ぐりむ・りーぱー〜剣と魔法のファンタジー世界で一流冒険者パーティーを脱退した俺はスローライフを目指す。最強?無双?そんなものに興味無いです〜

くろひつじ

文字の大きさ
56 / 101

55話「たまにはこんな夜があっても良いか」

しおりを挟む

 体感では深夜。月明かりがリビングを淡く照らし、家具の影をうっすらと伸ばしている。
 そんな中で浅い眠りから覚めた俺は、半分閉じていたまぶたを開く。

 人影。逆光で顔は見えないが、輪郭だけははっきりと浮かび上がっている。
 薄い肌着のような寝巻きを纏った女性らしい体型。
 アルより背が高いその影は、心当たりが一人しかいなかった。

 こんな時間に何をしに来たかは知らないけど。
 まあ、音を殺して忍び寄って来たからには、何らかの目的があるのだろう。

「ジュレか。どうした?」
「ちょっとお付き合い願えませんか?」

 上げた左手にはワインのボトル。
 普段から寝る前に飲んでいたのは知っていたが、誘われたのは初めてだ。
 ゆっくりと体を起こして座り直すと、改めてジュレの姿が目に入った。

 申し訳程度に来ているネグリジェは、芸術品と読んでも過言では無い彼女の身体のライン際立たせている。
 思わずそちらに目が行き、気まずさから目線を上げると、ジュレはどこかイタズラめいた笑みを浮かべていた。
 
「あら。もっと見てくれて良いんですよ? そのための服ですから」

 確信犯かよ。いや、そうかもとは思ったけど。
 見られて喜んでるところあるもんな、こいつ。
 普段の装備も露出過多だし。胸元とか。

「いや、これ以上仲間内で気まずくなるのは勘弁なんだが」
「それこそ今更では? このパーティーはライさんのハーレムですし」
「お前が言うかそれ」

 今のところ、ある意味一番本心が分からないんだが。
 クレアは打算的な部分を出してくるからむしろ安心できるけど、ジュレはマジでよく分からない。

「まあ酷い。こんなにお慕いしておりますのに」
「うーん。真面目な話、今となってはお前だけがよく分からないんだよなー」

 こうやって冗談めかして好意を伝えてくるが、性格的に本気がどうか掴めない。
 適当にからかわれている感じもするし、かと思えば深く踏み込んで来ようともする。
 丁度良い距離を探っているような、そんな印象でもある。

 そんな事を思いながらアイテムボックスからワイングラスを二つ取り出し、一つをジュレに渡す。
 彼女は妖艶にクスリと微笑むと、膝が触れるほど近くに座った。
 ふわりと甘い香り。以前はこれだけで鳥肌が立っていたものだが、最近は何とか慣れてきている。
 ジュレ達相手なら直接的な行動でなければ問題なくなって来ているので、まあまあマシになってきては居るのだろう。

「しかし驚きました。まさかアルさんが告白するなんて」
「その言い方だと、アルの気持ちは知っていたのか?」
「女から見たらとても分かりやすかったので」
「……そういうものか」

 俺は全く気付かなかったわ。
 あいつにそんな素振りあったか?
 いや、単に俺が鈍いだけかもしれんが。
 そういう経験とか無かったしなあ。

「アルさんは強いですね。まさか開き直るとは思いませんでした」
「あー。あれは何と言うか……凄いよな」
「私も見習わなければなりません。という事で、お誘いに来た訳です」
「なんだそりゃ」

 よく分からない会話をしながらワインを注いでもらい、お返しにジュレのグラスにワインを注ぐ。
 二人して軽くグラスを持ち上げ、一口飲んでみる。
 かなり甘めの葡萄酒。苦味は少なく、比較的飲みやすい口当たりだ。
 ワインの善し悪しなんてよく分からないが、少なくとも美味いとは感じる。

 でもこれ、だいぶ強い酒じゃないか?

