JK戴冠

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第4章 王さま修行 / 教会編

第65話 同じ夢を見る

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 惨い戦いのあとも、変わらず時は流れる。


 しばらくの間、晴は弟子たちと一緒に過ごしていた。鎧たちもそれぞれの治療に専念しているからだ。ときどきリグロが様子を見に来てくれたが、彼も復旧作業の対応で忙しく、長く居られなかった。

 重体のイトカとティナの病状については何も教えてもらえず、心配ばかりが募っている。仕事に追われているらしいメイとエミレラにも会えないままだ。

 一方で、晴と弟子たちの怪我は順調に回復してきていた。晴はだいぶスムーズに歩けるようになり、セオシュの背中の傷も快方に向かっている。

「助けてくれてありがとう」
「いえ。晴が無事で良かったです」

 小さな背中に大きな傷を背負いながらも、セオシュは心を痛める晴に笑顔で応えた。カファーとジルも、セオシュが戻ってきたこと、晴を混じえてまた4人で過ごせることを心から喜んだ。

 一緒にいることで、沈んだ気持ちや不安を共有できる。まだ若く弱い子どもたちの心は、支え合うことで潰れずに済んでいた。

 戦いのことには触れず、くだらない話を言い合っては笑った。セオシュが目撃したティナの奇行の数々や、カファーが意図せず耳にしてしまったうわさ話、極度の甘党であるジルの奇抜なオリジナルレシピなど……

「ぶっ!! なにこれ、シチューですよね?」
「ドロドロで甘い……何入れたの?」
「隠し味か? ハニーミルクシロップに決まってるだろう」
「全然隠れてないんだよ!! 甘っ! おえー!!」

 実際にジルに作ってもらったシチューは強烈で、晴たちは口にこびりついた甘みを中和するためにクラッカーを何枚も食べなければならなかった。ジル以外の3人は今後、ジルの調理は必ず阻止するという誓いを結んだくらいだ。お腹は苦しかったが、笑いの絶えない時間になった。

 晴は日本での暮らしや学校のことを話した。弟子たちはそれに驚いたり、質問したり、想像上の日本に想いを馳せたり。3人とも楽しそうに晴の話を聞いた。



 そして、戦いから1週間後。

 数日続いた雨がようやく止んで、今日は朝から晴れている。晴の部屋にも窓から暖かな日差しが差し込んだ。

 正午を回った今の時間が1番眩しい。晴は日光を浴びてあたたまったテーブルに突っ伏していた。

(もう、コワに来てから1ヶ月経つんだなぁ……)

 目に入ったカレンダーをぼうっと眺める。晴にとってはあっという間でも、愛にとっては長く苦しい月日のはずだ。晴はぎゅっと唇を噛んだ。

「晴、マシュマロ食べる?」
「……食べる」

 カファーに返事をしてのそりと起き上がる。斜め向かいに座っている彼が、個包装のチョコ入りマシュマロを渡してくれた。

 テーブルにはカップやお菓子が散乱している。午前中に4人でお茶会をしていた残骸だ。ジルとセオシュは経過観察のため医務室に行ったので、今は晴とカファーの2人きりだった。

 時々たわいもない会話を交わす程度で、あとは静かでのんびりとした時間が流れている。鳥の囀りや、風が木の葉を揺らす音が聞こえてくるほどだ。戦いの後とは思えない平穏なひとときである。

 晴が思わずうとうとし始めたころ、カファーが口を開いた。

「……ねぇ、晴」
「なあに?」
「おれ、思ったことがあるんだ」

 穏やかながら真剣さを感じるその口調に、晴は目を擦ってカファーと向き合った。

「ずっと、わかった気になってただけかもしれない」
「……? 何を?」

 聞き返す晴に、カファーはお茶を一口啜ってから続けた。

「俺さ、セオを教会で助けたときに怪我して。だいぶ無理もしたからヘトヘトで、セオを庇いながらティナのところまで行くの、大変だったんだよ。その途中で教会の被験者に見つかってやばい時があってさ」

 思い出すだけで背筋が寒くなる。自分たちに狙いが定まったと感じるあの瞬間は、もう二度と味わいたくはない。そのときカファーは、ここで終わりかと覚悟を決めたほどだ。

「でもね、おれたちを助けてくれた人がいたんだよ。誰だと思う?」

 セオシュとカファーが駆け付けたときといえば、イトカもリグロも既にあの部屋にいた。メイやエミレラは研究院にいたらしいし、助けるのは無理だろう。他に思い当たる人物もいない。

