ブラインド・デイティング

春日あざみ

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動き出す

敵の正体

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「検死結果が出たわ。キンバリーを気絶させるために使われた薬物はケタミンね。注射針で背後から注入されてる」

 エリコは、長い髪をかき上げながら、詳細な結果が書かれた書面を俺に突き出した。

「ケタミンって、あの麻酔銃に使うやつっすか?」

 江戸がいつも通りの素っ頓狂な声をあげる。先日の青白かった顔は、今は健康的な顔色に戻っていた。

「麻薬じゃねえか」

 ここのところの疲れが溜まっているのか、節目がちに深いため息をつきながらデスクチェアに腰掛けたエリコが返答する。

「そうね、素人が簡単に手に入れられるような代物じゃないのは確かね。あとは監視カメラの映像だけど、やっぱり背後に立っていた人物は、マスクをしていて、長い前髪をしていたから、顔は確認できなかった。日本人か外国人かもわからないわ」

「ヅラかもしれねえな」

「そうね」

 重い沈黙が部屋全体に行き渡る。酸素まで薄くなっていそうだ。つまりキンバリーの死体から得られた手がかりはほぼゼロということ。

 まるで葬式のような雰囲気の中に、一人だけ楽しそうに鼻歌を奏でる女がいた。

「随分ご機嫌じゃねえか」

 相変わらずどぎついピンクの衣に身を包んだマリンは、両側の口角を得意げに吊り上げ、不適な笑みを浮かべている。

「皆さん、私がスマホを調べていたのをお忘れじゃありませぇん?」

「遠隔操作でデータ全消去されてて、何にも得るものがなかったって言ってなかったか?」

 不機嫌な声で俺が答える。すると小さい体をそっくり返らせ、足を組み替えたマリンは鼻で笑った。なんだか子どもに馬鹿にされたようで、無性に腹が立つ。

「スマホの入手経路を調べたのよぉ。最後にキンバリーが手にしていた端末は、仕事用とは別のものだったでしょぉ。だから入手経路を調べたの。そしたら購入者がわかったのよぉ。ほんと、マリンちゃん、天才!」

 全員の目が、マリンに注がれる。次の一言を、固唾を飲んで見守っていると、マリンは勿体ぶりながら、特定した人物の名前を吐いた。

「ジャクリーン・ロペス。ハッカーよぉ。中古品を売り買いするアプリで、日本人から端末を購入してた。ダメもとで製造番号で検索かけてみたらヒットしたの。アプリの提供元に情報提供依頼して、購入者の個人情報をゲットしたわぁ。しかも、彼女、最近危険視されているとある国の関係者でねぇ」

「ああ、もう! 俺はまどろっこしいのは嫌いなんだよ、さっさと言え! 一体どこと繋がってんだよ」

 鼻を鳴らしたマリンは、「だから顔だけって言われちゃうのよぉ」と嫌味を吐いたあと、一気に情報を明かした。

「十五年前に国家宣言をした『アルカディア』––––理想郷、ハッカーの楽園、まあ呼ばれ方は色々あるけど、若い過激な国ね。無謀にもアメリカやロシアとかの大国と肩を並べる国家になるなんて言ってるけどぉ」

 アルカディア––––その名前を聞いて、俺も含め、その場にいた人間たちは顔を見合わせた。

「あの国、産業スパイまで手を出してたのか。末恐ろしいな」

 国として一方的に独立宣言をしたアルカディアは、南米の近くに位置する無人島を突如占拠し国家とした。島の付近には特殊な妨害電波が張り巡らされていて、他国の飛行機が接近することさえ不可能。物資の補給などは専用のドローンを使用し、世界各国にいる「支援者」から提供を受けている。

 この国の元々の始まりは、若者に門戸を開かず、高齢者ばかりが実権を握る自国の政治体制に嫌気がさしたとある若い起業家が、「テクノロジーの発展した、次世代の人材のための新たな国家」の樹立を提唱したことが始まりとされる。

 この起業家は、各国から優秀なエンジニアやハッカーを募り、ネット空間上で新たな国家の体制を作り上げた。独自の仮想通貨「アルデル」を国の通貨として定めており、物の購入や取引などはアルデルを使って行われる。熱狂的な信奉者のお陰で、アルデルの価格は高騰を続けていた。

 国民は日本でいうマイナンバーを付番され、行政手続きは全てオンラインで完結することができるらしい。

 正式に世界で認められた国ではないため、他国に所属しながらアルカディアの国民になることができる。––––つまり、アルカディアの関係者がどこに潜んでいるかはわからない。

「……アルカディアが噛んでるなら、三河重工への最近の高度な標的型攻撃にも説明がつく。次々と、ありえないペースで新種のマルウェアが開発されて投入されてきている」

 俺がそう言うと、マリンも首を上下させて同意の意を示す。

「どこかの国家が絡んでいる可能性は考えてはいたけど……アルカディアの関与が疑われたケースは初めてね。過激思想を持つグループも出てきている国だし、失敗した人間を躊躇なく殺すところを見ると、警戒してことに当たった方がいいかもね」

 エリコはそう言ったあと、覚悟を決めたようにまっすぐと俺を見据えた。

「杉、美冬ちゃんにちゃんと話した上で身辺警護の許可を取ったほうがいいわ。あの国は今美冬ちゃんを兵器への突破口としてマークしたはず。なるべくなら自然な形で警護できたら良かったけど。ことの進捗を見るに、それはもう不可能でしょう」

「……」

 ぐうの音もでない。以前より多少親しくなったとはいえ、家まで送ることさえ敬遠された間柄だ。真実を隠したまま毎日密着して警護するなど、不可能もいいところ。自分の不甲斐なさに嫌気が刺した。

 もっと早く、彼女と接近できていたら。彼女の近くで、より早く相手の動きを察知しながら、先手を取ることができたかもしれない。今は全てが後手に回っている。

「杉、聞いてる……?」

「ああ……。仕方ねえ、話すしかねぇな」

「そうと決まれば早々に彼女にコンタクトを取りましょう。……はぁ、でも彼女、手強そうよねぇ。杉、あんたに話し方は任せるけど、もし私がいた方がスムーズにことが進みそうなら一緒に行くから」

「鉄の女! って感じっすもんねえ、彼女」

 茶々を入れる江戸を横目で見ながら、胸には影が差していた。

 果たして真実を聞いて、彼女は協力してくれるのだろうか。
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