ぐりむ・りーぱー〜剣と魔法のファンタジー世界で一流冒険者パーティーを脱退した俺はスローライフを目指す。最強?無双?そんなものに興味無いです〜

くろひつじ

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79話「夢を見ることくらいは許されるだろう」

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 これは夢だ。
 幼い頃。思い出せないほど昔の話。

「この世界は弱肉強食。弱き者に神も救いもありはしない」

 それは暗殺者としての師匠の言葉。

「生き残りたければ強く在れ。お前が得るべきは絶対的な力だ」

 そう、何度も言われ続けてきた。

「死にたくなければ殺せ。それ以外にお前が生きる道は無い」

 その言葉は俺にとって、唯一の真実だった。

 物心が着いた頃、一番最初に教わったのはナイフの扱い方だった。
 読み書きよりも先に、如何にしてナイフを敵に突き刺すか。
 どのように立ち回れば良いか、何を求めるべきか。
 誰から殺すべきか。
 それをただ、学び続けた。

 暗殺者はあらゆる物事に通じていなければならない。
 標的の思考を読み、行動を読み、そして間違いなく命を奪う為に。
 だから俺は、あらゆる分野に関する知識を叩き込まれた。
 他種族の言語、行動心理、大衆心理、話術、化学、天体、地理、歴史、魔導学、果ては芸術分野に及ぶまで。
 およそ考えられるこの世の全てをこの身に刻み込んだ。

 身体能力が高くなければ生き残れない。
 格闘、剣、槍、弓、鈍器、そして魔法。
 人を殺すための技術を身に付けた。
 魔力が乏しい俺は微々たる身体強化しか使えなかったが、敵が使用して来た時の対処法を知るためにそれを学んだ。

 敵に警戒されてはならない。
 適切な距離を取り、コミュニケーションをはかり、礼節をわきまえ、友となり、心を開かせて。
 敵の全てを知り尽くし、心の距離を縮めて行き。
 そして、油断させて殺してきた。

 俺には何も才能が無かった。
 何も極めることが出来ず、全ての分野で誰かに劣っていて。
 しかし、だからこそ。
 極めることは無くとも、代わりとなる物で代用できる柔軟性を身に付けることができた。

 俺にあるのは人を殺す技術だけで。
 標的を殺すのは当たり前の日常で。
 周りの全てを利用して。
 ただ、殺すだけの道具として生きていた。

 やがて暗殺者ギルドで歴代最高の実績を重ね、『死神グリムリーパー』の二つ名を背負う事となった。
 その事に何を思うことも無く、ただの現実として受け入れた。
 俺が一番上手く殺せているんだな、と。
 何となく、そう思っていた。

 現在得られる情報を、過去に記憶した事柄に当て嵌め、未来を予測すること。
 それは効率的に人を殺す為の技能。
 ただ死なない為に生きてきた俺の集大成で。
 それが当たり前だと、そう思っていた。

 ある日、暗殺者ギルドに一つの依頼が来た。
 倉庫内にいる人間の殺害だ。
 いつも通り、息をするように殺して。
 そしてそれが、自分の師匠である事に気が付いた。

 老齢だった彼は失敗が続いていて、ギルドとしては用済みになっていたらしい。
 そして、何故なのかは分からないが。
 いつもの通り何を思うわけでもなく帰還した俺は。
 ギルドマスターから事の真相を知らされた瞬間、彼の首をはね飛ばしていた。

 衝動的に人を殺したのは初めてだった。
 その時の俺が何を思っていたかは、今になっては分からない。
 ただ、殺さなければならないと、それだけを思っていたような気がする。

 すぐに俺は暗殺者ギルドから指名手配されたが、それは単純に殺す標的が元同僚へと変わっただけの意味しか無かった。
 何かを思うことも無く。見知った顔をした人達を。
 ただひたすらに、殺し続けた。

 数年間に渡り追跡者を殺し続け、推定年齢が二桁になろうと言う頃、やがて追っ手が来る事は無くなった。
 俺を殺すことは不可能だと判断されたらしい。
 これからどうするか考えなければならない。
 だが、俺は人を殺すことしかできない。
 どうしたら良いのか途方に暮れている時、小さな町で一人の女性と出会った。

 ボロボロな格好で覚めた眼をしていた俺を見るや否や、彼女は無防備に近付いて来て、そして笑いながら言った。

「行く所が無いならうちにいらっしゃい。私と家族になりましょう」

 シスター・ナリア。孤児院を兼ねた教会で身寄りの無い子ども達と共に生活をしている修道女。
 元一流冒険者。戦闘能力が極めて高い。
 十字架型の鈍器をメインに敵を薙ぎ払う様から『戦鎚』の二つ名を持っている。
 そんな情報が頭をよぎり。
 同時に、どうでも良いか、と思った。

 暗殺者ギルドでしか生きる事が出来なかった俺は、指名手配された時点で行き場を失った。
 死なない為に生きてきたが、それもいつしか疲れきってしまっていた。
 何の意味も無い人生。道具でしかない俺は。
 神様とやらに仕える彼女に殺されるのが、一番相応しいと感じた。

 それからの生活は激動の日々だった。
 人を殺さない。ただそれだけで、やるべき事が非常に増えて行った。
 自分より幼い子ども達の面倒を見て、仲間と一緒に家事を手伝い、町の店で働き。
 俺は生まれて初めて、誰かと共に生きるという事を知った。

「良いですか? 自分に余裕がある時に誰かが困っていたら救いの手を差し伸べなさい。貴方が誰かに助けられたら、その恩は他の誰かを救う事で返しなさい。
 そうする事で世界は回っているのですよ」

 シスター・ナリアの教えは、俺には意味が分からなかった。
 誰かを助ける。そんな思考を持ったことなんて一度も無かったからだ。
 しかし、他にやることが無い以上、それをやってみようと思った。
 もしかしたら何かの間違いで、俺にも違う生き方が出来るかもしれないと。
 そう、思った。

 あらゆる分野で万能だった俺は、あらゆる人間に手を貸してみた。
 どのような問題でも即座に解答を得ることができ、培ってきた技術で解決する。
 そんな簡単な事をするだけで、彼らは揃って笑顔で言った。
 ありがとう、助かった、と。

 その言葉は少しずつ、俺を道具から人間へと変えて行った。

 人を殺した。数え切れないほどの命を奪ってきた。
 その事実は消えることは決してないし、間違っていたとも思わない。
 そうしなければ生きる事が出来なかったのだから。
 しかし、それでも。今までの生き方を後悔できる程度には。
 俺の価値観は変わりきっていた。

 教会で暮らすようになって数年経った頃、俺は金を稼ぐために冒険者になる事にした。
 人は殺さない。無闇に命を奪わない。その上で、誰の力になりたい。
 だからこそ、様々な依頼を受けて人々の助けとなる冒険者をやろうと思った。

 幸いな事に冒険者に必要なスキルは全て身に付いていて、俺はすぐに冒険者として稼ぐことが出来るようになった。
 同時に、一人で活動する事に限界を感じていた。
 自らの命を守るだけなら何も問題は無い。
 しかし、誰かを守るためには、俺の手はあまりにも小さく、そして血にまみれていた。

 その点、パーティを組めば助けられる範囲が広がる。
 仲間のサポートを行えば、汚れきった俺が直接依頼者と関わることも減るだろう。
 だが、ソロの冒険者として名が売れてしまっていた俺を誘ってくれるパーティなど何処にも無かった。
『竜の牙』を除いて。

 パーティリーダーのカイトは、酒場でたまたま出会った俺に言った。

「行く所が無いならうちに来ないか? 俺たちの仲間になってくれ」

 それはいつか聞いた言葉に、良く似ていて。
 俺はその場ですぐに了承した。

 その次の日にはカイトと仲間であるミルハとルミィと四人で討伐依頼を受け、そしてその帰り道で。
 この仲間達となら上手くやっていける。
 そんな願望にも近い思いを抱いている自分に気付き、内心で非常に驚いた。

 誰かと共に生きる事。それがいつの間にか当たり前になっていて。
 シスター・ナリア。教会の家族。そして、「竜の牙」のメンバーは。
 俺に居場所を与えてくれていた事を知った。

 しかしやがて、俺の心に芽生えた物があった。
 戦いたくない。もう何も殺したくない。
 またあの頃に戻ってしまいそうで、その想いは日を追う事に強まって行った。

 そして俺は、せっかく得る事が出来た仲間と別れることを決意し、彼らを置き去りにして一人で旅立つ事になった。
 生まれて初めて芽生えた意志。
 もう何も殺したくはない。そんな想いを胸に抱いて。

 それから色々な事があったが、ここは割愛することにしよう。
 新たな仲間達と旅を続ける中で色々な体験を重ねることが出来て、様々な感情に触れ、想いを向けられて。
 そうやって俺は、いつの間にか「道具」から「人間」に慣れていたことを知る事が出来た。
 彼女達のおかげで、本当の意味で人生を得る事が出来た。

 そして、誰かを愛するという事を知った。

 今の俺は幸せな時間を過ごしている。
 まるで夢のような日々で、いつまでも終わらなければ良いと本気で願っている。
 こんな日常が尊いと思っている。

 しかしまだ、やらなければならない事がある。
 それを成し終えた時、俺は長い旅を終えることが出来るのだろう。
 だからこそ。

「悪いが、お預けだ」

 夢から覚めた俺は。
 いつの間にか布団の中に侵入して俺の服を脱がそうとしていたサウレの頭を撫でつつ、苦笑いを浮かべた。

「……ライが悪夢をみている気がした」
「気のせいだろ。早く寝ろ」
「……今夜ならいけるかと思ったのに」

 無表情ながらも悔しそうなサウレを抱きかかえながら、俺はソファの上で再び眠り着いた。

 ろくでもない人生だ。けれど、そんな俺でも。
 夢を見ることくらいは許されるだろう。
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