ブラインド・デイティング

春日あざみ

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暗躍

重要な仕事

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 山崎さんに部長からの言付けを聞いた私は、急いで部長室までやってきた。執務エリアの奥深くにある別名「魔王の城」は、ただの重役室なのに凄まじい妖気を放っていた。

(うわぁ……入りたくないなぁ)

 だが、仕事の呼び出しであれば入る他ない。意を決して、重厚な木製の扉をノックすると、今にも怒鳴り出しそうなイラついた声で「入れ」と言われた。

 毎度この部長と対峙するたび思うが、パワハラで訴えられたら確実にアウトなんじゃないだろうか。

(部下に向かって怒鳴り散らす重役って。令和になってから何年経ってると思ってんのよ)

 扉を開くと、そこには整然と整えられたチリ一つない個室が広がっていた。自衛隊は掃除家事洗濯を完璧に仕込まれると聞いている。身の回りをピッチリ整えるのは、前職からの癖みたいなものなのかもしれない。

 部屋の中央に位置する机にはどっかりと筋肉だるま、もとい、伊藤部長が鎮座していた。

「遅い! 今まで何してたんだ」

(今さっき来いって言ったばかりでしょうがっ!)

 山崎さんに部長が言付けを頼んだのは、どんなに長く見積もっても十五分前くらいだ。それで遅いとは、廊下を走ってこいということか。

(まあいいや、どうせ辞めるつもりでいるし、変に噛みついて居づらくなるのは嫌だしなぁ。静かにしておこう)

 しおらしく「申し訳ありません」とだけ言った私を見て、部長は意外そうな顔をしていた。私はそんなに毎度毎度キャンキャン吠えている印象なのだろうか。

「……まあ、いい。今日はお前に新しい仕事を任せようと思ってな」

「わかりました。次はどこの掃除ですか?」

「掃除ではない。展示会の俺のアポイントメントの管理だ。会場の個室を一ヶ所貸し切っていて、そこで重要顧客との打ち合わせをする。防衛事業の顧客先情報は、トップクラスの機密情報になる。国のお偉いさんも含むからな。当日も展示会会場にきてもらうことになるが、できるか」

 初め、部長が何を言っているのかわからなかった。これまでこの場所に配属されてから、秘書らしき仕事など一度もさせられなかったからだ。じわじわと頭が働いてきて、任された仕事の責任の重さに、思わず息を呑んだ。

「……私がですか」

 私が弱気な発言をしたのも、これまた意外だったらしい。眉をひそめ、なんだか珍しいものを見るような目で見られる。

「できないのか」

「い、いえ! やります! やらせていただきます」

 私の何が伊藤部長の判断に影響したのかはわからないが。この仕事を与えるに足りる人物であると思ってもらえたことが、純粋に嬉しかった。それと同時に、早々に見切りをつけて転職活動を始めてしまったことへの後ろめたさもあり。

 嬉しいような申し訳ないような、複雑な表情でその場に佇んでいると、伊藤部長は具体的な業務の話をしはじめた。

「現状のアポイントメント希望者のリストをお前に送る。あとから面談希望がきたものについては、都度メールに含めるから、調整しろ」

「わかりました」

「あと、書類やデータについては、俺はメール添付しない。必ずクラウド共有する。もし添付ファイルのついたメールが来たら、俺に連絡して確認を取れ。絶対にファイルを開けるな」

「……は?」

 伊藤部長名義のメールを伊藤部長に確認するとは、一体どういうことだろうか。意味が理解できずに尋ねようとすると、そのタイミングで電話がかかってきてしまった。

「あとはメールで連絡する。頼んだぞ」

 そのまま部長室を追い出された私は、とぼとぼと資料部屋まで戻っていった。

(うーん、転職活動、どうしたものか)

 あれだけ辞めてやる!と息巻いていたのに。やはり認めてもらえると嬉しいもので。もう少し様子をみてもいいのでは、なんていう気持ちになってしまう。

(いや、でも、やっぱり。総合的に見て、何が自分にとってベストかを考えないと。確かに秘書らしい仕事を与えられるのは嬉しいことだけど、もともと目指しているキャリアではないわけだし)

 自分の考えが、グラグラと落ち着かない。ある意味人生の転換点に来ているのかもしれない。たくさん情報を得て、広い視野で物事を見て。悩んで悩んで、悩み抜いて、本当に自分が進みたい道を決める時なのかも。

 そう結論づけたら、また、足取りが軽さを取り戻した。

 まずは残りの資料の片付けを終わらせて、メールチェックをしなければ。
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