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25話:盗人
しおりを挟む少女たちが密会を行っている時、ノアは受け取った品物の確認を行っていた。
黒色火薬の入った油紙の包みを手に取り、手作業で一つずつ薬莢に詰めていく。
自身の命を預ける武器のパーツだ。ここで手を抜く訳にはいかないし、この作業を誰かに任せるつもりもない。
一つのミスで人間は簡単に死ぬ。それを知っているからこそ、ノアは慎重に作業を進めていた。
(相変わらず質の良い品を揃えてあるな。さすがはアメリアだ)
少しばかり値は張るが、彼女はいつも最上級に近い代物を用意してくれる。
その点も含めて、ノアはアメリアをかなり信用していた。
少なくとも、命を同じくらいに大事に思っているオリビアを任せるくらいには。
そしてだからこそ、見逃せないものがあった。
「そこの男。何をしている」
店の中に音も無く入り込んできた小汚い装いの男を見据え、ノアが剣呑な表情で言葉を放つ。
「旦那、あっしは何もしてませんぜ」
愛想笑いを浮かべる男に、しかしノアは鋭い視線を向けたまま告げた。
「その懐に入れた物を置いておけ」
「……ちっ!」
舌打ちして入り口に向かって走り出す男、その右足に。
「警告はしたぞ」
ノアの投げたナイフが鋭く突き刺さった。
「うぎゃあ!」
成す術もなく倒れこんだ男に歩み寄り、足で仰向けに転がす。
その際に男の懐から黄金色の球体が転げ落ち、ノアはそれを拾い上げた。
「選べ。憲兵に突き出されるか、ここで腕を切り落とされるか」
「ひぃっ! か、勘弁してくだせぇ! 出来心だったんでさぁ!」
「出来心か。その割には手馴れていたな」
もはや話すこともないと言わんばかりに、ノアはカウンターに置いていた大ぶりのナイフを手に取る。
薄暗い照明を反射して鈍く光る刀身を見て、男は笑いながら両手を上げた。
「分かった、腕を落とされちゃ叶わん。憲兵を呼んでくれ」
演技は通じないと理解したのだろう。男は先ほどまでの哀れな姿を捨て、不敵に言い捨てた。
その姿を見てノアは一瞬考えると、ある疑問を男に投げかけた。
「お前に聞きたいことがある」
「何だ? 身の上話でも聞いてくれるってのか?」
「それに近いな。お前は何故この店を狙ったんだ? 一般人にはこの店の品物はガラクタにしか見えないだろう」
「そんな事か。俺は元々王宮勤めの魔術師だから、魔導具の目利きが出来るんだよ。一週間前に同僚に騙されて職を失っちまったけどな」
男が苦笑いを浮かべる。その姿に嘘はないと判断したノアは、アゴに手を添えて考えた。
ここでこの男を殺すのは簡単だし、憲兵に突き出してしまえば話はそこで終わりだ。
だが、オリビアならどうするか。
あの心優しい聖女なら、この男をどうするだろうか。
「……ちょっと待っていろ」
応急処置用の包帯と廉価品の治療ポーションを投げ渡すと、店の奥に繋がっている会話用魔導具を手に取る。
「アメリア。前に人手が足りないと言っていたな」
「えぇ、それがどうかしたのかしら?」
「盗人を捕らえた。こいつを雇わないか?」
「ご主人様が言うなら、そのように」
一秒たりとも間を開けずに返されたアメリアの言葉に、男は驚愕の表情でノアを見つめていた。
「おい、何を考えているんだ。俺は盗人だぞ?」
「もちろん魔導具を使った制約を行ってもらう。違えれば首が飛ぶ代物だ」
「それは使い捨ての高い魔導具だろう。なぜ俺にそこまでする?」
困惑した様子の男に対して、ノアは何の感情も浮かんでいない目を向ける。
なぜ。そう聞かれてしまえば、答えは一つしかない。
自分としては殺してしまった方が後腐れがないように思える。
だが、それはオリビアの望む結末ではない。
あの心優しい聖女ならば、この男にも赦しの機会を与えるだろう。
「俺の決定じゃない。聖女オリビアの意思だ」
「聖女様だと? まさかお前、聖女様と知り合いなのか?」
「違う。俺は、オリビアのパートナーだ」
それまでの不愛想な顔とは異なり、誇らしげに笑うノアの姿を見て。
盗人の男は何か眩しいものを見るように目を細めた。
「……はは。あんた、大物か大馬鹿者かのどっちだ?」
「大馬鹿者だろうな。だが、俺はそれでいい」
オリビアの命を、意志を、その在り方を守護りたい。
それがノアの行動原理で、彼にとっての幸せな在り方だ。
確かに男の言うように馬鹿げていて甘すぎる対応だろう。
だが、彼女は言っていた。どのような人間にも赦しの機会は与えられるべきだと。
血に塗れたノアを救ってくれたその言葉を、彼は決して忘れたりはしない。
「人生をやり直せ、俺と同じようにな」
「……すまねぇ。この恩は生涯忘れない。なぁ、あんたの名前を教えてくれないか?」
「ノアだ。家名はない」
「おいおい、まさかあんた『残響の剣舞』か? 本物ならなんでこんな所に居るんだよ」
「俺はオリビアと共に巡礼の旅をしている。一人でも多くの人を助けるため、らしいな」
旅の理由を問われればそう答えるしかない。
ノア自身は誰かを助けようとは思っていない。
少しばかり手助けを行う程度なら構わないが、そもそも自分には出来る事が少ない。
だからこそ。
「俺がオリビアと共に在るのは、彼女の敵を全て薙ぎ払う為だ」
この世は綺麗事だけで動いている訳ではない。
真に邪悪な者もいれば、この男のように追い詰められて仕方なく悪事を働く者もいる。
そして、自分もそちら側に分類されるべき人間だろう。
多くの人を殺し、魔族を殺し、この命を繋いで来たのだから。
だからこそ。
オリビアの出来ない事は己が引き受けよう。
尊き聖女の慈愛が届かない闇はこの剣で撃ち払おう。
互いの出来ない事を担当する事。
それが出来てこそ、共に在ると言えるのだろうから。
〇〇〇〇〇〇〇〇
ノアが決意を改め、一人の男の人生を救った時。
彼の想い人は果たして、熟練の手腕を持つアメリアから強烈な性知識を叩き込まれていた。
マニアックなテクニックを語るアメリアの言葉を一言一句逃すまいとメモを取る彼女の表情は真剣そのもの。
これを如何にして活用するか、話はその段階にまで踏み込んでいた。
決戦の時は近いのかもしれない。
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