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8話:二人の冒険の始まり
しおりを挟む貴族たちの乗る馬車を王都ユークリアに送り届けて護衛依頼を完遂した後、完了証明書にサインを貰ったノアはそのまま大通りへと向かった。
王都は相変わらず活気に溢れており、見渡す限りが人の群れだ。
大通りには様々な種族。人族に始まり獣の特徴を持つ亜人や耳の長いエルフ、背が小さく筋肉質なドワーフや鱗のあるリザードマンなど多種多様の人々が行き交っている。
そして大通りに沿うように並ぶ露店の数々。
まるで祭の様に立ち並び、食べ物や装飾品などそれぞれ違う売り物を取り扱っている。
ノアはその中から適当な露店へ足を運んだ。
遥か南にある砂漠の街の特産品を扱う店で、その中でも旅人に針を飛ばして襲ってくるキラーサボテンの串焼きが目に止まったので三本ほど購入。
隣の屋台でエールの入った銅製のカップも買い、近くの樹に持たれかかってぺろりと平らげた。
(……後でまた、何か食うか)
力仕事の後には量が足りなかったが、とりあえず腹は落ち着いた。
串をゴミ入れに放り投げ、エールのカップは屋台に返して小銭を受け取る。
このやり取りは店側からしても容器を再利用でき、客側は冷えたエールを飲むことが出来るという発想の下に生まれたらしい。
ノアはその事をはじめて聞いた時、面白いことを考える奴がいるものだと思った。
彼は店主に短く礼を告げると、気を取り直して冒険者ギルドに依頼完了の報告に向かうことにした。
そこは古く大きな建物で、外観は薄汚れており、他の街の冒険者ギルドと同様に酒場が併設されている。
中に入ると自分と同じ冒険者で溢れかえっていた。
喧騒の中、ノアは周りに目もくれずに進む。
(いつも騒がしいな、ここは)
受付カウンターに向かうと受付嬢がこちらに気付き笑顔を向けて来た。
ここの受付嬢は穏やかで美人な為に人気があるらしいが、ノアにはよく分からない話だ。
手続きをしてくれるなら誰でも良いと、そんな心持ちで受付で証明書を渡していた時。
きぃ、と入口のスイングドアが鳴った。
次いでギルド内が不自然に静まり返る。
(……なんだ?)
ノアが怪訝に思いながら振り返ると、そこには先程別れたばかりの少女がいた。
冒険者ギルドには場違いな上等な祭司服、艶やかな銀髪は少し乱れ、紅の瞳は少し潤んでいる。
彼女――オリビアは息を切らしながらきょろきょろと辺りを見渡し、ノアの姿を見つけるとほっと息を吐きながら歩み寄ってきた。
彼は意外に思いながらも彼女の方に向き直り、声を掛ける。
「オリビア? すまない、何か不手際があったか?」
「えぇと、そうじゃなくて……そのぉ」
慎ましげな胸の前で両手を重ね、上目遣いで微笑んでいる少女の姿に鼓動が高鳴るのを感じたノアは、自身の胸に手を当てて首を傾げる。
体調が悪い訳でもないし、今は戦闘時でもない。数秒考えてみるがやはり理由が分からず、一先ず置いておくことにした。
「じゃあ依頼か?」
「そう、依頼です。ノアさんに依頼があるんです!」
オリビアが姿勢を正して堂々と告げる。
しかし緊張しているようで指先が微かに震えており、頬が桃色に染まっている様はとても愛らしい。
元より美少女であるオリビアのそのような仕草に、しかし特に動じる事も無く、ノアはそのまま話を続けた。
「そうか。依頼内容は?」
「そのですね、えぇと……私の護衛を、お願いしたいんです!」
小さな拳を握り締めて懸命に訴える少女に再び胸が高鳴る。
(……なんだ? 俺は体調でも悪いんだろうか)
内心疑問に思うものの答えは出ない。
しばらく悩んだ後、ようやくオリビアの言葉に答えなければと思い至った。
「護衛依頼か。何処までだ?」
「あっ……その、えぇとぉ……」
目を泳がせて無意味に指を捏ね合せるオリビアを不思議そうに見つめる。
それもそうだろう。護衛依頼とは旅の間の安全を確保するためにある物だ。
まさか目的地を聞かれて言い淀むとは思いもよらなかった。
どうしたのだろうかと、しばらく小動物のようにあたふたする彼女を見ていると。
やがて銀髪の少女は意を決したように姿勢を正し、ステンドグラスを通した陽光のように鮮やかに微笑んだ。
