王都ロッテンベルグ門の番人〜元引きこもりですが記憶力を武器に異世界で生き残ります〜

春日あざみ

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数字から見えてきたもの

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 スーさんと夕食を共にした翌朝。
 珍しく門番長室に彼の姿がなかった。マツゲさんに聞けば、他の門の責任者と話して回っているらしい。

「すごいなあ、昨日の今日で。私も頑張んないとなあ」

「ところでさ、セイラ。昨日、何があったの?」

「え?」

 マツゲさんが顔を寄せてくる。この間から思っていることだが、この人は基本、パーソナルスペースが近い。

「昨日の昼前くらいからかなあ。門番長、ずっと浮き足立ってて。しかもセイラのことチラチラ見ては顔を赤くするし。二人でデートの約束でもしてるのかと思ったんだ。夜、スティーヴィーさんが門番小屋から出てくるところも見かけたけど、すごいピシッとした格好してたし」

 ズイズイと迫ってくるマツゲさんに、私は後ろに2歩下がる。
 しかし、スーさんが浮き足立つ? 単なる仕事の相談話の食事に?
 頭の中ではてながいっぱいだったが、スーさんの昨夜の反応を思い起こし、目を見開いた。

「あ……」

 もしかして、スーさん、デートのお誘いだと思ってた?
 自分の振る舞いを省みるに、確かに恋する乙女みたいな挙動をしていたかもしれない。

「まさか、何か進展が……」

 そう言いかけたマツゲさんが、突如宙に浮いた。

「おい、ミゲル。何をやってる」

「門番長……!」

 私に詰め寄るマツゲさんの襟首を、スーさんが持ち上げている。

「お前は自分の持ち場へ行ってろ!」

「い、行ってきます」

 地面に下ろされてすぐ、マツゲさんは扉の外へと出ていった。
 スーさんはため息をつくと、両腕を自分の腰におき、私の方に向き直る。

「あいつは悪いやつじゃないんだが、人との距離が近すぎる時がある。もし不快に感じたことがあったりすれば言えよ」

 スーさんの顔を見て、不思議と耳が熱くなった。

(マツゲさんのせいだ)

 特に誘いに対して嫌がる様子もなく、オシャレをしてきたということは、乗り気だったのだろうか。
 なぜだか今になって恥ずかしくなってくる。いつもの自分ではないみたいだ。

 自分のおかしな挙動に気づかれまいと、スーさんに会ったら本来話す予定だった話題に戻す。

「い、えいえ、大丈夫です。それよりスーさん、他の門の様子は?」

「警戒に努めてはくれるそうだ。だが、ただ気をつけるだけでは、少々心許ない。もう少し具体的な情報があれば、対策のしようがあるんだが……」
 
「なるほど……あの、スーさん、私、今日残業していってもいいですか」

「……もしかして、お前がこの間気になると言っていたマリーという女の件か。セイレーンの件にも絡んでいるのか? 書類に不備はなかったし、追徴もなかったぞ」

「気のせいならいいんですけど。気になることは調べておきたい性分で。それに、マリーちゃんの件がもしセイレーンにもつながれば、スーさんの言うような具体的対策が取りやすくなるかもしれません」

