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9話:二人の冒険の始まり(聖女視点)
しおりを挟む王都ユークリアに馬車が着いてすぐ、オリビアは教会へ向けて駆け出した。
自身に身体能力強化の魔法を使用する程の勢いで人混みに溢れ返った大通りを抜けると、人の目も気にせず一直線に走る。
ものの数分で目的地に到着した彼女はそのまま大司教の部屋をノック。返事が返ってくるまでの数秒で乱れた息を整え、聖女に相応しい楚々とした佇まいへと戻った。
ガチャリとドアを開けて入ると、見慣れた初老の男性――この教会の大司教が厳格な面立ちで迎えてくれた。
オリビアは彼を面前にして、心の中で気を引き締める。
「これは聖女様。もう戻られていたのですか」
「つい先程帰りました。それより大司教様、大切なお話があります」
「ほう。話とはどのような?」
問われ、胸の前で祈るように両手を組み合わせ、天を仰ぐ。
「神託が下りました。私は本日中に旅立たねばなりません」
「なんと……⁉ どのような神託ですか⁉」
「汝、黒衣の剣士と共に諸国を巡り人々を助けよ、と。今回馬車を護衛してくれていた冒険者も黒衣の剣士。即ち、これは女神様の思し召しだったのでしょう」
実際に彼女は夢の中で女神クラウディアから神託を受けていた。
未だに戦争の爪痕が残る諸国を巡り、人々を助けよと。
女神の信託を成すことはこの世で最も尊き行動であり、聖女として当然の義務。
女神教ではそれを行うことは何よりも正しいとされている。
ちなみに。神託の内容は「諸国を巡り人々を助けよ」だけである。
また、神託を受けたのは一週間も前の事だ。
色々と個人的な予定が詰まっていたので先延ばししていた所、ノアと運命の出会いを果たしたので急いで大司教に告げた次第である。
また、黒衣の剣士の下りはオリビアの拡大解釈という名のこじつけに過ぎない。
ノアと二人で旅に出る為に、神託を利用したとも言える。
春の陽射しを体現したかのような可憐なオリビアは、史上の幸福を手に入れたと言わんばかりに微笑みを浮かべていた。
大司教はその姿に神聖さを感じ、彼女と同じように祈りを捧げる仕草を取る。
「なんという……しかし、その旅は危険なのでは?」
「構いません。この身は既に捧げると決めております」
誰に、とは言っていない。
つまり、嘘は吐いていない。
「おお……聖なるかな。聖女様に幸あらん事を」
感極まって涙を流す大司教に手を翳しつつ、オリビアは次の目的地までの最短ルートを頭の中で思い浮かべるのだった。
〇〇〇〇〇〇〇〇
次に向かう先は冒険者ギルド。
ノアはそこで護衛依頼の完了報告を行うはずだ。
タイムロスはあるが、急げばまだ間に合う。
根回しが完了していても本人を捕まえなければ意味が無いのだ。
再び全力で街を駆け抜け、すぐに冒険者ギルドに到着。
何処か威厳のある古めいた建物のスイングドアをきぃ、と開けて中へと入る。
途端、周囲の目線が自分に向くのを感じたが、しかし今はそれ所では無い。
息を切らしながらきょろきょろと辺りを見渡すと、受付カウンターの前にノアの姿を見つけ、ほっと息を吐きながら歩み寄った。
(良かった、間に合った!)
ノアの凛々しい佇まいにやはり胸を高鳴らせていると、彼がゆっくりとこちらに向き直った。
「オリビア? すまない、何か不手際があったか?」
「えぇと、そうじゃなくて……そのぉ」
彼の声に身体の深奥がきゅんと反応してしまい、恥ずかしさを隠すために胸の前で両手を重ねて聖女の微笑みを作る。
黒衣の剣士は自分の胸に手を当てて何かを考えたあと、再度口を開いた。
「じゃあ依頼か?」
「そう、依頼です。ノアさんに依頼があるんです!」
オリビアが姿勢を正して堂々と告げる。
緊張から指先が微かに震え、羞恥に頬が染まるのを感じるが、微笑みは崩さなかった。
長年培って来た技術だ。そう簡単に崩れはしない。
「そうか。依頼内容は?」
「そのですね、えぇと……私の護衛を、お願いしたいんです!」
この機を逃せば次は無い。どのような手段を使ってでも彼を引き止める。
そんな決意を現すかのように、小さな拳を握り締めて懸命に訴えた。
ノアはしばらく黙り込んだ後、不思議そうに尋ねた。
「護衛依頼か。何処までだ?」
「あっ……その、えぇとぉ……」
咄嗟に何処までも、と答えそうになりながらも、目を泳がせながら無意味に指を捏ね合せ、何とか上手い言い訳を考える。
しかし聖女として嘘を吐く訳にもいかない。
それならばと、彼女は意を決して姿勢を正し、微笑みを深くした。
「私は女神様から信託を受け、世界中を巡礼する旅に出るのです。貧しき者を救い、弱き者を助け、正しき者の後押しをする。それが聖女としての役割なのですから。
その為の護衛を貴方にお願いしたいのです」
「……巡礼だと?」
「幸いなことに路銀は幾らかあります。立ち寄った街で冒険者として依頼を受けながら、不要な分は教会を通して皆様に届けたいと思っています」
嘘は、何一つ吐いていない。
神託を受けた事は事実だし、護衛が必要なのも本当だ。
オリビアが使える魔法は支援と回復のみ。一人で戦闘を行えない為、旅の護衛は必須である。
改めて自分の言葉を思い返しても辻褄は合っている。大丈夫なはずだ。
しかし、ノアは辛そうな表情で首を横に振った。
「……オリビアの事は心から尊敬する。だが俺はたくさんの命を奪ってきた。そんな奴が一緒に居るのは良くないだろう」
その言葉に、オリビアは微笑みを浮かべる。
(良し! これなら行ける!)
内心で拳を天に突き上げながら、外見は清楚可憐に振る舞うことを忘れない。
「人は赦されるべきです。ノアさんが悔いているのなら、贖罪として旅に同行してください。
たくさんの人を救いましょう。貴方にはそれが出来るのですから」
(さあ! さあさあ! これでどうだっ!?)
「……俺は」
ノアは一度目を瞑り、拳を握り締めた。
「俺は戦うことしか出来ない。それでも良いだろうか」
(きたあああ!! やった! やったぁ!!)
大騒ぎしながら飛び跳ねたい気持ちを硬い意思で抑え込み、トドメの言葉を口にする。
「私は戦うことが出来ません。貴方が良いのです」
(こいこいこい! この流れならいける! 女神様、お願いしますぅ!!)
手を差し伸ばして、永遠とも思える数秒間の後。
「ありがとう。よろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
互いに笑顔で握手を交わす。
ノアの微笑みを受けてクラリと倒れそうになるが、そんな勿体ない事が出来るはずもない。
(あああああ!! 女神様ありがとうございます! これからも貴女様を讃え続けます!)
心の内で悶絶し、ノアの大きく無骨な手の感触を堪能しながら、オリビアはかつて無い程の熱量を持って女神クラウディアに感謝の祈りを捧げていた。
二人の旅はこうして幕を開いた。
と言うより、オリビアが無理矢理幕を切り開いた。
乙女の煩悩は止まる事無く、彼女はただ欲望のままに突き進むのであった。
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