暴君白澤帝の愛し妃〜心読みの乙女は愛を知る〜

春日あざみ

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第三章 暴君を暴君たらしめるもの

嫌がらせ

【顔が緩んでおられますよ】

大量の書簡に目を通している最中、差し込まれた文を見て、昊然は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「いちいち言うな」

【主上が幸せそうで何よりです】

皇帝の補佐官を務めるこの宦官は、昊然に対して少しの遠慮もない。話すことができない分、文章に優れ、ずいぶんと仕事の上でも助けてくれているが。

「宗、いい加減にしろ」

そう返せば、宗は朗らかに笑う。

【園遊会であれだけ立派な振る舞いを見せられ、ツェツェグ妃は中級妃に相応しいお方と誰もが認めるところとなりました。あとは御子ができれば申し分ないですね】

「御子……」

【今度は顔が茹だこのように赤くなっておりますよ】

「う……うるさい!」

仕事に集中して宗を無視しようとするが。紙に書かれた「御子」という言葉がぐるぐると頭の中を駆け回り、集中することができない。

「ああ、くそ」

昊然は片手で眉間をもむ。
宗は、いい加減ツェツェグを閨に呼べと無言の圧力をかけている。
わかっている。皇帝である以上、白澤の尊き血を継ぐことが重要なのだということは。

ツェツェグをもっと知りたい。触れあって、彼女の深いところまで入っていきたい。
強い意志を持つあの眼差しを思い出すたび、落ち着かなくなる。今すぐにでも連れ去りたい衝動に駆られる。
そういう気持ちが募れば募るほど。彼女が母になることを考えた時、仄暗い暗闇がこちらをのぞいている感覚に襲われる。

生まれてきた子どもが、自分のような化け物だったら?

「……宗、茶を頼む」

宗は頷き、ぱたぱたと忙しく部屋を出ていった。
昊然は彼がいなくなるのを確認すると、深いため息をついた。

子ができることを考えただけで、強い閉塞感と苦しさに襲われる。

——彼女は果たして、白澤の叡智を受け継ぐ不気味な皇子を、愛してくれるだろうか。


◇◇◇


『ああ、もう。なかなか取れないわね』

園遊会の後、ようやく身の回りが落ち着いた頃のこと。苛立ったような心声で、ツェツェグは目を覚ました。

「凛……?」

まだ夜が明けたばかりで、ずいぶんと肌寒かった。目を閉じて、心を沈めてみれば、他の侍女たちの心声も聞こえる。その音色からわかるのは、皆とても疲弊しているということ。
凍える手で厚手の外套を手に取り、肩に引っ掛けて戸口に立つ。

「凛、どうしたの、何かあった?」

「ツ、ツェツェグ様! 起きていらしたのですか?」

「ええ、あなたの声が聞こえて」

扉を開けた瞬間、「ああっ!」と悲鳴じみた凛の声がする。

「何……これ」

ツェツェグの宮の前は、紫がかった赤い液体に染まっていた。
生臭い特有の匂いで、これが獣の血だとすぐわかった。凛が抱えていた桶の中に、首をもがれた鶏が三羽入れられている。他の侍女たちも雑巾を手に持ち、必死に床についた血を拭っていた。

「申し訳ございません。ツェツェグ様の目に触れる前に処理しようとしたのですが」

「ねえ、もしかしてこれまでもこういうこと、あったのではないの?」

なんとなくそんな気がして、そう問うた。

「いえ、これが初めてです」

凛の表情が揺らぐ。彼女は何も言葉にしなかったが、ツェツェグの頭の中には、疲弊した彼女の声が聞こえてきた。

『この方はやはり鋭い。でも本当のことを言っては傷つけてしまう』

園遊会の帰り、泰然の助言を思い出す。

——まさか泰然様の差し金?

「私も手伝うわ。手が多い方が早く終わるでしょう?」

「そんな、ツェツェグ様にそんなことをさせるわけには参りません」

「では後宮管理人に下女を何人か寄越してもらうことにしましょう」

血に染まった石畳を見つめていると、ぼわん、と何者かの笑い声が頭に響く。

『あまり驚かないわね。つまらない』

鈴の音のような可愛らしい声。高飛車な性格を現したような話し口。これは、妃嬪だろうか。

『辺境の牛女は獣の血も見慣れているのかしらね。もっと違う嫌がらせを考えてもらわないと』

周囲を注意深く確認するが、彼女の姿を確認することは叶わなかった。そのうち心声も遠ざかっていく。

——暇なのね。馬鹿馬鹿しい。寵愛が欲しいなら、思い切って話しかけてみればいいのよ。あの人は話し相手に不自由しているだろうし、積極的な女を好ましく思っているようだし。

嫌味な皇太后に加わり、これまでツェツェグを歯牙にもかけなかった妃たちまで敵意を向けてきたのだろうか。

「泰然殿下のご助言は、的を射ていたってわけね」

「そうですね……。陛下が護衛を増やしてはくださいましたが、さらなる警備の強化が必要かも」

「ツェツェグ様。お取り込み中失礼致します」

血の匂いにあてられたのか、真っ青な顔をした宦官が、離れたところから声をかけてきた。見慣れない顔である。彼は恭しく拱手をし、挨拶もそこそこに用件を述べた。

「大風の使者様がお会いしたいと。門に案内しておりますので、お支度ができましたらお越しください」

使者という言葉を聞いて、ツェツェグの眉間に皺が寄る。

この忙しい時に、腐れ縁の嫌味男がまたやってきたらしい。
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