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玉ねぎ夫人、襲来
しおりを挟む監視係の業務を始めて数日経てば、この仕事にもだいぶ慣れてきた。掃除や書類整理などよりはずっと楽しいし、何より褒めてもらえる。
午前の業務が一息つき、昼食を買いに外へ出ようかと思っていたところ。
背後から女性に声をかけられた。
「ちょっと貴方。スティーヴィーはこちらにいるかしら?」
「は、え?」
「門番長のスティーヴィーはここにいるかしらと聞いているの。なあに貴方、鈍臭いわね」
玉ねぎのような形状にまとめられたハチミツ色の髪、そしてくっきりと描かれたアイラインによって目の大きさがこれでもかと強調された婦人を前に、私は固まる。
豪華なドレスを身につけ、執事らしき男性を連れているところからしても、ロッテンベルグ門の関係者でないことは明らか。こういうタイプのおばさんが門番であるわけがない。ということは来客か。
「ええと、スー……門番長のお知り合いの方ですか? アポとか、あります?」
「あたくしのことを知らないなんて。貴方どこの田舎からいらっしゃって?」
「えーと、私、外国から来てて」
ものすごく偉そうな上に面倒臭い。できることなら猛ダッシュで逃げてしまいたいところだが、一応上司のスーさんの関係者ならぞんざいに扱うのはまずい。
「とりあえず、ご案内します。こっちです」
「貴方のその失礼な喋り方、どうにかならないの。外国からいらしていたとしても、その制服を着ている以上、この国の顔なのではなくて? もう少しこの国の言葉や文化を勉強していただきたいものだわ」
ああ、この口うるささ、間違いなくスーさんの親族だ。
私はそう直感しつつ、門番長室のドアをノックした。
「スーさん、お客様です」
「入っていただけ」
早くこの面倒な客から逃れたくて、スーさんの返答を待たずに扉を開けていた。ギョッとしたスーさんの瞳は、私を捉え、そしてすぐに後ろにいたマダムを捉え––––凍りついた。
「叔母上? どうしてこんなところに!」
「どうもこうもありません!」
上品ながらも激しい感情を込めてそう叫んだ彼女の言葉に、スーさんはびくりとする。叔母上、ということは、宰相の奥さんだろうか?
「貴方、いい年して、縁談が全滅とはどういうことです? しかもすべて先方からお断りだなんて。みっともないにもほどがあります。しかも新しい縁談を紹介しても『仕事が忙しい』という返答の手紙がくるばかりで。縁談について話し合う時間さえ作れないのなら、職場へ出向こうと、わざわざあたくし自らここまでやってきたのです」
鼻息荒くそこまで捲し立てると、玉ねぎマダムは「セバスチャン!」と執事を呼びつけた。すると彼は革製の上等なトランクから、大量の冊子を取り出し、スーさんの仕事机の上に並べていく。
「あの……叔母上、これは」
「あたくしが選んだ、新しい縁談候補の方々のリストです。十人分ほどありますから、すべて目を通しておいてください。来週のどこかで、各人と会う時間を作ります」
「いえ、そんな急におっしゃられても……」
珍しく押され気味なところを見るに、スーさんはこのおばさんが苦手らしい。
「貴方のスケジュールも合わせて、あたくしが調整しておきますから、心配はいりませんよ。セバスチャン! 上役の方と調整をして。スティーヴィーのスケジュールを押さえなさい」
玉ねぎ夫人の迫力ある眼差しに、さすがのスーさんも一切反論ができず。早く仕事をしたいと顔に書いてありつつも、叔母上に向けて困った顔で口をつぐんでいる。
私はスーさんがお小言をもらっている間に、冊子を一つ手にとる。全ての冊子に付番がされているようだ。
「スカーレット・カッターフィールド、十九歳。趣味は刺繍と編み物。わー、すっごい美人ですねえ。なになに、こっちはマリア・バートン。乗馬と剣術が趣味って、アクティブな感じだなあ。どの人もプロフィール欄がびっちり。こっちは……」
「おい、セイラ、勝手に読むんじゃない! それ、付番されてるだろ」
「はい、ですから全部覚えておこうと思って。今後何かの機会に使えるかもしれないし。上司の弱みを握っておこうと……」
ばちん、と凄まじい音がしたのに驚き、スーさんと私は玉ねぎ夫人の方をむく。どうやら扇子を手のひらに叩きつけて畳んだらしい。
「モジャモジャの貴方、記憶力がいいの?」
この人は私の名前を覚える気はないらしい。それにしてもモジャモジャって。前髪のことを言っているのだろうか。
「え。ええ、まあ。数字が付番されてる資料は、写真のように頭の中に記憶されるんです。一度記憶してしまえば、出し入れ自由で。基本的に忘れることはありません」
これでもかと瞳を見開いた夫人が、私の手を両手で握る。どぎついアイラインに視線を奪われるが、「マジックで描いたみたいですね」と言いそうになるのをグッと堪えた。
「素晴らしい! あなた、スティーヴィーのお茶会に同席なさい。この子はねえ、女性との会話が不得手で。そのために事細かにプロフィールの聞き取りをして、会話に困らないようにこの資料を作ったのだけど。これだけやる気がないと、きっとたいして読み込みもしないでしょう。あなたが代わりに覚えて、この子にご令嬢の好みを伝える役をやりなさい」
「ちょっ! 叔母上、うちの部下に勝手にそんなことを依頼されては……」
慌てるスーさんを横目に、私はすかさず質問を繰り出す。
「それはもちろん、報酬はあるんでしょうか?」
「ええ、それなりの対価はお支払いするつもりよ」
玉ねぎ夫人は扇を広げ、私に金額を耳打ちする。
報酬としては悪くない額だった。
「やります。やらせてください」
「セイラ、お前自分が何言ってるか分かってんのか」
思わず胸元に掴み掛かろうとした様子のスーさんだったが、私が女であることを思い出したのか、その手は宙を掴んで元の位置に戻った。
「もちろんです! お金を稼げて、上司の弱みも握れる。こんないい仕事ありません!」
「覚えてろよ……お前……」
苦虫を潰したような上長を尻目に、私は夫人とがっちり握手を交わした。
この世界にやってきてまだまもない。齧る脛がなければ、貯金は必須。
お金を稼げる機会があるなら、逃す手はないのだ。
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