ブラインド・デイティング

春日あざみ

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動き出す

剥がれる仮面

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 職場のランチタイム、程よく照った日差しの中、私は職場の先輩と向かい合っている。話題は上司の愚痴でもなく、最近流行りの映画の話でもない。自部署で開発されている、「兵器の話」という物騒なもの。

「とんでもない、兵器、ですか」

 一言一言、確かめるように言葉を紡いだ。山崎さんの表情からは、冗談で言っているのか、それとも本気で言っているのかが読み取れない。

 ジョン・キンバリーが私に産業スパイの片棒を担がせようとした事件が頭をよぎる。もし仮に「兵器開発」の話が真実に近い噂だったなら、外部の悪そうな組織が狙うネタとしては、格好のターゲットのような気がした。

「僕もよく知りませんけどね、詳細は。なんでも、開発コストが異様に安く、量産可能で遠隔操縦可能な小型戦闘機という話もあれば、原爆と同等の効果は発揮しながらも放射能は残さない高性能爆弾だという人もいます」

 特別事業部第一部が、そんな危なげな兵器を開発しているとしたら。部長秘書である自分や葛木さんは、確かに彼らにとっての「最も情報にアクセスしやすく、突破しやすそうな入り口」だろう。

 私が敵側の人間だったとしても、悔しいが自分を狙う。こんなおかしな時期に異動してきた人間で、部署で不遇な扱いを受けて会社に不満を持っていて。機密情報の宝庫である部長が持つ情報にも一部だがアクセスすることができる。こんな「狙ってください」と言わんばかりのターゲット、狙わない手はない。

(……あれ? ちょっと待って)

 何か引っかかる。この異動や、部署でのこの扱い。そうかと思えば急に大事な仕事を任され始めた。まるで「撒き餌」でも撒かれるように。

(もしかして……今回の異動って)

「山並さん? どうしたんですか、難しい顔で考え込んで」

「あ……いえ、なんでもないです」

「そう? あ、今のは冗談ですからね」

「え」

「うちの部署では、世界平和を脅かす恐怖のプロジェクトが進行してるかもしれない! って思ったら、一つ一つの仕事にも興味が出てくるかなって思いまして。ただなんか、あんまりにも深刻な顔をするもので、気の毒になって種明かししてしまいましたが」

 眉を寄せ、ハハ、と山崎さんは乾いた笑いをした。

(本当に、冗談……?)

 兵器の話について、もう一度詳しく聞き出そうと口を開いたが、スマートフォンの表示が昼休みの終わりを告げているのを目に入った。二人で大慌てでお店を出たので、そのまま話の続きをすることはできなかった。



 その日の夜。次々やってくる雑用と、展示会の準備のサポートやらで会社を出たのは八時過ぎ。兵器のことについて、部長に聞いてみようかとも思ったのだが。普段はよく残業をしている部長が、今日は目を離したすきに定時で上がってしまっていた。

 よくよく部長の予定を確認すると、毎週水曜と金曜は定時以降の予定が「Block」となっている。なんの予定か気になって古株の社員に聞いてみると、家族が入院していて、見舞いのために仕事の予定を入れないようにしているのだという。

(あの仏頂面で慇懃無礼な部長も、いろいろ大変なのね)

 人間にはさまざまな面がある。嫌なやつだと思っていた人が、実はとんでもない問題を抱えていて、それで人当たりがキツかったり。意思疎通がうまくいかないと思ったら、海外育ちで日本式の「空気を読む」というのが苦手な人だったり。

 初めは「パワハラ上司」にしか見えなかったけど、実はいろいろ大変なのかもしれない。

 朧げに空を照らす満月を見ながら、駅へ続く無機質な都会のアスファルトを踏み締めて歩く。するとカバンにしまっておいたスマホが振動した。バイブレーションの長さから察するに電話のようだ。

(珍しいな、こんな時間に電話なんて。誰?)

 眉間に皺を寄せながらスマホの画面を見る。––––日向正樹。確か、ミサの元彼の一人だったような。

 通話ボタンをスワイプし、スマホを耳に当てる。低音の男性の声が聞こえてくるかと思っていたら。電話口に出てきたのは、なんとミサだった。

「やっほー! 久しぶりー! 元気してるぅ?」

「……あんた、飲んでるでしょ」

「あっはは、バレた? パッピーアワーから飲んでるよー! ウェーイ!」

 どうやら電話の向こうには、元カレだけでなく何人かいるらしい。キャアキャアと騒ぐ女の声と、下世話な冗談を飛ばす男の声も聞こえる。残業後に私の神経を逆撫でするには十分な騒音だった。

「で、何の用? こないだのブラインド・デートの進捗確認?」

 ぶっきらぼうにそう答えると、一拍置いてミサからの返答が返ってきた。

「ブラインド、でえとぉ?」

「そうよ、杉原さん、紹介してくれたでしょ」

「ブラインド・デート、杉原さん……?」

「まだボケるには早いでしょ。飲み過ぎ」

 電話口の相手は、どうしても自分のセッティングしたデートが思い出せないらしい。

「……ねえ、それ、本当に私だった?」

「え?」

「だって、私のメッセとかSNSアカウント、最近全部乗っ取られちゃってさ。同級生と連絡取れなくて。あんたの電話番号に至っては知らぬ間に消えてたし。旦那と喧嘩してさー、今日本帰ってきてんだけど。正樹に会う機会があったから、ついでに正樹の携帯であんたに電話してもらったの」

 ちょっと待って。じゃあ、あの「杉原さん」を私に紹介したのは誰?

 杉原さんは––––一体何者?

 電話口で、こちらの反応など全く気にならないかのように、合コンのセッティングについて話す同級生の言葉は、一切耳の中には入ってこなかった。







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