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第一話
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裏口の扉を蹴破り、二人重なって転がるように外へ脱出した。その瞬間、ユラはドサリと倒れ込んでしまったが、この場所ではいつ建物が崩れ落ちてくるか分からない。
「ちょっと我慢してくれよ」
「ハァ、ハアッ、え、…う、わあっ!」
「危ないから大人しくして!」
つい先程まで大男に暴力を振るわれ、心身ともにボロボロであろうユラの身体は、信じられぬ程に軽かった。肩に担いでも楽々と走れることに内心驚きながら、裏庭から大通りを臨める場所を目指した。街中に火事を知らせる鐘が鳴り響いている。物影にそっと隠れて現場の様子を伺うと、既に軍隊による消火活動も始まっているらしい。よく知った背格好を数名見留めて、胸を撫で下ろした。彼らに任せておけば特に心配は無いだろう。
となれば、残る問題はひとつ。人に見られぬ様にその場を離れ、大通りから離れた川沿いの橋の下で、誰もいないことを確認して彼女をそっと降ろした。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
「よし、歩けそうか?」
「何とか」
ユラは立ち上がって足踏みして見せた。そして、何も言わず、スッとその細い両腕を眼前に差し出した。
「軍のお方ですよね?お名前を聞いても良いですか?」
「アランだ」
「アラン様、助けて頂いてありがとうございます。ですが、やっぱり私は罪を償おうと思います」
深々と頭を下げるユラに、アランは小首を傾げて問い掛けた。
「罪って?何のことだよ」
「…え?あの、ですから、私はさっき、お客を刺して」
「俺は知らんぞ。今日は公休で、たまたま娼館で女を買おうとしたら火事になって、君と逃げただけ」
「………本気ですか?」
「本気も何もないよ。じゃあ、俺はこれから現場に戻るから。これ、持って行きなさい」
アランはとぼけた様子で、差し出された腕を掴むと、その小さな両手に余るくらいの袋を乗せた。中を見ると、ユラの人生では見た事がないくらい、金貨がたっぷりと詰まっていた。ユラは目を見開いて、袋をアランの胸へと押し返した。
「こ、こんなお金、受け取れません!」
「いや、これ俺の金でもないし。さっき火事の中でウロウロしてたら金庫見つけて、鍵まで空いてたからさあ、君の逃亡資金にちょうど良いと思って持ってきた」
片方の口端を上げて、悪い大人の顔で笑う軍服の男に、ユラはゾッとして後退った。一歩間違えれば死んでいたかもしれない時に、この軍人は盗人までしていただなんて。
「信じられない…。あなた、本当に国王様に仕える軍人なのですか?」
「軍人だからって良い奴ばかりじゃないさ。むしろ悪い奴の方が多いかもしれない」
「私には分からない…」
「そんなことより、その金で出来るだけ遠くまで逃げげろ。大丈夫、もう火事で全部焼けてしまったから、何も気にするな。誰も君のことなんて疑わない」
それだけ言うと、アランはユラのことを振り向きもせずに行ってしまった。未だ残り火が散っている、あの朱い場所に。
「ちょっと我慢してくれよ」
「ハァ、ハアッ、え、…う、わあっ!」
「危ないから大人しくして!」
つい先程まで大男に暴力を振るわれ、心身ともにボロボロであろうユラの身体は、信じられぬ程に軽かった。肩に担いでも楽々と走れることに内心驚きながら、裏庭から大通りを臨める場所を目指した。街中に火事を知らせる鐘が鳴り響いている。物影にそっと隠れて現場の様子を伺うと、既に軍隊による消火活動も始まっているらしい。よく知った背格好を数名見留めて、胸を撫で下ろした。彼らに任せておけば特に心配は無いだろう。
となれば、残る問題はひとつ。人に見られぬ様にその場を離れ、大通りから離れた川沿いの橋の下で、誰もいないことを確認して彼女をそっと降ろした。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
「よし、歩けそうか?」
「何とか」
ユラは立ち上がって足踏みして見せた。そして、何も言わず、スッとその細い両腕を眼前に差し出した。
「軍のお方ですよね?お名前を聞いても良いですか?」
「アランだ」
「アラン様、助けて頂いてありがとうございます。ですが、やっぱり私は罪を償おうと思います」
深々と頭を下げるユラに、アランは小首を傾げて問い掛けた。
「罪って?何のことだよ」
「…え?あの、ですから、私はさっき、お客を刺して」
「俺は知らんぞ。今日は公休で、たまたま娼館で女を買おうとしたら火事になって、君と逃げただけ」
「………本気ですか?」
「本気も何もないよ。じゃあ、俺はこれから現場に戻るから。これ、持って行きなさい」
アランはとぼけた様子で、差し出された腕を掴むと、その小さな両手に余るくらいの袋を乗せた。中を見ると、ユラの人生では見た事がないくらい、金貨がたっぷりと詰まっていた。ユラは目を見開いて、袋をアランの胸へと押し返した。
「こ、こんなお金、受け取れません!」
「いや、これ俺の金でもないし。さっき火事の中でウロウロしてたら金庫見つけて、鍵まで空いてたからさあ、君の逃亡資金にちょうど良いと思って持ってきた」
片方の口端を上げて、悪い大人の顔で笑う軍服の男に、ユラはゾッとして後退った。一歩間違えれば死んでいたかもしれない時に、この軍人は盗人までしていただなんて。
「信じられない…。あなた、本当に国王様に仕える軍人なのですか?」
「軍人だからって良い奴ばかりじゃないさ。むしろ悪い奴の方が多いかもしれない」
「私には分からない…」
「そんなことより、その金で出来るだけ遠くまで逃げげろ。大丈夫、もう火事で全部焼けてしまったから、何も気にするな。誰も君のことなんて疑わない」
それだけ言うと、アランはユラのことを振り向きもせずに行ってしまった。未だ残り火が散っている、あの朱い場所に。
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