 黙って首を振る晴に、カファーは静かに答えを言った。

「革民党の人。あのマオって人だったんだ」
「……!」

 晴は息を呑んだ。彼とトキに襲われ、震えながら夜明けを待った夜は今でも鮮明に思い出せる。

「俺たちを殺そうとした敵を、あの人が吹っ飛ばしてくれた。セオはおれに遮られて見えなかっただろうけど、おれはあの人の姿を見たし、一瞬目も合った。壁が崩れてきてすぐ移動しなくちゃいけなかったから、会えたのはその一瞬だけだけどね」

 マオがセオシュとカファーの命を救ったのだ。カファーはそのときの驚きと興奮を思い出しながら続けた。

「でも、離れていく足音と息遣いも聞こえてたからわかる。あれは本当にマオって人だよ。革民党の人が、おれたちを助けてくれたんだ……」

 コワの現状を考えるととても信じられないことだ。感動のあまり目を輝かせながら話すカファーに対し、晴は難しい表情で押し黙っていた。

「おれはさ、革民党のことを敵としか思ってなかった。教会の人たちのことも、頭のおかしい奴らだと思ってたよ。そうやって決めつけて、あの人たちのことをわかった気になってた。でも違う。どこに属してるかだけで人を判断しちゃいけないなって気付いた」

 敵とされてきた勢力にいても、相手は言葉の通じる人間だ。

「晴のスピーチもさ、きっとそういうことを伝えたかったんでしょ? おれ感動しちゃった。敵は倒すしかないって思ってたけど、その前に彼らのことももっと知りたいなって思った」
「…………」

 晴は、何ともいえない居心地の悪さを感じた。カファーの気持ちはよくわかるし、彼の感動も痛いほど伝わってくる。

 だが、その一件だけで革民党に歩み寄るのは危険な気がするのだ。親王派の一部である教会とはまた違い、城とは相容れない組織であるように感じる。

 晴がコワの人間ではないからそう思えるだけかもしれない。コワにとって二大勢力の和平はとても重要で、叶えば大きな一歩になる。

(ここで水を差すようなことを言うのも良くないかな……。ロユンも、根はいい人そうだし)

 闇雲に親王派を殺しまくるような人ではないのは確かだ。

 それでも、殺意以外の何もないトキの目は忘れられない。そして、革民党の人間の大半はトキと同じような考えを持つ。理屈や思考の前に、晴に対する憎しみが燃え上がる。

「そ、そうかもしれないね……」

 あはは、と適当に笑いながら曖昧な返事をしてみる。カファーはそれを気にせずに続けた。

「でも本当に革民党と仲良くなれたら最高だよね。信じられないけど、もう戦わなくて良くなるかも。毎日稽古ばっかりじゃなくなるんだ」

 想像しにくいけれど、憧れる未来だった。

「ここ最近、晴とジルとセオと一緒に過ごしててすっごく楽しいんだ。なんか、すっごい『友だち』って感じする!」
「ともだち……」
「晴はともかく、ジルとセオは友だちってよりも、一緒に戦う仲間って感じだったから」

 晴は『友だち』に数えられたことを嬉しく思うと同時に、カファーの切なげな表情を複雑な気持ちで見つめた。

 カファー、ジル、セオシュの出会いは戦士を育成する施設だ。3人の生活はずっと戦いと隣り合わせである。それは彼らだけではなく、コワの民全員に言えることだ。

 彼らの抱えているもの、我慢してきたこと、耐えてきた苦しみ。晴にその全てを理解することは難しいけれど、この状況を変えることはできる。

「あと、おれ日本に行ってみたくなった! ここのことが片付いたらみんなで遊びに行くからさ、案内してよ」
「………!」

 晴はその屈託のない笑顔に釘付けになった。

 カファーの夢を叶えたい。純粋にそう思った。その瞬間に彼の夢が自分の夢にもなる。

「うん」

 力強く頷く晴を見て、カファーは嬉しそうに笑った。


 するとそこで、軽快な通知音が鳴った。カファーにメールが届いたようだ。

「ん!? イトカさんからだ!」
「えっ!?」

 慌てて晴も画面を覗き込む。

 メールは一画面に収まりきる短めのものだった。『やっほー、みんな元気?』という軽い挨拶に始まり、イトカ自身ケガは重いものの動けるようになりつつあることと、ティナもどうやら心配ないらしいことが書かれていた。

「良かったー……」

 ほっと胸を撫で下ろす晴の横で、カファーも深く息を吐いて安堵した。

 その後に仲間を気遣う文が続き、最後に連絡事項があった。『3日後に鎧の会議を開くから、晴と子どもたちも含め全員集合すること!』とのこと。

「おお! やっとみんなに会えるね!」

 メール文を読み上げたカファーは歓声を上げた。晴も会議が待ち遠しくなった。みんなの元気な姿を見て、目に焼きついたままの無惨な景色を上書きしたい。

 晴たちがまた一歩、前へ進む日になる。同時に、晴の王への試練も進展することを意味していた。
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