「私は女神様から信託を受け、世界中を巡礼する旅に出るのです。貧しき者を救い、弱き者を助け、正しき者の後押しをする。それが聖女としての役割なのですから。
その為の護衛を貴方にお願いしたいのです」
「……巡礼だと?」
「幸いなことに路銀は幾らかあります。立ち寄った街で冒険者として依頼を受けながら、不要な分は教会を通して皆様に届けたいと思っています」
その言葉に、ノアは息を飲んで感銘を受けた。
彼は自分一人が生きていくだけで必死だった。
最近は余裕が出て来たものの、冒険者になって暫くは一日にパン一つしか食べられない時もあった。
過酷で孤独な日々。それが当たり前だと思って生きてきた。
自分が日常を過ごす為。その為に仕事をして金を稼ぐものだと思っていた。
だが、彼女は違う。私財を投げ打ってまで見知らぬ誰かを助けたいのだという。
そんな考えをする者に出会った事など無かった。
それはなんて尊い生き方なのだろうと、彼は感動し、憧憬すら覚えていた。
しかし、ノアは辛そうな表情で首を横に振る。
「……オリビアの事は心から尊敬する。だが俺はたくさんの命を奪ってきた。そんな奴が一緒に居るのは良くないだろう」
そんな資格は自分には無いのだと、そう思った。
傭兵として多くの者を殺した。生きる為とは言えその事実は消えない。
この手は血に染っている。そんな人物が共にあるのは間違っていると。
そんな彼に、オリビアは女神の様な笑みを返した。
「人は赦されるべきです。ノアさんが悔いているのなら、贖罪として旅に同行してください。
たくさんの人を救いましょう。貴方にはそれが出来るのですから」
「……俺は」
ノアは一度目を瞑り、拳を握り締めた。
「俺は戦うことしか出来ない。それでも良いだろうか」
「私は戦うことが出来ません。貴方が良いのです」
彼女の言葉に救いを得た気がした。自分の過酷な人生は全て、彼女と共に行く為にあったのだと
ノアは貴族たちの乗る馬車を王都ユークリアに送り届けた後、街門で護衛完了のサインを貰ってから大通りへと向かった。
王都は相変わらず活気に溢れており、見渡す限りが人の群れだ。
大通りでは様々な種族が行き交っている。
人族に始まり、獣の特徴を持つ亜人や耳の長いエルフ、背が小さく筋肉質なドワーフや鱗のあるリザードマンなど多種多様の人々が行き交っている。
そして道の端に並ぶ露店の数々。
まるで祭の様に立ち並び、食べ物や装飾品など多種多様な売り物を取り扱っている。
ノアはその中から一つの露店へと足を運んだ。
そこは遥か南にある砂漠の街の特産品を扱う店で、中でも旅人に針を飛ばして襲ってくるキラーサボテンの串焼きが目に止まった。
物珍しさもあって三本ほど購入し、隣の屋台でエールの入った銅製のカップも買うと、近くの樹に持たれかかってぺろりと平らげた。
(……後でまた、何か食うか)
力仕事の後には量が足りなかったが、とりあえず腹は落ち着いた。
串をゴミ入れに放り投げ、エールのカップは屋台に返して小銭を受け取る。
このやり取りは店側からしても容器を再利用でき、客側は冷えたエールを飲むことが出来るという発想の下に生まれたらしい。
ノアはその事をはじめて聞いた時、面白いことを考える奴がいるものだと思った。
彼は店主に短く礼を告げると、今度は冒険者ギルドに依頼完了の報告に向かう。
大通り沿いにある古く大きな建物で、外観は薄汚れており、他の街の冒険者ギルドと同様に酒場が併設されている。
ギルド内に入ると、自分と同じ冒険者で溢れかえっていた。こちらも多種多様な人種が居るが、誰もが鍛え抜かれた体付きをしている。
その中でノアは周りに目もくれずに受付カウンターへと進む。
(しかし、いつも賑やかな場所だな)
そんな事を思いながら受付カウンターに向かうと、受付嬢がこちらに気付き笑顔を向けて来た。
ここの受付嬢は穏やかで美人な為に人気があるらしいが、ノアにはよく分からない。
ただ手続きをしてくれるなら誰でも良いと、そんな心持ちで受付で護衛完了の証明書を渡していた時。
きぃ、と入口のスイングドアが鳴った。
次いでギルド内が不自然に静まり返る。
(……なんだ?)