 スーさんは両腕を組み、鼻から息を漏らした後、口を開いた。

「お前も一応女だしな。一人で夜に残しておくのは問題がある。俺も手伝おう。夜はそれなりに治安が悪くなるからな、この辺は」

「ええ、スーさんが横にいると集中して読めないんですけど」

 自分の中でほとぼりが冷めるまで、私のことは放っておいて欲しいのだが。

「お前は、人の厚意を無駄にするんじゃない」

「チッ、仕方ないなあ」

「今舌打ちしただろ、そしてなんだ、仕方ないってのは!」

「なんでもないです」

 門番長室の壁掛け時計がなった。開門10分前を知らせる鐘である。
 私たちは一旦口論をやめ、見張り台へと向かっていったのだった。


  ◇◇◇


「おい」

「……うーん」

「おい!」

「……これは」

「おい!!」

「いったぁ! え、なんですかスーさん。叩かないでくださいよ!」

「何度声をかけたと思ってるんだ! もう22時だぞ、いつまでやるつもりだ!」

「ええ? もうそんな時間?」

「俺はそんなに長い間、数字と睨めっこしているお前が信じられない」

 閉門後、スーさんと共に資料室に向かった私は、片っ端からマリーちゃんのギルドの登録番号、123番について記載のある資料をあたっていた。これが自分の国だったら、パソコンの検索窓にワードを打ち込めばいいのだが、ここではデータは紙のみ。インデックスを頼りに、ファイルを開いていくしかない。

 数字を見ていると、なぜか心が落ち着く。
 私にとって数字は、友達みたいなものなのだ。

「で、なんかわかったのか」

「うーん、まだ断定的なことは何も言えないんですけどね。気になることはありました」

「話してみろ」

「もう22時なんですけど」

「気になるだろうが!」

「はいはい、では手短にします」

 私はポケットからメモ帳を取り出し、スーさんにわかりやすいように文字を書いていく。

「あの子、マリーちゃんなんですけど。メリバスのワインギルド所属ですよね」

「そうだ」

「で、メリバスの納税事務所のヘテルが、調子が良くないと」

「……お前、そんなことは覚えているのに、なんで俺の名前は覚えないんだ」

「……興味がないからでしょうか」

「このやろう」

 不機嫌を絵に描いたような顔のスーさんには構わず、説明を続ける。

「マリーちゃんの所属するワインギルドの通関記録を調べました。でもね、あら不思議。一度も追徴されてないんです。あの人」

「……つまり、納税事務所での計量時とズレがないと」

「そうです。なお、ワインギルド以外のメリバスのギルドの通関記録についても調べました。すべてが追徴になっています」

 私の言葉に、スーさんの眉間の皺が渓谷のようになっていく。

「なんだと?」

「マリーちゃん、わざわざ隣町の納税事務所で計測して納税してるんです」

「どこだ」

「マレルです。ここ、何かあるんですか?」

 スーさんは顎をさすりながら、視線を机に落とした。

「……比較的新しいヘテルが設置されている街だな。それと……機械技術ギルド『セイレーン』の拠点でもある。それもあって、ヘテルも丁寧にメンテナンスされている。本来国がやるべきメンテナンスを、セイレーンが自主的にやってくれているらしい。あそこで測った荷物はほとんど重量のズレがない」

「首都に持ち込む積荷にかかる税金は、国にかけられているものですから、メリバス以外で納税しても問題はないって、この間スーさん言ってましたよね。でもなぜ、わざわざマレルで測っているのでしょう。大荷物を隣町まで運ぶのは一苦労です」

「お前はどう考えている」

 スーさんが私を見つめる。信頼のこもった眼差しだ。
 その瞳を見て頬が緩む。

「たぶん、首都の門で、荷物を調べられたくない何かがあるのだと思います。追徴になってしまえば、荷物を調べられますから」

「……次のマーケットの時、荷物を調べてみるか」

 次のマーケットは二週間後。しかも、国王の生誕祭があるらしく、一年の中でも最も来場客が多い日なのだそうだ。そして門にやってくる積荷の量は、このマーケットの前一週間が一番多くなる。何かを紛れ込ませた荷物を運ぶにはうってつけだ。

「ただ、スーさん。荷物を調べる前に、もう一つ確認しておきたいことがあります。……あの、差し支えななければ明日、一日調べものに費やしてもいいでしょうか」

 スーさんの眉間の皺が深くなる。流石に一日時間をくれ、は、ダメだっただろうか。

「いいだろう。聞き込みやら、各所に確認が発生しそうなら、俺に言え。何やらきな臭い匂いもするしな」

「あ、ありがとうございます……!」

 マリーちゃんの動きが怪しい、そしてそれにどうやらセイレーンも絡んでいる可能性がある、ということ以外、今は具体的な脅威はわかっていない。
 それでも、私の直感を信じてスーさんが時間をくれたことが、嬉しくてたまらなかった。
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