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10話:討伐依頼
しおりを挟む岩肌が散りばめられた大地を蹴り、間合いを詰める。
自分の身の丈程もある巨大なバッタの一撃を躱し、ノアはその懐に潜り込んだ。
切り上げ、直後、爆音。
タイミングを合わせて引かれたトリガー。それに連動して撃鉄が降り、叩かれた薬莢が炸裂して振動を生む。
ガンブレイドでの一撃はするりとバッタの胴へ入り込み、見事な切り口で両断した。
流れるように二撃目。横薙ぎに振るった刀身が飛び掛って来ていた二匹目を斬り裂き、ノアはそのままの勢いで次の敵へ襲い掛かった。
オリビアの魔法によって強化された身体能力は凄まじく、瞬く間に巨大なバッタを屠っていく。
滞空中の敵を跳び上がりながら斬り、シリンダーを振り出して排莢。
じゃらりと連なり落ちる空の薬莢には目も暮れず、再装填してシリンダーを振り戻す。
着地と同時に背後に向けて突き出した刀身は、巨大なバッタを容易く串刺しにした。
ぐしゃりと音を立てて動きを止め、その個体はびくりと痙攣した後に動かなくなる。
それを見届ける事もなくガンブレイドを引き抜いたノアは、背後を振り返り何度目かの安否確認を行う。
その視線の先には腰の前で手を重ねたまま悠然立ち尽くし、飛びかかるバッタを魔法の障壁で弾き飛ばしているオリビアの姿。
傍目からするとどう見ても無事にしか見えないが、それでも彼は不安げに声を掛けた。
「オリビア! 無事か⁉」
「はい、問題ありません!」
その返答に安堵の息を吐き、ノアは更に加速する。
斬り飛ばす。爆散させ、蹴りつける。跳ね上げ、穿ち、斬り裂いていく。
その様はまるで芸術のように洗練されており、鍛え上げられた肉体が躍動する。
涼し気な表情。しかし、油断の無い鋭い瞳。
ノアが内に秘めた激情を見せることは無い。
ただ行動に移し、一刻も早くオリビアの元へと向かう為に。
最後の一匹が動かなくなるまでに、そう時間はかからなかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇
二人の初めての共同クエストとして小さな村に害を成す昆虫型の魔物を殲滅しに来たのは良いが、実際に見てみると敵の数が多すぎた。
そこで何と、オリビアが自ら進んで囮になる事を提案して来たのだ。
ノアは危険だと強く反対したのだが、最終的に彼女に押し切られる結果となってしまった。
ならばせめて可能な限り速く敵を排除しようと、ノアはかつて無い程の意気込みでガンブレイドを振るっていた次第だ。
その意気込みは結果に現れており、到着して僅かな時間で既に数十匹のバッタを屠っていた。
(オリビア……くそ、もっと速く!)
しかしノアは己の成した結果に満足しておらず、更に先を求める。
速く、確実に、容赦なく、躊躇いなく。
オリビアを守る。ただその為に、ノアはガンブレイドを振り続けた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
一方、当のオリビアはと言うと。今日も今日とて平常運転だった。
(ほああああ! ノアさんのしなやかな筋肉! 真剣な顔! ああ、漏れ出す熱い吐息を余すことなく吸い込みたい!)
無論のこと、今日もブレーキはぶっ壊れたままだ。
彼女の魔法の実力は世界でもトップクラスに洗練されており、その障壁魔法はドラゴンの一撃ですら受け止めることが出来る。
ましてや巨大とは言えバッタ程度の一撃では、彼女に近付く事すらできない。
そんな障壁魔法と同時に展開されているのは、オリビアのオリジナル魔法である『目標補足』だ。
特殊な術式を用いたそれは彼女にしか使用出来ず、また使用中は移動することが出来ない。
さらに効果は非常に限定されているが、それはシンプルながら非常に強力な魔法だった。
対象個体の情報をリアルタイムに観測できる魔法。
これにより相手の行動を把握して常に先手を取ることが出来る他、自衛の点でもより安全性を保つことが出来る。
ありとあらゆる情報を得る事の出来る、攻守に優れた万能魔法。
それが『目標補足』だ。
という名目で作成された第一線級の超高度な魔法なのだが。
これは実の所、オリビアが戦闘中のノアを余すことなく感じる為に作られた魔法である。
緻密で複雑な、それこそ芸術とも呼べる術式をたった一日で作り上げたのも、全てはこの瞬間の為に。
(うぇへへへ! ノアさんの体温! まるで一つになったような心地よさ! 良き! 良き良き!)
いつも通り清楚可憐な佇まいのまま、彼女の心は煩悩で溢れ返っていた。
尚、オリビアはノアの身を全く案じていない。
彼自身も知らないことだが、密かに自身と同じ障壁魔法を彼に向けて展開している為、仮にドラゴンの一撃に襲われようと何ら問題は無いのだ。
故に彼女は、愛しい人の感触をただひたすらに、一心不乱に楽しむことが出来ていた。
膨大な量の魔力を無駄遣いしながらも、オリビアは幸せな時間を堪能し続けた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
滞りなく戦闘が終了した後。
「ノアさんお疲れ様です! いま傷を癒してあげますからね!」
怪我の一つもある訳がないノアに白々しく告げ、オリビアが魔力を練り上げる。
「いや待てオリビアーー」
「大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ。願わくば彼の者に癒しの奇跡を。極大回復魔法!」
静止の声は聞こえないふりをして、オリビアは最上級の回復魔法を行使した。
解放された魔力に導かれ、雲ひとつ無い蒼天から純白の光がノアに降り注ぐ。
四肢欠損すら癒す奇跡の光は優しく彼を包み込み、黒衣に付着していた砂埃やバッタの返り血を跡形もなく綺麗に消え去っていった。
「……オリビア。俺は大丈夫だったんだが」
「ふわわぁぁ……ごめんなさいぃぃ……ノアさんが心配でぇぇ……」
魔力の枯渇によって湧き上がる目眩にふらふらと揺れる彼女の肩を、ノアは優しく抱き止めながら苦笑いした。
彼女はどんな時でも一生懸命だ。
早とちりではあったが自分を心配してくれた事も嬉しい。
そんなオリビアを守りたいと改めて強く想い、オリビアの膝裏に腕を入れて優しく抱き上げた。
幸いなことに依頼を出した村までは近い。抱えて行っても差程問題は無いだろう。
少し、鼓動が早い気がして、しかしそれも何処か心地よく。
ノアは穏やかな心持ちでオリビアと共に村へと向かった。
〇〇〇〇〇〇〇〇
そしてオリビアは目眩にくらくらしながらも、この瞬間を余すこと無く堪能していた。
彼の優しげな表情と逞しい胸板、膝裏を掴む硬い腕の感触。
仄かに届く硝煙と彼自身の香りに胸を高鳴らせ、身体を昂らせていた。
彼と触れ合う口実を作る為。
ただそれだけの為に、最上級の神の奇跡を顕現させた聖女の心は今、幸せに満ちていた。
(あぁぁああ! 合法的に抱きつきながらノアさんを堪能出来る! 冒険者になって良かったあああ!)
オリビアの煩悩は果てしなく、しかしノアがそれに気付くことは無い。
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