ノアが怪訝に思いながら振り返ると、そこには先程別れたばかりのオリビアがいた。
冒険者ギルドには場違いな上等な祭司服、艶やかな銀髪は少し乱れ、紅の瞳は少し潤んでいる。
彼女は息を切らしながらきょろきょろと辺りを見渡し、ノアの姿を見つけるとほっと息を吐きながら歩み寄ってきた。
彼は意外に思いながらも彼女の方に向き直り、声を掛ける。
「オリビア? すまない、何か不手際があったか?」
「えぇと、そうじゃなくて……そのぉ」
慎ましげな胸の前で両手を重ねて上目遣いで微笑んでいる少女の姿に、ノアは胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
自身の胸に手を当て、首を傾げる。
体調が悪い訳でもないし、今は戦闘時でもない。数秒考えてみるがやはり理由が分からず、一先ず置いておくことにした。
「じゃあ依頼か?」
「そう、依頼です。ノアさんに依頼があるんです!」
オリビアが姿勢を正して堂々と告げる。
しかし緊張しているようで指先が微かに震えており、頬が桃色に染まっている様はとても愛らしい。
元より美少女であるオリビアのそのような仕草に、しかし特に動じる事も無く、ノアはそのまま話を続けた。
「そうか。依頼内容は?」
「そのですね、えぇと……私の護衛を、お願いしたいんです!」
小さな拳を握り締めて懸命に訴える少女に再び胸が高鳴る。
(……なんだ? 俺は体調でも悪いんだろうか)
内心疑問に思うものの答えは出ない。
しばらく悩んだ後、ようやくオリビアの言葉に答えなければと思い至った。
「護衛依頼か。何処までだ?」
「あっ……その、えぇとぉ……」
目を泳がせて無意味に指を捏ね合せるオリビアを不思議そうに見つめる。
それもそうだろう。護衛依頼とは旅の間の安全を確保するためにある物だ。
まさか目的地を聞かれて言い淀むとは思いもよらなかった。
どうしたのだろうかと、しばらく小動物のようにあたふたする彼女を見ていると。
やがて銀髪の少女は意を決したように姿勢を正し、ステンドグラスを通した陽光のように鮮やかに微笑んだ。
「私は女神様から信託を受け、世界中を巡礼する旅に出るのです。貧しき者を救い、弱き者を助け、正しき者の後押しをする。それが聖女としての役割なのですから。
その為の護衛を貴方にお願いしたいのです」
「……巡礼だと?」
「幸いなことに路銀は幾らかあります。立ち寄った街で冒険者として依頼を受けながら、不要な分は教会を通して皆様に届けたいと思っています」
その言葉に、ノアは息を飲んで感銘を受けた。
彼は自分一人が生きていくだけで必死だった。
最近は余裕が出て来たものの、冒険者になって暫くは一日にパン一つしか食べられない時もあった。
過酷で孤独な日々を送り、それが当たり前だと思って生きてきた。
自分が日常を過ごす為。その為に仕事をして金を稼ぐものだと思っていた。
だが、彼女は違う。私財を投げ打ってまで見知らぬ誰かを助けたいのだという。
そんな考えをする者に出会った事など無かった。
なんて尊い生き方なのだろうと、彼は感動し、憧憬すら覚えていた。
しかし、ノアは辛そうな表情で首を横に振る。
「……オリビアの事は心から尊敬する。だが俺はたくさんの命を奪ってきた。そんな奴が一緒に居るのは良くないだろう」
そんな資格は自分には無いのだと、そう思った。
傭兵として多くの者を殺した。生きる為とは言えその事実は消えない。
この手は血に染っている。そんな人物が共にあるのは間違っていると。
そんな彼に、オリビアは女神の様な笑みを返した。
「人は赦されるべきです。ノアさんが悔いているのなら、贖罪として旅に同行してください。
たくさんの人を救いましょう。貴方にはそれが出来るのですから」
「……俺は」
ノアは一度目を瞑り、拳を握り締めた。
「俺は戦うことしか出来ない。それでも良いだろうか」
「私は戦うことが出来ません。貴方が良いのです」
彼女の言葉に救いを得た気がした。自分の過酷な人生は全て、彼女と共に行く為にあったのだと感じた。
「ありがとう。よろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
互いに笑顔で握手を交わす。
二人の旅はこうして幕を開いた。
た。
「ありがとう。よろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
互いに笑顔で握手を交わす。
二人の旅はこうして幕を開いた。
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