうな顔するじゃない。」
「それは・・・。
…だからって、こんなの…茜さんに迷惑だよ。せめて伯母さんに頼んだら…?」
「姉さんだって忙しいんだから、そんなにあれこれ頼めないわ。」
(一応...そういう考えは残ってるんだな…。
だったら…茜さんなら頼んでいい、っていうのは一体どういう基準なんだ…?)
「忙しいなんて…そんなの、茜さんだって同じだよ!」
「夕くん、ありがとう。でも...私は大丈夫だよ。」
「ほら、茜ちゃんもこう言ってるんだし…茜ちゃんはアナタと違って、快くOKしてくれたわよ。」
(――っ!!この人は…本当に・・・)
「それじゃあ、早速お願いねー。」
そう言って、着替えを小脇に抱えた母さんが風呂場へと入っていった。
「まあ……そういうことだから。」
苦笑いを浮かべた茜さんが、母に続いて風呂場へと入っていく。
(・・・・・・。)
一人、取り残された僕は、無音のリビングに移動して思考を巡らせる。
ひとまず状況は呑み込めた。これからは、母さんがお風呂に入るときは茜さんが来てくれるということだ。
だが…母さんにも茜さんにもまだまだ聞きたいことが山ほどある。けれど...頭が上手く回らず、言葉が質問としてまとまらない…。
(ダメだ…。こういう時は甘いものでも補給して一旦落ち着こう…。)
夏の暑さで溶けてしまわないよう、冷やしてあるチョコレートを求めて冷蔵庫を開ける。
(あれ・・・無い…?)
―――おかしい…。昨夜見た時は半分以上残っていたファミリーパックのチョコレートも、昨日買い足したばかりの1箱12粒入りのホワイトチョコも、どちらも見当たらない…。
(嘘だろ...まさか、全部母さんが…。)
千夜子は最近、ダイエットと言って甘いものを控えているし、僕だって一つも食べていない。そうなると、犯人は母以外に考えられない。
(こんなの…絶対、僕に対する当てつけじゃないか…。)
チョコレート以外の菓子類はもう無かった筈だし、伯母さんが持って来た4個入りのパウンドケーキも、卓上に残っているのはその箱だけになっていた。
(信じられない...あの優しくてオトナだった母さんが、こんな事するなんて…。)
…何故だか、エアコンは効いているはずなのに無性に暑く感じる…。
少しでもいいから糖分を求めて、かろうじて残っていたオレンジジュースを飲み干すも、やはりこれでは物足りない…。
(ああ、もう…。また買い物に行かないと…。)
「……がとうねぇ~茜ちゃん。……ってくるからちょっと待ってて~。」
廊下から母さんの声が聞こえる。よく聞こえなかったが…まだ何か頼みごとがあるのか、茜さんを待たせているようだ…。
まだ...考えはまとまっていないが、茜さんに話を聞きに行く。
「茜さん、すみませんでした・・・。
その…時間とか、お仕事とか、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。今日はいつもより早く出てるから。」
「え・・・それって…これから夜勤ってことですか…?」
「うーん...ま、そうなるね。」
「・・・本当にすみません…うちの母が…。
せめて代金だけでも支払うので・・・。」
「いいの、いいの!このくらい…。日向さんにはお世話になったんだし…。」
(・・・?)
「えっと…母さんと茜さんってどういう関係なんですか?」
「うーん...今で言うとご近所さんで、少し前なら患者と看護師だけど、やっぱり…私の中では先生と生徒かなぁ。」
「・・・先生…?母さんがですか?」
「そ。高2の時の元担任で、数学教師だったよ。」
「数学!?」
(に・・・似合わない...)
