JK戴冠

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第4章 王さま修行 / 教会編

第56話 ほんの些細なきっかけから

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「街の方へ逃げてください!」
「火事が起きているので、ここは危険です!」

 晴とジルは城へ帰るため門に向かう途中で、大声で人々に呼びかけをしていた。このような活動は慣れないが、隣でジルが堂々とやっているので晴も頑張っていた。

「晴にも無理させて悪いな」
「全然! こういうのは、みんなでやった方がいいと思うし」

 まだ万全ではない晴の足を気遣ってジルが言うが、晴は迷いなく返事をした。

(それに、門は人でいっぱいで通れそうにないし……)

 この足で人混みに揉まれるのは不安なので、晴としてももう少し混雑が緩和してから門に向かいたいと思っていた。

 そのまま声出しをしていると、通りがかった教徒の男性2人が晴に話しかけてきた。

「もしかして君、さっきの演説の?」
「ということは……あのボンドの娘なのか?」

 その尖った言い方に、晴は思わずびくりと震えた。ボンドのポスターを破ったりするような人たちだ。一瞬で悪い想像が働くほどに教会の現状は地獄で、晴は身の危険を感じた。

 そこですかさずジルが動き、教徒たちと晴の間に割って入った。

「今はとにかく避難してください」

 晴から離れるように手で促す。しかし彼らは、晴に反感を持っているわけではなかった。

「いやぁ、ごめんね。君の話を聞いて気付いたんだ。過去に縋り付いていても、どうしようもないって」
「今のことを、これからのことを考えなきゃって思えたよ」
「娘さんも頑張ってな」
「良いスピーチをありがとう」

 それだけ言うと、彼らは晴の返事を待たずに去って行った。

「え……」

 まさか激励をもらえるとは思わず、呆然としていた晴は胸が熱くなるのを感じた。ジルも目を見開いて驚いていた。

「晴のスピーチで、教徒たちの考えをほぐすことができたんだな。本当に……本当に、すごいことだと思うよ」
「よ……良かった……!」

 こんなに嬉しい気持ちになれるとは思わなかった。

 それからも数人が「頑張って!」「良い話だったよ!」と晴に声をかけてくれた。だがそのような反応は数える程度で、ほとんどの教徒はひそひそと噂話をしながら通り過ぎたり、睨みつけたりしてきた。ジルがそばにいたので手を出してくる者はいなかったが、これが現実なのだ。

 みんなその場の勢いで盛り上がっていたものの、ただそれだけのこと。晴の話を重く受け止めて、自分の振る舞いを見直して改心する人間など、ほぼいない。たかが余所者の女子高生がそれっぽいスピーチをしたところで、世の中の腐った部分が一気に綺麗になるなんてことはない。

 それでも、誰かの心の片隅に今日のことが残るのなら、晴の言葉が温かいメッセージとして届いたのなら、それで十分なのだ。

 そんな些細なきっかけから、物事は大きく動き始める。



 大体の教徒が避難できたので、晴たちもそろそろ帰ろうと門を出た。そこで晴は見覚えのある顔を見つけた。

「フィオナさん……!」

 思わず口をついて出た名前に、門の外に立っていたフィオナが反応して振り返った。晴とジルを見つけた彼女は、複雑そうな表情で眉間に皺を寄せる。

「あんたたち……」

 ジルの体に力が入った。

(まずいな、今すぐここを離れた方がいい)

 そんなつもりがなかったとはいえ、フィオナにとって晴たちは息子の仇だ。何をされるかわからない。

 一方晴は、フィオナの息子を助けるという目的を思い出して慌てていた。フィオナの近くにそれらしき姿はない。

(まだ避難できてないなら、早く助けなきゃ!)