 思わず隣を見ると、ジュレも口元を抑えて驚いていた。
 こいつ、自分が持ってきたのに把握してなかったのか。
 
「ずいぶん強いですね、このワイン」
「飲み過ぎないようにしないとな」
「うーん。そうですねえ」

 言葉では肯定しながらも、ジュレはグラスを傾けて一気にワインを飲み干した。
 ふぅ、と零した吐息がどこか色っぽさを感じる。
 じゃなくて。

「おい。そんな飲み方したら潰れるぞ」
「うふふ。ライさん、知ってますか?」

 ギシリと。ソファーを軋ませてこちらに身を寄せる。
 肩に頭を預け、甘えるようにささやいた。

「女は酔うと性欲が増すんですよ」
「恐ろしい話をするな」

 いきなり何を言い出すんだこいつ。
 ちょっと鳥肌立ったんだが。

「それに、酔いの勢いというものが大事な時もあるんです」
「……そうかい」

 上手い言葉を返せず、グラスを傾ける。
 先程より甘いワインが喉元を抜けると、少しだけ気分が落ち着いた。

「何か悩みでもあるのか?」
「色々と。人前では見せられない事も多いものですから」
「あー。そう言えば有名人だもんな、お前」

 つい忘れがちだが、ジュレは『氷の歌姫アブソリュート』という二つ名を持つ一流冒険者だ。
 外面を気にしなくてはならない事も多いのだろう。

「全部頼れとは言えないけど、俺達の前で気を張る必要は無いからな」
「ええ。そこは甘えさせて頂きます」

 空になったグラスにワインを注いでやると、またもや一気に飲み干された。
 大丈夫かこいつ。潰れたりしないよな?

「ライさん。私は、とても感謝しているんです」
「は? 何だいきなり」
「あの時ライさんに出会わなければ、私の人生は酷いことになっていたと思います」
「確かにそれは否定できないな」

 何せ屋台で金貨を出そうとしたくらいだしな。
 一般常識が無いにも程があるジュレが一人で生活出来たとは思えない。
 良くて詐欺に会うか、最悪の場合は住む場所すら失っていただろう。

「けれど私には返せるものが何も無いんです。戦う事以外、何も出来ませんから」
「それだけでも十分助かってるんだけどな」

 実際、俺が戦わなくても済むことが増えたし。
 やっぱり戦うのは怖いし、痛いのは嫌だ。
 俺としては、それを引き受けてくれているだけでもかなり感謝しているんだが。

「ですので、ここは女として美味しく召し上がって頂こうかと思いまして」

 そっと手を重ね、俺の腕を抱き、熱を帯びた声でそんな事を言い出した。
 柔らかく甘い誘惑。誰もが認める美女からの誘い。
 それに応えるように彼女の整った顔に手を伸ばし。

「アホかお前」

 バチン、と。中々に良い音を立ててデコピンが炸裂した。

「むきゅっ!?」

 おかしな声を上げて額に手をやるジュレに呆れつつ、ワインを一口。
 やっぱ甘いわ、これ。

「あのな。前にも行ったけど、恩を感じてるならそれは他の誰かに返してやれ」
「……そうやって世界は回っている?」
「そういう事だ」

 アイテムボックスからツマミのスモークチーズを取り出し、小さめに切り取って口に放り込む。
 燻製の独特な香りが鼻から抜けるのを感じ、更にワインを一口含んだ。
 複雑な旨みが広がるのを楽しみ、こくりと飲み込む。

「むう。私ではダメですか?」
「誰でもダメだ。ほら、見ろよこれ」

 長袖をまくり上げ、鳥肌の立った腕を見せ付ける。
 平然を装って対応してるけど、相手がジュレ身内じゃなかったら逃げ出してるところだ。
 男のプライドとか、そんな物は持ち合わせてないし。

「甘えるくらいなら構わないけどな。今はこれが限界なんだわ」
「……分かりました。でも、もう少しこのままでも良いですか?」
「まあ、このくらいならな」

 じわじわと恐怖が湧き出てくるが、耐えられない程では無い。
 珍しく甘えて来るジュレを肩に乗せ、二人分の空いたグラスにワインを注いだ。
 
 うーん。しばらくなら大丈夫だと思うし。
 たまにはこんな夜があっても良いか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...