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望まぬ異動
違和感
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取り残された男は、深いため息を漏らし、ポケットから電子タバコを取り出した。カウンターに背中をもたれかけ、タバコを咥え、爽やかで完璧な男の顔を崩す。
「フラれちゃいましたね」
そう声をかけてきたのは、制服を着た若い店員だった。こちらも浅いため息をつきながら、嵐のように過ぎ去っていった女性が残していった五千円札をレジに入れる。
「うるせえ」
絵に描いたような理想の男の仮面を脱いだ杉原は、追加でビールを一杯頼み、眉間に皺を寄せながら煙の出ないタバコをふかした。
「僕もびっくりしたんですよ。杉原さんがこういう仕事するなんて。いつもとやってること全然違うし。ていうか、女性の相手はちょーっと難しいんじゃないかなって」
「……研修は受けた」
「いやいや、研修で『いきなり女性にキスしていい』なんて、習いました? 習わないでしょ。よっぽど遊び慣れた尻軽女ならともかく、あんなことして喜ぶのは少女漫画のヒロインくらいでしょ。いくら顔だけは良くても、ねえ」
「お前に説教される筋合いはねえ」
むしゃくしゃした様子で、杉原はビールを煽った。今度は上品さのかけらもなく、豪快に。半身だけカウンターを振り向き、ジェスチャーだけで空になったグラスの補充を命令した。
「あの女、全然俺に興味を示さなかった」
イライラした様子で、店員を睨みながら、カタンカタンと、指でカウンターを鳴らす。
そんな彼の様子には慣れているかのように、若い店員は、飄々とした様子で並々と注がれたビールと空のグラスを交換した。
「そうですか? 結構いい感じの雰囲気に見えましたけどね」
グラスを引き寄せた杉原は、ふんわりと美しく盛られた泡を見つめながら、ムスッとしたまま言葉をつづける。
「いや、ものすごく注意深くこちらを見てた。ほとんど本心も見せねえし、ちょっと入り込もうとすればすぐに後退する。褒めても優しくしても手応えがない。ありゃなかなか手強いぞ」
店員は眉間に皺を寄せる。
「言い訳は見苦しいですよ。ていうかつまり、うまくいかなくてイジイジしたから、暴挙に出たってこと? ちょっとお、大丈夫ですかあ?」
杉原は、振り返らずにそのまま答えた。
「まだ始まったばかりだろうが。……それに、あいつがなんとかしてくれるだろ」
ポケットからスマートフォンを出し、杉原は誰かに連絡を取った。
「人任せですか、情けない。って痛った! なんですか、叩かなくてもいいじゃないですか!」
「お前は毎度毎度、口うるさすぎんだよ! だったらてめえがやってみろ」
滑稽な男二人の小競り合いはしばらく続き、その日の夜は更けていった。
山並『今、デート終わった。紹介ありがと』
Misa『どうよー、杉原さん。めっちゃよかったでしょ。私も事前に写真見たけど、めっちゃイケメンだったよね♪ 私が独身だったら、私がいただきたいくらい』
山並『どういうつもり? いつもああいうタイプの人、私には紹介しないじゃない』
Misa『え、何、どゆこと?』
山並『あの人、変な人じゃないよね? なんか企んでない?』
送ったあとで、しまった、と思った。先ほどの件で気が立っていたせいか、随分直接的な言い方になっていたかもしれない。だが既読がついてしまったのを見て、取り繕うのはもう無理なようだ、と諦めた。
土曜九時台の電車は、それなりに混んでいた。自宅のある南行徳まではあと数駅。私の肩をスマホ台代わりにしているうしろの中年男ともあと少しでおさらばだ。
緩やかな電車の揺れに身を任せながら、先ほどの彼とのデートの記憶を反芻した。やはり振り返ってみても、最後の一押しがなければ、夢のようなデートだった。普通は友人に感謝するところだろう。「素敵な人を紹介してくれてありがとう」と。だけど私は紹介者を問い詰めている。それはやはり、これまでの彼女と私の関係性の中で、引っかかるものがあるからだろう。
Misa『ひどーい。オヤジばかりの日系企業で出逢いに困っているであろう友達に、超優良物件を紹介してあげたっていうのに、そんな言い方する~?』
毎度そうだが、やっぱりこの女の言い方は癇に障る。「あんたみたいな女に普通こんな話ないわよ?」という本音が透けて見えるのだ。……でも。
(やっぱり私の取り越し苦労? 結婚してから考え方が変わったのかな。本当に単純にいい人が見つかったから紹介したかった、っていう返答に見える)
男癖は悪いが、根は悪い奴ではない。純粋で、直情的で、意外と友達思いなところもある。まあ、その友達思いの方向性が利己的だったりするのだが。私は彼女の返答に、少し冷えた頭で返信を打った。
山並『素敵な人を紹介してくれてありがたいけど。私にあのイケメンは荷が重いわ。なんか遊んでそうだし。結婚はしたくないけど、私は遊び相手じゃなくて、程よい信頼関係があるパートナーが欲しいのよ』
「フラれちゃいましたね」
そう声をかけてきたのは、制服を着た若い店員だった。こちらも浅いため息をつきながら、嵐のように過ぎ去っていった女性が残していった五千円札をレジに入れる。
「うるせえ」
絵に描いたような理想の男の仮面を脱いだ杉原は、追加でビールを一杯頼み、眉間に皺を寄せながら煙の出ないタバコをふかした。
「僕もびっくりしたんですよ。杉原さんがこういう仕事するなんて。いつもとやってること全然違うし。ていうか、女性の相手はちょーっと難しいんじゃないかなって」
「……研修は受けた」
「いやいや、研修で『いきなり女性にキスしていい』なんて、習いました? 習わないでしょ。よっぽど遊び慣れた尻軽女ならともかく、あんなことして喜ぶのは少女漫画のヒロインくらいでしょ。いくら顔だけは良くても、ねえ」
「お前に説教される筋合いはねえ」
むしゃくしゃした様子で、杉原はビールを煽った。今度は上品さのかけらもなく、豪快に。半身だけカウンターを振り向き、ジェスチャーだけで空になったグラスの補充を命令した。
「あの女、全然俺に興味を示さなかった」
イライラした様子で、店員を睨みながら、カタンカタンと、指でカウンターを鳴らす。
そんな彼の様子には慣れているかのように、若い店員は、飄々とした様子で並々と注がれたビールと空のグラスを交換した。
「そうですか? 結構いい感じの雰囲気に見えましたけどね」
グラスを引き寄せた杉原は、ふんわりと美しく盛られた泡を見つめながら、ムスッとしたまま言葉をつづける。
「いや、ものすごく注意深くこちらを見てた。ほとんど本心も見せねえし、ちょっと入り込もうとすればすぐに後退する。褒めても優しくしても手応えがない。ありゃなかなか手強いぞ」
店員は眉間に皺を寄せる。
「言い訳は見苦しいですよ。ていうかつまり、うまくいかなくてイジイジしたから、暴挙に出たってこと? ちょっとお、大丈夫ですかあ?」
杉原は、振り返らずにそのまま答えた。
「まだ始まったばかりだろうが。……それに、あいつがなんとかしてくれるだろ」
ポケットからスマートフォンを出し、杉原は誰かに連絡を取った。
「人任せですか、情けない。って痛った! なんですか、叩かなくてもいいじゃないですか!」
「お前は毎度毎度、口うるさすぎんだよ! だったらてめえがやってみろ」
滑稽な男二人の小競り合いはしばらく続き、その日の夜は更けていった。
山並『今、デート終わった。紹介ありがと』
Misa『どうよー、杉原さん。めっちゃよかったでしょ。私も事前に写真見たけど、めっちゃイケメンだったよね♪ 私が独身だったら、私がいただきたいくらい』
山並『どういうつもり? いつもああいうタイプの人、私には紹介しないじゃない』
Misa『え、何、どゆこと?』
山並『あの人、変な人じゃないよね? なんか企んでない?』
送ったあとで、しまった、と思った。先ほどの件で気が立っていたせいか、随分直接的な言い方になっていたかもしれない。だが既読がついてしまったのを見て、取り繕うのはもう無理なようだ、と諦めた。
土曜九時台の電車は、それなりに混んでいた。自宅のある南行徳まではあと数駅。私の肩をスマホ台代わりにしているうしろの中年男ともあと少しでおさらばだ。
緩やかな電車の揺れに身を任せながら、先ほどの彼とのデートの記憶を反芻した。やはり振り返ってみても、最後の一押しがなければ、夢のようなデートだった。普通は友人に感謝するところだろう。「素敵な人を紹介してくれてありがとう」と。だけど私は紹介者を問い詰めている。それはやはり、これまでの彼女と私の関係性の中で、引っかかるものがあるからだろう。
Misa『ひどーい。オヤジばかりの日系企業で出逢いに困っているであろう友達に、超優良物件を紹介してあげたっていうのに、そんな言い方する~?』
毎度そうだが、やっぱりこの女の言い方は癇に障る。「あんたみたいな女に普通こんな話ないわよ?」という本音が透けて見えるのだ。……でも。
(やっぱり私の取り越し苦労? 結婚してから考え方が変わったのかな。本当に単純にいい人が見つかったから紹介したかった、っていう返答に見える)
男癖は悪いが、根は悪い奴ではない。純粋で、直情的で、意外と友達思いなところもある。まあ、その友達思いの方向性が利己的だったりするのだが。私は彼女の返答に、少し冷えた頭で返信を打った。
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