 会館を振り返るが、すでにそこにも火が燃え移っていた。とても近付ける状態ではない。中にはまだ教徒が取り残されているようだった。

(ど、どうしよう)

「晴、行くぞ」
「え! でも」

 服を引かれて戸惑う晴に、ジルは苦しい表情をみせた。


「フィオナさんの息子は、もういないんだ」

「……えっ?」


 それだけ言うと、呆然としている晴を半ば強引に引っ張って教会を後にした。これ以上詳しいことを伝える勇気はない。今はとにかく、晴の命を守らなければ。



 一方、メイとエミレラも呼びかけをしていた。門から一気に流れ出す人波に道路も大混乱だ。交通整理はアズキに任せている。

 メイはエミレラを心配して気にかけていた。教会を出る決意をしてくれたとはいえ、ザキの呪いじみた強い言葉も受けている。今は精神的にも不安定だろう。

 エミレラは人混みの熱気に汗を流しながら、必死に声を出していた。

(消火器……で済む火事じゃないわね。消防はどのくらいで来るかしら。とにかく会館の火を消さないと大変なことになる)

 はやる心臓を抑えて冷静になろうとする。教会の中ではザキと近い立場であったのに、何もできなかった自分が悔しい。ぐるぐると色々考えていると、突然後ろから肩を叩かれた。

「エミレラ様!」
「エミレラ様だぁ!!」
「やっとお会いできた!!」

 言いながら、数人の教徒が駆け寄ってくる。エミレラは避難を促したが、彼らは聞く耳を持たずに囲んできた。

「あなたしかいないのです!!」
「……え?」

 彼らは拝むように手を組んでエミレラを見つめた。

「私たちはずっと、エミレラ様が王になることを楽しみにしていました!!」
「ボンド様の時代から、キレウィ様のことを想っていたんです!」
「彼の遺志を継いで王になるのはあなたしかいない!!」

 キレウィを支持する過激派だった。ザキに熱心に付き従ってきて、ボンドを手にかけた者たちだ。彼らにはもう、信じて突き進む道しか見えていない。

「だから、私は王にはならないと言って……」
「なぜです!!」
「国民を見捨てるのですか!!!」
「キレウィ様とご婚約なさっていたのでしょう!」

 祈るような穏やかな表情が一変し、彼らは口々にエミレラを責め立てた。

「私たちはあなたを信じて、あなたが王になることだけを夢見て過ごしてきたんですよ!!」
「ご自分だけ元の生活に戻るというのは無責任では!?」

 王という心の拠り所を失った彼らにとって、エミレラが最後の希望なのは事実なのだろう。それを奪ってしまうことに罪悪感を覚えた。自分は城に帰るべきではないのかもしれない。


 やっぱり、幸せになってはいけないのかもしれない。


 エミレラが困り果てていると、冷めた声が響いた。

「いい加減にしなよ。晴のスピーチを聞いてなかったの?」

 メイだった。隠しきれない不機嫌が表情に表れている。

「婚約者だから何? この人はキレウィ様の婚約者である前に、1人の人間なんだけど」

 言いながら、彼は小柄な体で割り込んで教徒を引き離してくれた。メイは口を出すことはたまにあっても、このように行動を起こすことはほとんどない。珍しいことだった。

「メイゼンさん……あなたもあなただ。神聖な式を台無しにしたことをわかってるのか!?」
「はぁ? 神聖? 勝手に王様を押し付けようとしてただけじゃん」

 怒鳴られても飄々としている。それどころか、射抜くように鋭く教徒を睨み返した。

「アンタらはエミレラのことを何だと思ってるの。ふざけないで」

 怒鳴り返したいくらいの気持ちだが、ボンドだったらそんな感情的な行動はしないだろう。そう思ったから、続けて出そうになった汚い言葉をぐっとこらえて飲み込んだ。

 メイはいつだって、ボンドの背中を追いかけて生きてきた。彼の信念に背くことはしたくない。

「危ないからさっさと避難しなよね。ほら、アンタもぼうっとしてないで、帰るよ」

 メイに手を引かれ、エミレラはその場を離れた。
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