22 / 25
22話:魔導都市
しおりを挟む旅宿を出て数時間。出発後にぽつりぽつりと雨が降り出し、本降りになる頃に魔導都市に着く事が出来た。
雨の降りしきる中で聳え立つ巨大な外壁。
灰色の壁は所々に照明用の魔導具が設置されており、雨の中でも白色の壁をぼんやりと照らしている。
普段は街門の前には入場許可待ちの列が出来ているのだが、今日は雨のためか人も少なく、すんなりと街に入ることが出来た。
入口のすぐ近くにある馬車の停留所で降りて、オリビアと二人で雨避けの為に外套を羽織る。
元々ノアの予備として用意していたフード付きの厚めの外套は、オリビアの姿をすっぽりと覆い隠してしまっている。
濡れる事は無いだろうが、小さめな背丈と華奢な体型が合わさって、特に薄暗い場所では子どもにしか見えない。
その自覚があるのか、少し不満げなオリビアの頭に何となく手を乗せ、御者に向き直る。
「世話になったな」
「こっちこそ、本当に助かったぜ。アンタは俺の英雄だ」
「英雄か。荷が重い話だ」
「ゴブリンロードを倒しておいてよく言うぜ」
苦笑いする御者に手を伸ばして握手を交わすと、トム達三兄弟に振り返った。
軽く握った拳を上げ、無表情でノアが言う。
「お前たちも。旅の間、退屈せずに済んだ」
「一応俺たちは護衛依頼だったんですけどね」
何とも言い難い表情を浮かべながらノアの拳に己の拳をぶつけるトム。
拳を当てるのは冒険者にとってメジャーな挨拶だ。
共に頑張ろう、お疲れ様、といった意味が込められている。
しかし一番の功労者に労われ、彼は複雑な心境のようだ。
「俺たちは宿をとって冒険者ギルドに行く予定だが、お前たちはどうする?」
「飯を食ったらすぐに出発です」
「そうか。幸運を祈る」
「ありがとうございます! では!」
雨の中で元気よく走っていく三人を見送った後、ノア達は大通り沿いにある宿屋へと向かった。
宿の外観はとても綺麗で、建築されて数年も経っていないように見えた。
ツルツルした白い壁は照明用魔導具の光を反射して輝いているし、木製のドアも艶がある。
だが少なくともノアが十年前に魔導都市に訪れた時には既にこの宿は営業していた。
魔導都市なだけあって何らかの魔法が使われているのだろう。
(不思議なものだ。魔法とはやはり、便利だな)
思いながら新築のような宿のドアを開けると、その瞬間いきなり喧騒が訪れた。
魔法で遮音してあったのだろう。外に居る時には何も聞こえなかったので少し驚いた。
中は一階が食堂、二回が宿と別れているようで、時間帯的に客が夕飯を食べているのだろう。
ノアも何か腹に入れたいが、それより先に部屋を取らなければならない。
オリビアと共に受付に向かうと、奥から猫の亜人――猫耳に猫尻尾の生えた幼い少女がパタパタと走ってきた。
「こんばんは! えぇと、部屋は一室しか空いてないですが、大丈夫ですか?」
背伸びをしながらカウンターの上の台帳を取り、中身をめくりながら聞いてくる。
家の手伝いだろうか。この歳で様になっているのは凄いなと思いながらも、ノアは平然とした顔で答えた。
「構わない。二泊頼む」
「分かりました! 部屋は二階に上がって一番奥です! タオルはサービスしておきますね!」
「すまない、助かる」
二枚の大きめのタオルを渡されながら濡れた外套を脱ぎ、しかし二枚ともオリビアに渡す。
微笑みながら受け取った彼女は自身の顔や髪を拭いた後、背伸びをしながらノアの頭をワシワシと拭いた。
その姿に少女は興味深そうな顔をしていたが、食堂の奥から呼ばれてすぐに走って行ってしまった。
残されたノアたちは目の前の階段を上り、言われた通り一番奥の部屋に入る。
豪華では無いが、中々に良い部屋だった。
隅の方にベッドが一つあり、向かい側には文机。
それだけの部屋だがそこそこ広さもあり、二人で滞在するには十分と言える。
「ふぅ。ノアさん、お疲れ様でした」
部屋の中で一息吐いて、オリビアはノアに微笑みかける。
ほんのり上気した頬が愛らしく、煌びやかな銀髪も合わさって正に女神のような有様なのだが、ノアは彼女の体調を気にすることで精一杯だった。
馬車での旅とは言え、揺られっぱなしでいるのも体力を使う。
華奢なオリビアが疲れていないか、それが心配だった。
「オリビア。少し休んでいくか?」
「お腹も空いちゃいましたし、先にご飯を食べに行きましょう」
「そうか。無理はするなよ」
「もう……私も少しは鍛えてるんですからね?」
不安げに言うノアに対してオリビアが頬を膨らませながら返す。
戦う事は出来ないが、これでも一般の人よりは鍛えてある。
たかが数日程度の旅など何ら問題は無いのだが、それでもノアに心配されること自体は嬉しく感じていた。
「ほら、早く行きましょう! お腹ぺこぺこです!」
両手でノアの左手を引いて、無邪気に笑う。
その様にノアは心が昂るのを感じたが、やはりどのような感情なのかは分からない。
だがそれを心地よいと思い、楽しそうなオリビアに笑みを返しながら、引かれるままに彼女に着いて行く事にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる