ガンブレイド&オーバーヒール〜無垢な元傭兵と欲望の聖女〜

くろひつじ

文字の大きさ
20 / 25

20話:旅宿

しおりを挟む

 ほぼ全ての敵をノア一人で倒してしまったので、三兄弟は後始末は引き受けるからと彼に宿に戻ってもらうことにした。
 護衛依頼を受けているのに大した事が出来なかった事に関して、若干じゃっかんの責任感を覚えたようだ。
 トム、タム、テムは魔物から討伐部位――犬歯を切り折ると、街道の外に穴を掘って死骸を埋めていく。
 放っておくと臭いに引かれて他の魔物が寄ってくるため、倒した魔物は素材や討伐証明部位だけを残し、後は穴を掘って埋めるのが冒険者の常識である。
 しかしゴブリンロードの遺骸は特に大きく、三人で引き摺るだけでも一大事で、彼らはくたくたになりながら旅宿へと戻る事になった。

 旅宿の中に入ると、上半身裸になったノアの身体をオリビアが拭いている姿が目に入った。
 優しげな微笑みを浮かべながら大きなタオルで丁寧に拭う様は、まるで母と子のようだ。

「ノアさん、あんまり無茶はしないでくださいね」
「大丈夫だ。オリビアに問題が無さそうで良かった」
「もう……困った人です」

 嬉しそうに彼の上半身をワシワシと拭くオリビアと、彼女の好きなようにされているノアの二人に苦笑いしながら、三兄弟は自分たちも汚れを清めることにする。
 革鎧を脱ぎ捨て、濡らした布で武具を拭おうとした時、不意に聖女の歌声が聞こえた。

「大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ。願わくば彼の者達に癒しの奇跡を……回復魔法ヒール

 その詠唱に応じ、空気中に漂い出した光が彼らの身を包み込む。
 優しい木漏れ日のような光は彼らの汚れや疲れを全て消し去っていった。

「皆様もお疲れ様でした。まだ痛む所があれば教えてくださいね」
「うわぁ……ありがとうございます!」
「私からのせめてものお礼です」

 女神のように微笑むオリビアに頭を下げて礼を告げた時、トムはある事に気付いた。

(……なんで、ノアさんを拭いてるんだ?)

 優しげに慈しむようにノアを拭き続けるオリビアに、ふとした疑問を抱く。
 自分たちと同じように魔法で清めてしまえば良いだけだと思うが、何か自分たちのような一冒険者には分からないような事情があるのだろうか。
 何にせよ、楽しそうにいそしむ彼女を止める理由も無く、首を傾げながらもトムは装備の点検を始めるのだった。

〇〇〇〇〇〇〇〇

(うぇへへぇ……ノアさんの匂いを特等席で!)

 無論、そんな小難しい事情など何も無かった。
 オリビアは至近距離で彼の火照った身体を撫で回し、余すこと無く堪能しているだけである。

 よどみの無い手付きからは邪念など感じられず、むしろ神々しい儀式を行っているようにすら見える。
 小さな所作ですら教会で訓練していた為、その心を外から推し量ることは魔法でも使わない限り不可能だ。

(ありがとう女神様! 本当にありがとうございます!)

 心の中で感謝の祈りを上げ、くすぐったそうなノアの背筋を指で撫で上げる。
 つ、と指を動かす度に筋肉がぴくりと動き、その反応に愛おしさを感じながら、抱き着きたい衝動を何とか抑え込んでいた。
 この場にはノアの他に冒険者や御者が居る。
 下手なことをすれば噂が広がり、旅が取り止めになってしまうかもしれない。
 大胆に攻めるのは二人きりの時だけと自分の中で決まりを作り、それでも抑えきれない欲望はこうやって僅かずつ発散していた。

 他にも色々と。よろけた振りをして抱き着いたり、彼の手元を後ろから覗き込みながら抱き着いたり、誤って彼の使用済みのカップから白湯を飲んだり。
 思い付く限り全て、けれど不自然に思われない程度の頻度で、彼女はノアとの触れ合いを行っていた。

(あああ! 半裸のノアさんが目の前に! 頬擦りしたいぃぃ!)

 オリビアのフェチズムに突き刺さる肉体美。
 細身ながらもしっかりと筋肉の着いた背中。
 時折漏れる、安堵しきった低く甘い溜息。
 ふわりと揺れる黒髪はまるで大型犬のようで、モフモフと撫で回したくなる。

 しかし、我慢だ。我慢するしかない。
 他人の目が無ければ何かと理由を付けて「お願い」する所だが、生憎あいにくと今は旅の連れ立ちがいる。
 彼と甘い一時を過ごすにはあまりにも適していない。

(ぐぬぬ。今日はキスもお預けですね……)

 煩悩に塗れた聖女は心の中で唇を噛む。
 残念だが、仕方あるまい。
 代わりとばかりに丹念に彼の身体を拭き上げると、最後にひたりと背中に両手を付けた。
 数秒程ノアの体温を感じ、すっと手を離す。

「ノアさん、終わりましたよ」
「ああ。いつもすまないな」

 振り返り、笑いながら礼を言うノアに胸が高鳴るが、やはり外側は自然体に。
 湧き出る性愛を完全に隠し切り、オリビアは聖女の笑顔を返す。

「やりたくてやっている事ですから」

 黒いインナーを着る姿を惜しみながら、脳内で先程までの蜜月を繰り返す。
 今夜寝る時も傍に居てもらおう。
 そう決意し、彼の革鎧を手渡すオリビアだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...