暴君白澤帝の愛し妃〜心読みの乙女は愛を知る〜

春日あざみ

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第一章 人質の花嫁

夜が明けて

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「見事に存在を無視されてたな、お前」

バートルがくつくつと笑う姿に、ツェツェグはムッとする。旅装束を着た彼は、日が出ているうちに陽を発ち北琅へと戻るらしい。

「人並みの容姿では、関心を持ってもらえないことなんてわかってたもの」

苛立ちそのままに言い返し、ぷい、とそっぽをむく。

『寝所に呼ばれる必要はないが、適度に心声を聞ける位置は確保しろよ』

わかっている。言われなくとも。
心声に反応することはできないので、ツェツェグは口を尖らせるだけで我慢した。
彼は寛ぐふりをしつつ、引き続き心声で会話を続ける。

『だが近づきすぎるのも危険だ。お前と一緒に皇帝と対面した妃。昨晩呼ばれたみたいだが。死体で見つかったらしい』

「エ……」

こちらの顔が引き攣ったのを、バートルが見咎める。顔に出すなと言っているらしい。ツェツェグは頷いて、手に茶器を持ってうつむく。

『明け方宮の中が騒がしかったからな。少々探りを入れた。俺は直接死体を見ていないが、どうやら男に乱暴された末に亡くなったようだ』

冷や水を浴びせられた思いで、ツェツェグは体が強張るのを感じた。それと同時、焦がれる瞳で暴君を見上げる娘の顔が思い出される。

『妃の後頭部は陥没していたらしい。衣も泥だらけで、後宮内の池に浮かんでいたそうだ。いたぶってやることやった挙句、殺して捨てたみたいだな』

——ひどい。あんなふうに感情を向けられて、どうしてそんなことができるというの?

面通りの際、昊然は彼女の言った「茶」に興味を持っていた。そして強気な彼女のことを、悪くは思っていなかったように

「侍女は何をしていたの」

思わず心声への返答が口をついて飛び出していた。
いくら皇帝といえど、妃にそんな真似をして、側付きの侍女が誰も止めないなどということがあり得るのだろうか。

そこまで考えて、ハッとする。面通りの際の空気を思い出したのだ。皆自分の保身のため、あの場で芷晴を庇うものなど誰もいなかったということを。

「お前の侍女は自分で探して雇え、信頼のおけそうなやつを。わかってるだろ、大風の娘はお前のそばを好まない」

バートルは立ち合いの女官をチラリと見た。妃が男と二人きりになるのは許されないため、故郷の大使と話をする際も、必ず立ち合いの女官がつく。脈絡のない会話に気が付かれなかったか、バートルは様子を伺っているようだった。

「わかったわ……」

ふたたび口を噤めば、バートルは小さく舌打ちをする。

『情報を大風に届け続けるために、お前は自分の身を守ることを考えろ。侍女の候補についてはこちらで手配する。次来たときにうっかり死んでたら、承知しねえからな』

そう呟いたバートルは、「また来る」とだけ口で言って出ていった。
昨日、昊然が芷晴を見て抱いた言葉は、決して弑虐的なものではなかった。性的な関心でも、好意でもなかったが、毛程の興味は持っていたように思う。

それがどうしてこうなったのか。

——とりあえずバートルの言う通り、昊然ハイランの理解を深めつつ、身の回りの世話をしてくれる人間を雇わないと。


◇◇◇


そう期間をおかずして、ツェツェグの元に三人の侍女が送られてきた。仮にネグ(一)、ホヨル(二)、フラヴ(三)とする。ネグは一番経験が豊富な三十代の侍女だ。ついていた妃が下賜され、お役御免となったらしい。ホヨルはツェツェグと同い年で、そばかすの目立つ明るい侍女。若いが仕事もできそうである。三人目のフラヴは、明らかに仕事のできなそうな、根暗な雰囲気の十代の侍女だった。

——初見だけど、フラヴだけはないわ。

服は支給品だが、彼女のものだけ薄汚れている。きちんと洗濯をしていないのだろうか。牛角の妃がフラヴを連れていたら、「厩舎から嫁いできたのか」などと後ろ指をさされてしまいそうだ。

「部屋の掃除をお願いしてもいい? あと、誰か湯殿に案内してくれる?」

「掃除ならお任せを。どこもかしこも玉のように磨き上げて見せます」

そう答えたのは一番年上のネグ。

「私はお部屋の装飾をさせていただいても良いでしょうか。若くお美しいツェツェグ様には、この部屋は控えめすぎるようですから」

ホヨルはネグに続けてそう言った。

「そう。じゃあ……あなた、湯殿に一緒にきてもらえる?」

「は、はい……」

フラヴは返事も頼りない。これは早々に帰ってもらうべきだろうか。彼女に対しては、言いようのない不快感が募る。何とは言い表せないのがもどかしいのだが。

三人の心声は、あえて聞かないようにした。心声を気にし始めると、仕事ぶりに目が行かなくなり、純粋に侍女としての腕で評価ができない気がしたからだ。たとえ心が醜かろうと、仕事のできる侍女の方が絶対にいい。

ツェツェグの異能は、閉じることができないが、意識すれば心声を聞かないようにすることもできる。大勢の話し声を、雑音として認識して耳に入らないようにする手法に近い。

フラヴを伴い、下級妃の宮を出て湯殿に続く回廊を進んだ。上級妃は個別の宮を与えられているため、それぞれの宮に隣接した湯殿を利用するが、中級妃以下はこうして共同の湯殿を使うことになっているらしい。
異能を使っての情報収集にはちょうどいい場所でもある。

湯殿には、すでに他の妃たちが来ていた。どの妃も若く、美しく、湯殿の設備の良さも相まって、まるで天上の楽園にでも来た気分になる。水質が心配だったが、湧き水を利用している上、しっかりと煮沸しているようだ。

「あなた、そんなに自分の体を布で覆っていては、仕事ができないんじゃないの」

「も、申し訳ありません」

下着姿の侍女たちの中、フラヴだけが薄手の長衣を着ている。それゆえにツェツェグたちは周りの注目を集めていた。

『あれが噂の牛角の妃ね』

『貧相で見すぼらしいわ』

『親もよく差し出す気になったわね。それとも北琅の部族にはあんなのしかいないのかしら』

心無い妃嬪たちの声がグサリと刺さる。真実だけに何も言い返せないのが悔しい。

「早くしてちょうだい」

非難の目を向ければ、フラヴは覚悟を決めたのか、腰紐に手をかけた。

「お、お目汚しを失礼致します!」

彼女が薄衣の合わせを開いた瞬間、あらわになった彼女の肌を見て、ツェツェグは口を丸くした。
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