「そ…そんなの、全然知りませんでした…。」
「丁度、その年に辞めちゃったしね。12年くらい前だから、夕くんが2歳の時かな。」
「その時の母さんって、どんな感じだったんですか…?」
「名前の通り…お日様みたいな人だったよ。優しくて、あったかくて…みんなに慕われてた。」
(やっぱり・・・僕の知ってる母さんと違う…。)
「それにね……私が看護師を目指すようになったのも、日向さんのお陰なんだよ。」
「え・・・?」
「先生が言ってくれたの。『茜ちゃんは人の役に立ってる時が一番嬉しそうな顔してる』ってね。」
「そう…だったんですか・・・」
(こうして思い返すと…僕って母さんの事、何も知らなかったんだな…。)
「だから…今、日向さんの役に立てるのも嬉しいし、それに…こうやって夕くんに会えるのだって、すっごく嬉しいよ!」
(―――!!)
・・・ああ...確かに。母さんが茜さんに言った『嬉しそうな顔』というのは、このことなんだろう…。
でも...だからこそ、今の母の我儘ぶりは看過できない…。あれではまるで…他人の善意を食い物にする、エナジーヴァンパイアというやつだ。ここはひとつ...茜さんの為にもガツンと言ってやろう――。
「それはそうと…ねえ、夕くん……。ちょっと目閉じて、口開けてみて…。」
「・・・?はい・・・」
何だか分からないが…言われた通りにする。何とは言わないが、何かを期待している自分が居る…。
・・・何とは言わないが。
目を閉じて口を半開きにし、何かを待ち構えていると…口の中に甘い…何かが放り込まれる…。
(・・・・・・うん。知ってた。)
最早、恒例にもなってきた――大好物の苺のチョコレート。
(ああ...やっぱり好きなんだなぁ…。)
体が砂糖を欲していたからか、特別なシチュエーションだからか…その蠱惑的な甘さに脳が蕩け――何だかフワフワした気分になってくる…。
「はい~...って、茜さん!?」
「やっほー、夕くん。」
「どうしたんですか?こんなところで…。」
「ああ、それはね…」
カチャ――。
背後からリビングの戸が開く音がする。
「茜ちゃ~ん!来てくれたのね~。」
「もちろんですよ~。他でもない日向さんの頼みですから。」
・・・待ってくれ。話が追いつかない…。
さっき母さんは僕に、もうお風呂の介助は必要ないと言った。それはつまり、他に介助をしてくれる人が見つかったということで…そして今――、目の前には母に呼ばれて来たであろう茜さんが居る…。
(・・・ということは、茜さんがここに居る理由って……。)
「母さん…どうしてこんな事…。言ってくれれば今まで通り僕が手伝うのに…。」
「あら。だってアナタ、わたしが頼むといつも嫌そうな顔するじゃない。」
「それは・・・。
…だからって、こんなの…茜さんに迷惑だよ。せめて伯母さんに頼んだら…?」
「姉さんだって忙しいんだから、そんなにあれこれ頼めないわ。」
(一応...そういう考えは残ってるんだな…。
だったら…茜さんなら頼んでいい、っていうのは一体どういう基準なんだ…?)
「忙しいなんて…そんなの、茜さんだって同じだよ!」
「夕くん、ありがとう。でも...私は大丈夫だよ。」
「ほら、茜ちゃんもこう言ってるんだし…茜ちゃんはアナタと違って、快くOKしてくれたわよ。」
(――っ!!この人は…本当に・・・)
「それじゃあ、早速お願いねー。」
そう言って、着替えを小脇に抱えた母さんが風呂場へと入っていった。
「まあ……そういうことだから。」
苦笑いを浮かべた茜さんが、母に続いて風呂場へと入っていく。
(・・・・・・。)
一人、取り残された僕は、無音のリビングに移動して思考を巡らせる。
ひとまず状況は呑み込めた。これからは、母さんがお風呂に入るときは茜さんが来てくれるということだ。
だが…母さんにも茜さんにもまだまだ聞きたいことが山ほどある。けれど...頭が上手く回らず、言葉が質問としてまとまらない…。
(ダメだ…。こういう時は甘いものでも補給して一旦落ち着こう…。)
夏の暑さで溶けてしまわないよう、冷やしてあるチョコレートを求めて冷蔵庫を開ける。
(あれ・・・無い…?)
