ガンブレイド&オーバーヒール〜無垢な元傭兵と欲望の聖女〜

くろひつじ

文字の大きさ
21 / 25

21話:継続

しおりを挟む

 翌朝。いつも通り誰より早く目覚めたノアは、簡単に武具の整備を行った後に外へ出て、全員分の朝食を作り出した。
 簡素な物で、豆と芋を捏ね合わせたパンに茹で玉子、それに村で買っておいた紅茶。
 時間を掛けずに食べられて、腹持ちも良い。
 味はそれなりだが、旅の食事としては十分だろう。

(傭兵時代につちかった経験も案外役に立つものだ)

 こんな質素なものでさえ、オリビアは喜んで食べてくれる。
 その光景を思い出しながらパンの表面を焚き火であぶっていると、馬車の御者が旅宿から出てきた。

「おはようさん。昨日はありがとな。流石に死んだと思ったわ」
「オリビアのおかげだ。俺一人ならもっと時間がかかった」
「単独でも倒せるのかよ。滅茶苦茶だなアンタ」

 御者は苦笑いしながら腰に提げたアイテムボックスに手を入れ、小さな箱を投げ渡してきた。

「命の礼には足りないが、受け取ってくれ。貴重な物だし護衛料代わりにはなるだろ」
「分かった。だが、これは何だ?」
「魔導都市で貴族の間で流行ってる香木だ。女はこれが好きらしいからな。魔導都市の宿でいてやると良い」
「そうか。ありがたくもらっておく」

 小箱を自身のアイテムボックスに収納し、代わりに炙りたてのパン等を皿に移して渡してやる。

「今日も美味そうだな。ありがてぇ」
「出来れば早めに出よう。雲行きが悪い」
「確かにこいつぁ雨が降るかもな。食ったらすぐに準備するわ」
「頼んだ」

 二人して黙々と朝食を食べ進める。
 豆と芋のパンはそれなりに出来が良く、パリッとした食感の後に甘みと旨みが口の中に広がる。
 茹で玉子に塩を振ってをかじり紅茶で流し込むと、ノアはすぐに旅宿の中へと戻った。

 壁の近くに居たオリビアは既に身支度を済ませており、こちらを見つけると嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。

「おはようございます。昨晩はお疲れ様でした」
「問題ない。外に朝食を用意してある」
「ノアさんはもう食べちゃったんですか?」
「ああ。出立の準備を終わらせるから食べてくると良い」
「むぅ。一緒に食べたいっていつも言ってるのに……」

 小さくふくれながら言うオリビアの頭を撫でながら微笑む。
 彼女は朝が弱い訳では無いが、特段強い訳でもない。
 旅の疲れもあるだろうから起こさなかったのだが、逆効果だったようだ。

「次からはそうしよう。今日のところは我慢してくれ」
「分かりました。約束ですからね?」
「ああ、約束だ」

 互いに笑い合い、オリビアを見送った後にノアは敷いていた毛布などを片付ける。
 大した荷物を出していた訳でも無いのですぐに終わり、オリビアの後を追おうとした時、後ろからトムに声をかけられた。

「ノアさん。どうやったらノアさんみたいに強くなれますか?」

 昨晩と同じく真剣な声色。何か思うところがあったのだろう、彼の顔は切羽詰まった表情が浮かんでいる。
 ノアはその問いに数秒ほど真剣に悩み、結局一言だけ返した。

「日々の訓練だ」

 そうとしか言いようがない。
 ノアに戦いの才能は無かったが、努力をおこたらない才能を持ち合わせていた。
 空き時間があれば剣を振るい、敵の攻撃を躱す練習を行う。
 オリビアと出会う前はそれこそ一日中、寝る間も惜しんで訓練していたし、今でもオリビアが離れている間はそうして技術を研鑽けんさんしている。

「剣を振れ。常に考え続けろ。そうすれば生き残ることができる」

 傭兵時代からの信条だ。それを続けてきたからこそ今のノアがある。
 生き残るため。今まではそれが第一だった。

「特別な事は無いんですか?」
「無い。常に備えるこたと。俺にはそれしかない」

 自分を。仲間を。そして何よりオリビアを守護まもる為に。
 決しておごらず油断しない。
 ノアにはそれしか出来なかったし、それをずっと続けてきた。
 それは恐らく、これからも。

「なるほど……簡単には行かないものですね」
「或いは、そうだな。俺には良く分からないが、魔法を学ぶのは良いかもしれない」
「……え?」

 きょとんとした顔のトムに、さらに続ける。

身体強化ブーストという魔法がある。それを使えれば今より強くなれるだろう」
「いや、その。ノアさんは使ってないんですか?」
「ああ。俺に魔法の才能は無いからな」

 オリビアと出会うまで魔法の類とは無縁だった。
 精々が魔導具――魔法を使うための魔導式が刻まれた、魔力で動く道具を使用するくらいだ。
 何でも、頭の中で魔導式を組み立て演算することにより、魔力の性質を変えて様々な効果を生み出すのが魔法、らしい。
 ノアには全く理解できなかったが、便利なものであるのは確かだ。

 しかしトムの言葉に込められた意味は違った。
 身体強化ブーストは子どもでも使える程に簡単な魔法で、ほとんどの人間が使うことができる代物だ。
 それをまさかノアが使えないとは思いもよらなかった。
 と言うことはだ。
 彼が傭兵時代に成し遂げた偉業――百対二千の兵力差がありながらも敵を殲滅せんめつしたり、おとりのはずの傭兵団だけで城塞と化した都市を攻め落としたりといった事を生身で行っていた事になる。

(はは……滅茶苦茶な話だな、これ)

 繰り返すが、ノアに戦いの才能は無い。
 物心が着いた時から続けてきたたゆまぬ努力。幾度と無く乗り越えてきた死線。そして様々な傭兵達を師として得た知識。
 それらの積み重ね、努力のみでノアは形成されていた。

「他に聞きたいことはあるか?」
「い、いえ……ありがとうございます」
「そうか。では先に出ている」

 言い残し、ノアはオリビアの元へと向かった。
 様々な事柄を犠牲にして得た力。
 生きる術でしか無かったそれは、彼女と出会ったことでついに意味を成した。

(今までがあったからオリビアを守護まもる事が出来る)

 関わった全ての者に感謝しながら、彼は急ぎ足で馬車へ向かった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...