―――おかしい…。昨夜見た時は半分以上残っていたファミリーパックのチョコレートも、昨日買い足したばかりの1箱12粒入りのホワイトチョコも、どちらも見当たらない…。
(嘘だろ...まさか、全部母さんが…。)
千夜子は最近、ダイエットと言って甘いものを控えているし、僕だって一つも食べていない。そうなると、犯人は母以外に考えられない。
(こんなの…絶対、僕に対する当てつけじゃないか…。)
チョコレート以外の菓子類はもう無かった筈だし、伯母さんが持って来た4個入りのパウンドケーキも、卓上に残っているのはその箱だけになっていた。
(信じられない...あの優しくてオトナだった母さんが、こんな事するなんて…。)
…何故だか、エアコンは効いているはずなのに無性に暑く感じる…。
少しでもいいから糖分を求めて、かろうじて残っていたオレンジジュースを飲み干すも、やはりこれでは物足りない…。
(ああ、もう…。また買い物に行かないと…。)
「……がとうねぇ~茜ちゃん。……ってくるからちょっと待ってて~。」
廊下から母さんの声が聞こえる。よく聞こえなかったが…まだ何か頼みごとがあるのか、茜さんを待たせているようだ…。
まだ...考えはまとまっていないが、茜さんに話を聞きに行く。
「茜さん、すみませんでした・・・。
その…時間とか、お仕事とか、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。今日はいつもより早く出てるから。」
「え・・・それって…これから夜勤ってことですか…?」
「うーん...ま、そうなるね。」
「・・・本当にすみません…うちの母が…。
せめて代金だけでも支払うので・・・。」
「いいの、いいの!このくらい…。日向さんにはお世話になったんだし…。」
(・・・?)
「えっと…母さんと茜さんってどういう関係なんですか?」
「うーん...今で言うとご近所さんで、少し前なら患者と看護師だけど、やっぱり…私の中では先生と生徒かなぁ。」
「・・・先生…?母さんがですか?」
「そ。高2の時の元担任で、数学教師だったよ。」
「数学!?」
(に・・・似合わない...)
「そ…そんなの、全然知りませんでした…。」
「丁度、その年に辞めちゃったしね。12年くらい前だから、夕くんが2歳の時かな。」
「その時の母さんって、どんな感じだったんですか…?」
「名前の通り…お日様みたいな人だったよ。優しくて、あったかくて…みんなに慕われてた。」
(やっぱり・・・僕の知ってる母さんと違う…。)
「それにね……私が看護師を目指すようになったのも、日向さんのお陰なんだよ。」
「え・・・?」
「先生が言ってくれたの。『茜ちゃんは人の役に立ってる時が一番嬉しそうな顔してる』ってね。」
「そう…だったんですか・・・」
(こうして思い返すと…僕って母さんの事、何も知らなかったんだな…。)
「だから…今、日向さんの役に立てるのも嬉しいし、それに…こうやって夕くんに会えるのだって、すっごく嬉しいよ!」
(―――!!)
・・・ああ...確かに。母さんが茜さんに言った『嬉しそうな顔』というのは、このことなんだろう…。
でも...だからこそ、今の母の我儘ぶりは看過できない…。あれではまるで…他人の善意を食い物にする、エナジーヴァンパイアというやつだ。ここはひとつ...茜さんの為にもガツンと言ってやろう――。
「それはそうと…ねえ、夕くん……。ちょっと目閉じて、口開けてみて…。」
「・・・?はい・・・」
何だか分からないが…言われた通りにする。何とは言わないが、何かを期待している自分が居る…。
・・・何とは言わないが。
目を閉じて口を半開きにし、何かを待ち構えていると…口の中に甘い…何かが放り込まれる…。
(・・・・・・うん。知ってた。)
最早、恒例にもなってきた――大好物の苺のチョコレート。
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